輪(りん)

玉城真紀

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不満

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どのくらい寝ていたのか、人の話し声で目が覚めた。

部屋の中は真っ暗で橋本の名前を呼んだが返事がない。暗がりの中耳を澄ますと遠くの方で何人かの人が話しているのが分かった。俺は体を起こし自分の状態を確かめた。大丈夫のようだ。

布団から出ると部屋の明かりをつける。携帯を見ると八時十五分。俺はそのまま話声がする方へ行ってみた。足にも力が入る。暗い廊下を少し歩いた所に、襖に直接大広間と書かれた部屋があった。

その部屋から声がするようだ。俺はそっと襖を開け中を見ると、十二畳位だろうか長いテーブルとそれに沿って綺麗に座布団が並んでいる。

部屋の角には、スナックにあるようなカラオケの機材が置いてありその周りにはマラカスや小さい太鼓等、カラオケを盛り上げるために使う小道具が箱に入って置いてあった。

「あ、大丈夫?」

俺に気がついた女将の元気な声が飛んできた。見ると窓際に女将と橋本がいる。

「お前大丈夫かよ」

橋本も心配そうに言ってくれる。橋本の前には見覚えのある人が二人座っていた。一人はこちらを振り返りニコニコしている。


水島だ。

もう一人はこちらを見る事もなく、背中を丸めゆっくりとお茶を飲んでいる。日引だろう。綺麗に束ねられた白髪のお団子が、後ろから見るとアニメに出てくるお祖母ちゃんのようだ。俺はみんなの元に行き橋本の隣に座る。

「お茶飲む?」

と女将はいそいそと急須にお湯を入れ始める。お茶のいい匂いが俺の鼻の奥を刺激する。その匂いにホッとしながら出されたお茶を一口飲んだ。

「大変だったんだね。でもよくここまで来れたもんだよ」

水島はニコニコ顔は崩さずに感心している。

「え、ええ」

「確かに、めちゃくちゃスムーズに来れたかもな」

橋本が思い返しながら言った。それは俺も感じていた。

「そりゃそうだろ。呼ばれたんだから」

日引が言う。

「呼ばれた?」

「そう。あんたは来るべくしてここに来たんだよ。そうそう。あんたの従弟もここに来ることになっているからね」

「え?相馬が?」

何がどうなっているのか分からない俺に、女将は丁寧に説明してくれた。

女将は日引と知り合いだと言う。昔日引にお世話になった事があったらしい。

突然日引から電話があり、「そのうち二人の男がそっちに行くかもしれないから、その時はよろしく」とだけ言われた。女将は普通の客ではないとすぐに分かったらしい。客なら名前を言うはずである。
すぐに、部屋の準備をし待っていたという事だ。その女将も少しだけ勘が鋭いらしく初めて俺と橋本を見た時、特に俺の方。モヤモヤした黒いものを背中に背負っていたという。

「え?俺も何かあるんすか?」

橋本が聞く。

「うん。君の右側にいつも透明なモヤモヤがいるよ」

女将は笑いながら言う。言われた橋本は咄嗟に右側を見るが勿論何も見えない。

「だからね。昨日も言ったけどそんな二人なら自分のお気に入りの場所。あの丘に連れて行こうと思ったのよ。まさかこんな風になるとは思ってもいなかったけどね」

「いや。正解だったんだよ。いずれはそこに行かなくちゃいけなかったんだから。あんたも利用されたんだよ」

日引は湯飲みを女将の前に差し出し、お茶のおかわりを催促しながら言った。

「そっか~。不思議ね~」

女将は首をかしげながら日引に笑いかける。

「あのさ、日引さんは全部わかってるんだろ?教えてくださいよ」

橋本が水島と日引を交互に見ながら言った。

日引はおかわりをしたお茶を一口飲み、細い木で編まれた籠の中に入ったおせんべいを取りながら

「最初にあんた達がみずっちと一緒にうちに来た日。あんたら二人を見た時に面倒な事になると思ったね。その理由は後でわかるさね。そして次の日にあんたの家に行っただろ?」

