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幻覚
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これで終わりだ。そう思った時だ。
裏の方からパシャンパシャンと水面を大きく叩く音が聞こえた。何だ?と思い目を開ける。
「え?」
辺りは真っ暗になっている。隣にいた橋本も女将もどこにもいない。
「え?え?」
俺は周りを見回すが、昼間だったはずが空には星が輝き、小川の近くには蛍が飛び交っている。
「何だよこれ」
橋本の名を呼ぼうとしたが、先程からずっとパシャンパシャンという音が気になりそちらへと近づいていく。
暗闇の中、誰かが小川に入り何かをやっているのが朧げなシルエットで分かった。目を凝らしてよく見ようとした時、雲から月が顔を出した。次第にそのシルエットが色を持った物としてハッキリと見えてくる。
俺の眼に映ったもの・・それは女が髪を振り乱し川の中に誰かを押し付けている所だった。
「‼」
息をのむ。
そのわずかな呼吸音さえも聞こえたのか女がこちらを振り向いた。その顔にはあの般若の面が・・乱れた髪の下から見える般若の顔は物凄く恐ろしかった。水しぶきを浴びたお面はテカテカとひかり、黄色のギラギラとしている目はまるで生きているようだ。かっと開いた真っ赤な口は何かを話し出しそうである。俺は蛇に睨まれた蛙のように体が動かず声も出ず、目を背ける事も出来ない。
その内、パシャンパシャンと音をたてていたものが静かになった。それに気がついた時、恐る恐る目だけを動かし水の中に倒れているものに目を移す。
子供だ。
(そうか。これは夢だ。俺は夢を見てるんだ。・・・・・・)
そう思った時、水の中で倒れた子供の背中に何かが落ちた。般若の面だ。
「あ」
俺は咄嗟に目線を上にあげる。
誰だ?
とても綺麗な人だった。しかし年齢は三十代位だろうか。乱れた髪が何本か頬にかかり、何とも言えない妖しげな雰囲気を醸し出し大人びた色香を放っている。
それに、とても悲しそうだ。
「あ、あの」
俺は堪らなくなり声を掛けようとした。
「おい!おい!大丈夫か?」
俺は激しく体を揺さぶられている。目を開けると眩しい光が飛び込んできた。
「大丈夫?」
見ると橋本と女将が心配そうな顔をしながら俺を覗き込んでいる。体を起こし周りを見る。
青空が広がり、蝉や鳥のさえずりが聞こえ、ちょろちょろと小川の流れる音が聞こえてくる。
「お前大丈夫かよ。いきなり倒れるんだもんびっくりしたぜ」
「倒れた?」
「熱中症かしら?今日はそんなに暑くはないと思うんだけど」
「もう手を合わせたんだし、宿に戻ろうぜ。お前精神的に疲れてんだよ。休め」
「そうね。いったん戻りましょう」
橋本は俺を立たせようと腕掴むが、それを拒んだ。
「どうした?まだ気分が悪いのかよ」
心配そうに俺に言ってくる。
「いや・・・・・・」
俺はさっき見た事を説明する気にもなれず黙って、近くにある般若の面を見た。
「あっ!」
般若の面が一つ、縦に真っ二つに割れていた。俺の声で二人も割れた面を見て驚いている。咄嗟に割れた般若の面を手に取ると、何故かそれは濡れていた。雨も降っていないし、濡れるような要因はどこにもない。
「おいおい。何で割れてるんだ?」
「そう言えば一つだけ痛んでいたお面があったわよね。箱の中で割れちゃったのかしら?」
二人は不思議そうにあれやこれやと言っていたが、俺はさっき見たものが原因ではないかと思った。
(あれはきっとチヨが殺された時の出来事だ。ああやってチヨは殺された。俺のひいお祖母ちゃんに。でも・・・・・・何であんな表情だったんだ?とても悲しそうだった。今にも泣きだしそうな顔・・・・・・第一・・・・・・あれはきぬだったのだろうか?)
