疑心暗鬼

玉城真紀

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借り物

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「おはよ~」

朝からテンション高く挨拶して来たのは、友人の千絵だ。
千絵は、私が大学に入った時から仲良くしてくれる唯一の親友だ。明るい性格で、何かと私の事を気にかけてくれる。彼と付き合い始めた時、周りからの妬みの視線の中居心地悪い思いをしている私を励ましてくれたり守ってくれたりしてくれていた。

「あ・・・おはよう」

「ん~?どうした?元気ないぞ!この幸せ者!」

千絵は、私が付き合いだしてからずっと「幸せ者」と言ってくる。最初は照れ臭かったが、今はもう慣れてしまった。
昨夜の事を話そうかと迷ったが、私がオカルト会に入ったのをあまり良く思っていない千絵に話したら、「だからそんなサークルに入るの反対だったんだよ!」と言われかねないので、黙っている事にした。



そして週末・・・
あの日以来、人形に変化はなかった。
彼から連絡があり、近くのコンビニまで来ているというので迎えに行き私のアパートへ。嬉しいはずの日なのに、私の心には小さな不安があった。
あの又兵衛の言葉である。

「・・・・どうした?何か今日は大人しいね」

出された飲み物を飲みながら、彼は心配そうに私を見て言った。

(どうしよう・・・話してしまおうか)

私の頭の中では、迷いがグルグル回っている。

「そうだ。俺さ、この前友達とハイランドに遊びに行ったんだよ。あそこって入場料とか高いじゃん?しょうがないから友達に少し金借りたんだけど、それを今日帰そうと思ってるんだ」

「そう」

「友達の家ってこの近くだから、帰りによって返そうと思うんだけど今持ち合わせがなくて。本当に悪いんだけど、立て替えてもらえないかな」

「え?」

「あ、いや。駄目ならいいんだ。俺もここに来たついでに・・・なんて都合のいいこと考えただけで。明後日バイト代が入るんだ。バイト代入ったらすぐに返すから」

「・・・いくらなの?」

「三万」

一人暮らしをしている私にとっての三万はかなり痛い。
家賃は実家の親が出してくれてるからまだいいが、その他は自分で支払っている。少ないバイト代の中から出す三万という金額は、「いいよ」と気軽に返事できる金額ではない。
しかも遊びのために借りたお金である。
私は少し考えた末

「・・・わかった」

「本当!良かった~ありがとう」

断れなかった。
好きな人が困ってるし、私を頼ってくれている。そう考えると力になりたいと思ったのだ。
その後彼は、面白い話やバイト先での失敗など色々楽しそうに話していたが、私は心から楽しめず彼に合わせて笑うだけの時間を過ごした。
泊っていくのかと思いきや、「友達の家に寄って金返さなきゃいけないから」と帰って行った。

「・・・・本当にあれでよかったのかな」

彼が帰った後、テーブルの上に二つ並んで置かれているカップを見ながら呟く。

「ピリリリリリリ」

携帯が鳴った。画面を見ると千絵からである。

「もしもし?」

「あ、ごめんお楽しみの最中。あのさ、今日先生に頼まれた資料って持ってる?」

「え?・・・ああ、あれね。持ってるよ」

「良かったぁ。悪いんだけどソレ貸してくれない?」

「いいよ。明日持って行くよ」

「サンキュー!じゃ」

(そんな事明日学校で言っても間に合うのに・・・それにしても今日彼がうちに来ること話してないのに何で分かったんだろう)

不思議に思ったが、今の私は物は違うが短い時間で二人から「貸してほしい」と言われた事にうんざりしていた。

「ぽん」

あの音がした。
夕方で暗くなりつつあるが、この前の様に意表をついて出るわけではない。恐ろしさが多少半減される。

「わしの忠告は無視しない方がいい」

出た。
私は咄嗟に箪笥の上にある人形を見たが変わりはない。

(何処?)

又兵衛を探しながら視線をテーブルへ戻す。

「わあっ!」

テーブルの向かいに人形はいた。又兵衛は立っているのだろうが、約六十㎝の背丈しかない人形なのでテーブルから頭だけ出ている状態になっているのは、かなりのホラーだ。

「ああびっくりした!」

「一刻も早く離れた方が良い。さもなくばお主が辛い思いをする」

「・・・・」

この得体のしれない者の言う事を信じたわけではないが、確かに彼からお金を貸してほしいという事を言われた。

「でも・・・ちゃんと返してくれるかもしれないし」

「お主は人間と言う者をもっと勉強する必要がある」

「・・・・・うるさいわね!」

私は思わず声を荒げてしまった。
仮にも相手は得体のしれない者である。怒ってしまったら何をするか分からない。私は又兵衛の様子を伺った。
しかし又兵衛は気にしていないのか、表情を変える事はなく

「助言は聞き入れるべし」

とだけ言い残し、箪笥の上の人形に吸い込まれていった。

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