歯が丈夫なのだろう、ボリボリとお煎餅を食べながら俺の方を見ながら話し始める。

「あの時、外から二階の窓を見たんだけど、手をゆっくり振りながら私達を見下ろしていたものがいたねぇ」

「女の子ですか?」

「いや。女か男かはハッキリとは分からないね。影みたいにしか見えなかったから」

俺はあの時の事を思い出していた。確か水島の車から降りた日引はすぐに家の中に入らず家の二階の方を見て「そうかい」と言っていた。俺はその事を尋ねると

「ああそんなこと言ったかねぇ。ヒヒヒ。年を取ると忘れっぽくなってしょうがない」

と、手に持っている残りのお煎餅を細かく割った。

「まず、あんたらがあの村に行って見たもの。お膳を持って歩くばあさんだね。それはきぬさ。後ろ姿しか見えなかったものがお面を被ることで正面から見えたのは、お面の記憶を見たのさ」

「お面の記憶・・・・・・」

「ヒヒヒ。チヨの記憶と言ってもいいかね。生まれながらにお面を被せられたチヨは、最初は疑う事はなかったにしても周りを見れば段々と分かってくる。なぜ自分だけお面を被っているのか?とね。それを母親がどうやって言い聞かせてきたのかは知らないけど、幼子がお面を日常的にかぶるのは大変だったろうねぇ」

「俺だったら親がいない所で取ってるよ」

橋本が言う。

「ふん。そうだろうね。でもチヨは取らなかったと思うよ。自分の家に災いが来るなんて言われたんだ。恐ろしくてできなかっただろうよ。そしてもっと恐ろしいことが起きた」

「もっと恐ろしい事?」

「あっ‼七歳の誕生日ですね?あの時お面が取れなかった」

水島が声を上げる。

「そう。その時のチヨの気持ちは想像を絶するものだと思うよ。そのお陰で母屋からぼろ屋の方へ移され隔離生活が始まるんだから。あのお面から見る世界は、チヨの目にはどう映ったんだろうねぇ」

「あのお膳に乗っていた石もソレに関係するんですか?」

「チヨにはどんな料理が出されていたのかは知らないけど、どんなご馳走も石のように価値のないものに見えたんだろうよ」

そう言う事か・・・・・・
細かく砕いたお煎餅をちびちびと口に運んでいた日引は、お茶を飲み始めた。

「このお煎餅は美味しいけどしょっぱいね。喉が渇くよ」

そう言って女将におかわりを催促している。女将は笑いながら湯飲みにお茶を注ぐ。新たに入ったお茶の湯気を見ながら俺達は日引が話し出すのを待った。

「あんたらがあの丘に行って楠の所で手を合わせたのは間違っちゃいないよ。あの場所には母親の想いが残っているからね。だからあんたの体に入ったのさ。そして今まで誰にも言えなかった事、自分の胸の中にしまっておいたものを吐き出したんだね」

「そうそう。俺マジでびっくりしたから。突然だもんな。・・・・・・あんな胸糞悪い内容話し出してさ」

橋本は俺が話した内容を思い出したのか、眉間に深い皺を作りながら言った。

「ふん。昔の村ではよくある事さ。ある村では、よそから嫁いできた嫁は、まずその村の村長と交わらなくてはいけない。何て村もあるって聞いたこともあるよ」

「本当?気持ち悪い。私絶対いやだわ」

女将は両手で自分を肩を抱きしめるようにすると首を振った。

「前にも言ったけど、昔の閉鎖的な村ではその場所独自のルールが出来やすいのさ。そのため、村の長がいかにしっかりしていなくてはいけないかって事が分かるね。小此鬼家は村の人達に土地を貸していたぐらいだからそれなりの権限は持っていたって事がわかる。跡継ぎ問題も悩んだろうねぇ。しかし産まれたのは双子の女の子だった。村の言い伝えも手伝って悲しい物語になってしまったんだろうよ」