手にお面を持ちいつまでも黙っている俺に
「おい。どうしたんだよさっきから。大丈夫か?」
橋本が俺の肩に手を乗せる。俺はゆっくりと目線をお面から橋本の方へやると
「俺見たんだ。チヨが殺されている所を」
「は?」
俺は手を合わせてから自分が見たものを話し始めた。二人は俺の前に腰を下ろしじっと聞いてくれる。
しかし何故か、話をしている最中泣きたくないのに涙があふれてきて上手く話すことが出来なくなってしまった。悲しいはずがない。ずっと気味が悪いとしか思っていなかったし、供養する事も、何で俺がやらなきゃいけないのかと不満があった。泣いている自分が不思議だった。橋本は驚いた顔をしているが、逆に女将はじっと俺を見たまま
「ちゃんと聞いてあげるから、全部話しちゃいな」
と優しく言ってくれた。
すると、俺の口から不思議な話が出てきた。自分の意志とは違う何者かが俺の口を使って話しているように。
「・・・・・・私は全部知っていました。きぬがお義母さんから何を貰ったのか。そしてそれを私の食事に混ぜていたことも。知っていて私はそれを口にしていたのです。きぬを責めることも出来たでしょう。お義母さんを責める事も出来たでしょう。でもそうはしなかった。
・・・・・・知っていました。あの日、二人の可愛い赤子を産んだ日。主人の陰で、お産婆が二人目の赤子に何をしたのか。恐ろしくて声が出なかった。やめてとの一言が出なかった。なぜなら、あのお産婆の顔が般若に見えたから。ギラギラした目で赤子を睨み赤子をひと飲みに出来そうな大きく開いた口。私のせいです。私があの時お産婆のしている事を止めておけば、もしかしたらハルは死なずに済んだかもしれない。
・・・・・・知っていました。頼りにしたい夫は親には逆らえない人だった事を。私と恋仲になった時に言ってくれた言葉や小此鬼家に嫁いだ後に言ってくれた言葉。全てが偽りだった事。小此鬼家の跡継ぎを産む道具としてしか私を見ていない事を。
・・・・・・私は全部知っていました。チヨとハルを私のお腹に宿したのは・・・お義父さんだって事を。暗い部屋へ最初に入って来たのは夫だった。床の中で話をしている最中厠へ行くと部屋を出て行った後、戻ってきたのは主人ではなくお義父さんだった。暗がりで入れ替わったのが分からないとでも思ったのでしょうか。それに見えていましたよ。外廊下の端の方から盗み見ているお義母さんが・・・・・・
私は全部知っていたからこそ・・・この一族・・この小此鬼家は許さない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
とめどなく涙を流しながら、淡々と話す俺の話を聞いていた橋本と女将は言葉もなく驚いた表情をしながら俺を見ていた。俺は話し終えた途端に体が凄くだるくなってしまいその場に仰向けに倒れこんだ。
「おい!」
橋本は慌てて俺を起こそうとするが
「大丈夫よ。寝かせておいてあげましょう」
落ち着いた様子の女将だったが、何故か少し不安げな表情をしている。橋本は
「女将。今のどう思う?」
「ん~。おそらくこの人にチヨの母親が入ったのかもね。まさかここまでとはね」
そう言いながら女将は携帯を取り出しどこかへ電話を掛け始めた。
俺は手に般若の面を持ちながら、体力が全て失われたかのような自分の体への不安と、今自分の口から出た衝撃な内容で頭が混乱している。隣で橋本が俺に何か話しているが全く耳に入らなかった。
(全部知っていた・・・・・・全部知っていながら・・・・・・何で?)