日引はお茶を一口飲み

「まあそれは昔の事さ。いくら子孫だからってその影響を受けるのは嫌なこった。取り敢えず、きぬの願いを聞いてやらなくてはいけない。あんたが寝ている間に、女将の案内であの村に行って全てを見てきた。きぬがお膳を持って出てきた家はきぬの生家さ。蔵が二つあったろう?あれは恐らくきぬを追い出した後、小此鬼家が建ててやったものだと思う。自分達がきぬを利用した後ろめたい気持ちと、口止めの意味もあったんだと思うよ。そして、きぬはそこから出て行ったん蔵に入る。後をついて行ってみたけど蔵の中で大きな円を描くようにグルグルと歩いていたね。そして外に出てチヨたちの小屋へ入りお膳を置く。この繰り返しさ」

「グルグル歩いてる?何で?」

「ヒヒヒ。お前達が同じ行動をする時ってどんな時だい?」

「え?どんな時って・・・・・・」

俺と橋本は顔を見合わせた。部屋の中をぐるぐると歩き回る・・・・・・

「トイレを我慢してる時?」

「そんなのさっさとトイレに行けばいいさね」

日引は吐き捨てるように言った。

「う~ん」

俺は考え込んでしまった。

「部屋の中を歩き回るかぁ。僕だったら探し物をしてる時なんかはぐるぐるしてるかも」

水島の言葉に、日引はニヤリと笑うと

「みずっちは本当にいい子だね」

褒められた水島は戸惑いながらも嬉しそうだ。

「そう。きぬはある物を探すために一度蔵の中に入るのさ。でもそれは見つからず仕方なくチヨの小屋の方へ行く」

「ある物?」

「俺分かった」

橋本が自信ありげに言う。

「あの帯留めだよ。他にも着物とか色々あったけど、あの帯留めは特別感がすごかったしな」

確かに。

「ああ。あの扇子を半分にした帯留めの事ね?確かにあれは見事なものだったわよ」

女将は感心したように言った。

「ヒヒヒ。そう。この帯留めだよ」

そう言うと、日引は隣に置いてあった自分の巾着の中からあの帯留めが入った箱を取り出した。

「持ってきたんですか?」

水島が驚いた。

「ふん。返す時に必要だからね」

「返す?」

「そうさ。今女将が半分って言ったろう?恐らく母親は一つの扇子を双子の為に割って二つの帯留めを作ったのさ」

「となると・・・・・・もう一つ同じ帯留めがあるって事だよな」

「うん。あの蔵の中にあるのかも」

俺は自分で言いながら後悔した。そうなるとまたあの蔵に行かなくてはいけない。きぬの幽霊がうろうろしている所へ。

「いや。そこにはないだろうね」

「え?ない?」

「ふん。おそらく、母親は死ぬ前にチヨとハルに帯留めは渡せたんじゃないかと思うよ。その帯留めを見てごらん。結構傷がついているだろう?それはチヨのさ」

「じゃあ。ハルの帯留めは・・・・・・」

日引は黙ってお茶を飲み始めた。
答えは自分で考えろって事なのだろう。


皆それぞれに考え出した。橋本は漫画に出てくる人物のように頭を抱え、女将はテストを受けているかのようにジッと俯き、水島は腕組をしている。
そして俺。

俺は今までの事を考えていた。両親を亡くしたのをきっかけに始まった奇妙な出来事。自分の先祖の罪。これまで、自分の先祖の事等考えもしなかった。近しい身内は知っていて当然だが、先祖なんてハッキリ言って興味すら出なかった。でも、その人達がいるから自分がいる。当たり前の事なのに結局見えないものはいないのと同じである。その見えないもののお陰でこうなっている訳だが。

人殺し・・・・・・子供を押さえつけて川で溺れさせるという恐ろしいことをしたきぬのその時の気持ちってどんな気持ちなんだろう?人を殺すときの気持ち・・・・・・いくら両親の為だとしてもそこまで出来るだろうか。いくら昔の話だとしても・・・・・・

「・・・・・・俺分かったかも」

「え?どこだよ」

日引以外のみんなが俺に注目する。

「あの丘だよ」

「あそこに?」

「うん。日引さんの言う通り母親は二人に帯留めを渡せていたとしたら、ハルにもその帯留めをしていたんじゃないかと思う」

「そうか!ましてや、滅多に行けない特別な場所に行くんだもの。女の子だったら丘に行く時に付けて行くわよね」

「でもさ、ハルは生まれてすぐに死んでるんだよね?誰かが取ったって事ですか?」

「多分」

「誰が取るんだよ。そんな死人に着せた着物の帯留めなんか」

「日引さんはいつも着物着てますよね。その帯留めはすぐに取れるものですか?」

日引の帯留めは楕円の綺麗な琥珀色をしたものだった。

「そんな簡単には取れないね。紐に通して結ぶんだからね」

ハルは動かないはずだから、やはり誰かが取ったことに間違いはないようだ。

「よし!あの丘に行って見ようぜ」

「でも、まだあるかな。大分昔の話だし・・・・・・」

「見てもいないであきらめるなよ。明日朝一で行って見ようぜ」

橋本は行く気満々である。

「朝一で行くなら、是非あの丘からの眺めも見てほしいわ」

女将が言った。

「じゃあ。皆で行きましょうよ。ね?日引さん」

水島は日引に問いかける。日引はおかわりのお茶を飲み干すと

「そうだねぇ。たまには綺麗なものを見るのも悪くないね。それに明日で終わりにしないとね」

俺もこんな気味の悪いことは、さっさと終わりにしたかった。
その時襖が開いた。見ると相馬が不安そうな顔をしながら立っている。

「相馬」

「あ。すみません。声を掛けたんですけど誰も出てこないし、何となく話声がこちらからしてたもので勝手に上がりこんじゃいました」

恐縮する相馬に、女将は慌てて近寄り

「いえいえ。申し訳ありません。お出迎えもしませんで。お待ちしてましたよ。さ、こちらへどうぞ」

と、俺達の方へ案内する。相馬は自分がなぜこんな場所に呼ばれたのかが分からないようで、不安げな表情のまま近くに来た。

「さ、どうぞ座って。遠かったでしょう?お茶入れますから、その間にお話聞くといいですよ」

女将はそそくさとお茶を入れ始める。

相馬は俺を見つけると、俺の隣に座り

「一体どういう事なんだ?突然男から電話があって、あなたの夢の事で話がしたいからここに来いって言われたんだ」

と小声で聞いてきた。恐らく水島がそう言って相馬をここに来させたのだろう。
俺は今までの事を相馬に話して聞かせる。相馬は出てきたお茶にも手を付けずに黙って俺の話を聞いていた。

「・・・・・・という訳なんだよ。取り敢えず明日の朝早くに、その丘の方へ皆で行くつもりなんだ」

「・・・・・・」

相馬は何も言わず黙って俯いている。

「相馬も一緒に行かないか?」

「・・・・・・俺は行かない」

「え?」

てっきり行くと思っていたので、予想外の返事に俺は驚いた。

「何で?お前も変な夢を見たって言ってたし、それが解決できるかもしれないんだぞ?」

「うん・・・・・・でも・・ここで待ってるよ」

相馬はそれだけ言うと、俺が何を話してももう口を開く事はなかった。

「まぁいいんじゃね?俺達だけで行ってこようぜ」

業を煮やした橋本は、これで決まりとばかりに話を終わりにした。

その後、それぞれが部屋に戻ったわけだが俺は相馬の態度に納得がいかなかった。




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