俺には到底理解できることではない。
「もう少し休んだら宿に帰りましょうか」
電話を終えた女将が俺の横に来て言った。
その後二時間位だろうか。空が茜色に染まってきた。結構な時間を自分の回復にあてた俺は橋本に肩を借りながら車まで戻った。
宿に帰りつくと女将が布団を敷いてくれたので、その上に倒れこむようにして眠りについてしまった。
裏の方からパシャンパシャンと水面を大きく叩く音が聞こえた。何だ?と思い目を開ける。
「え?」
辺りは真っ暗になっている。隣にいた橋本も女将もどこにもいない。
「え?え?」
俺は周りを見回すが、昼間だったはずが空には星が輝き、小川の近くには蛍が飛び交っている。
「何だよこれ」
橋本の名を呼ぼうとしたが、先程からずっとパシャンパシャンという音が気になりそちらへと近づいていく。
暗闇の中、誰かが小川に入り何かをやっているのが朧げなシルエットで分かった。目を凝らしてよく見ようとした時、雲から月が顔を出した。次第にそのシルエットが色を持った物としてハッキリと見えてくる。
俺の眼に映ったもの・・それは女が髪を振り乱し川の中に誰かを押し付けている所だった。
「‼」
息をのむ。
そのわずかな呼吸音さえも聞こえたのか女がこちらを振り向いた。その顔にはあの般若の面が・・乱れた髪の下から見える般若の顔は物凄く恐ろしかった。水しぶきを浴びたお面はテカテカとひかり、黄色のギラギラとしている目はまるで生きているようだ。かっと開いた真っ赤な口は何かを話し出しそうである。俺は蛇に睨まれた蛙のように体が動かず声も出ず、目を背ける事も出来ない。
その内、パシャンパシャンと音をたてていたものが静かになった。それに気がついた時、恐る恐る目だけを動かし水の中に倒れているものに目を移す。
子供だ。
(そうか。これは夢だ。俺は夢を見てるんだ。・・・・・・)
そう思った時、水の中で倒れた子供の背中に何かが落ちた。般若の面だ。
「あ」
俺は咄嗟に目線を上にあげる。
誰だ?
とても綺麗な人だった。しかし年齢は三十代位だろうか。乱れた髪が何本か頬にかかり、何とも言えない妖しげな雰囲気を醸し出し大人びた色香を放っている。
それに、とても悲しそうだ。
「あ、あの」
俺は堪らなくなり声を掛けようとした。
「おい!おい!大丈夫か?」
俺は激しく体を揺さぶられている。目を開けると眩しい光が飛び込んできた。
「大丈夫?」
見ると橋本と女将が心配そうな顔をしながら俺を覗き込んでいる。体を起こし周りを見る。
青空が広がり、蝉や鳥のさえずりが聞こえ、ちょろちょろと小川の流れる音が聞こえてくる。
「お前大丈夫かよ。いきなり倒れるんだもんびっくりしたぜ」
「倒れた?」
「熱中症かしら?今日はそんなに暑くはないと思うんだけど」
「もう手を合わせたんだし、宿に戻ろうぜ。お前精神的に疲れてんだよ。休め」
「そうね。いったん戻りましょう」
橋本は俺を立たせようと腕掴むが、それを拒んだ。
「どうした?まだ気分が悪いのかよ」
心配そうに俺に言ってくる。
「いや・・・・・・」
俺はさっき見た事を説明する気にもなれず黙って、近くにある般若の面を見た。
「あっ!」
般若の面が一つ、縦に真っ二つに割れていた。俺の声で二人も割れた面を見て驚いている。咄嗟に割れた般若の面を手に取ると、何故かそれは濡れていた。雨も降っていないし、濡れるような要因はどこにもない。
「おいおい。何で割れてるんだ?」
「そう言えば一つだけ痛んでいたお面があったわよね。箱の中で割れちゃったのかしら?」
二人は不思議そうにあれやこれやと言っていたが、俺はさっき見たものが原因ではないかと思った。
(あれはきっとチヨが殺された時の出来事だ。ああやってチヨは殺された。俺のひいお祖母ちゃんに。でも・・・・・・何であんな表情だったんだ?とても悲しそうだった。今にも泣きだしそうな顔・・・・・・第一・・・・・・あれはきぬだったのだろうか?)
手にお面を持ちいつまでも黙っている俺に
「おい。どうしたんだよさっきから。大丈夫か?」
橋本が俺の肩に手を乗せる。俺はゆっくりと目線をお面から橋本の方へやると
「俺見たんだ。チヨが殺されている所を」
「は?」
俺は手を合わせてから自分が見たものを話し始めた。二人は俺の前に腰を下ろしじっと聞いてくれる。
しかし何故か、話をしている最中泣きたくないのに涙があふれてきて上手く話すことが出来なくなってしまった。悲しいはずがない。ずっと気味が悪いとしか思っていなかったし、供養する事も、何で俺がやらなきゃいけないのかと不満があった。泣いている自分が不思議だった。橋本は驚いた顔をしているが、逆に女将はじっと俺を見たまま
「ちゃんと聞いてあげるから、全部話しちゃいな」
と優しく言ってくれた。
すると、俺の口から不思議な話が出てきた。自分の意志とは違う何者かが俺の口を使って話しているように。
「・・・・・・私は全部知っていました。きぬがお義母さんから何を貰ったのか。そしてそれを私の食事に混ぜていたことも。知っていて私はそれを口にしていたのです。きぬを責めることも出来たでしょう。お義母さんを責める事も出来たでしょう。でもそうはしなかった。
・・・・・・知っていました。あの日、二人の可愛い赤子を産んだ日。主人の陰で、お産婆が二人目の赤子に何をしたのか。恐ろしくて声が出なかった。やめてとの一言が出なかった。なぜなら、あのお産婆の顔が般若に見えたから。ギラギラした目で赤子を睨み赤子をひと飲みに出来そうな大きく開いた口。私のせいです。私があの時お産婆のしている事を止めておけば、もしかしたらハルは死なずに済んだかもしれない。
・・・・・・知っていました。頼りにしたい夫は親には逆らえない人だった事を。私と恋仲になった時に言ってくれた言葉や小此鬼家に嫁いだ後に言ってくれた言葉。全てが偽りだった事。小此鬼家の跡継ぎを産む道具としてしか私を見ていない事を。
・・・・・・私は全部知っていました。チヨとハルを私のお腹に宿したのは・・・お義父さんだって事を。暗い部屋へ最初に入って来たのは夫だった。床の中で話をしている最中厠へ行くと部屋を出て行った後、戻ってきたのは主人ではなくお義父さんだった。暗がりで入れ替わったのが分からないとでも思ったのでしょうか。それに見えていましたよ。外廊下の端の方から盗み見ているお義母さんが・・・・・・
私は全部知っていたからこそ・・・この一族・・この小此鬼家は許さない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
とめどなく涙を流しながら、淡々と話す俺の話を聞いていた橋本と女将は言葉もなく驚いた表情をしながら俺を見ていた。俺は話し終えた途端に体が凄くだるくなってしまいその場に仰向けに倒れこんだ。
「おい!」
橋本は慌てて俺を起こそうとするが
「大丈夫よ。寝かせておいてあげましょう」
落ち着いた様子の女将だったが、何故か少し不安げな表情をしている。橋本は
「女将。今のどう思う?」
「ん~。おそらくこの人にチヨの母親が入ったのかもね。まさかここまでとはね」
そう言いながら女将は携帯を取り出しどこかへ電話を掛け始めた。
俺は手に般若の面を持ちながら、体力が全て失われたかのような自分の体への不安と、今自分の口から出た衝撃な内容で頭が混乱している。隣で橋本が俺に何か話しているが全く耳に入らなかった。
(全部知っていた・・・・・・全部知っていながら・・・・・・何で?)
俺には到底理解できることではない。
「もう少し休んだら宿に帰りましょうか」
電話を終えた女将が俺の横に来て言った。
その後二時間位だろうか。空が茜色に染まってきた。結構な時間を自分の回復にあてた俺は橋本に肩を借りながら車まで戻った。
宿に帰りつくと女将が布団を敷いてくれたので、その上に倒れこむようにして眠りについてしまった。
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