吸収

玉城真紀

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下手糞な人形

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次の日から明子は香織の行動をよく観察することにした。
何気ない日常の行動までも漏らさず観察し、普段より会話を多くする。
やはり山口から聞いたあの言葉が気になったのだ。

(お母さんね。私の事なんか忘れちゃってるのよ)

自分では香織中心の生活をしてきたつもりだが、香織はそう感じていないのかもしれない。母親として子供に接する態度は、自分が母親にしてもらった事しか出来ていない。明子は、自分の母親は優しい人だと思っていたが香織は明子ではない。自分が満足していた事が香織も満足するとは限らないのだ。
朝、いつもより早く起きて朝食の用意を済ませると香織の部屋へと行き優しく起こす。香織が顔を洗いに脱衣所に行けば、タオルを持って後ろで待つ。朝食も香織の好きな物を中心に作る。
学校から香織が帰ってくれば、宿題を手伝ってやり香織の好きなメニューで夕食を作り一緒にお風呂に入る。寝る時までベッドの側に座りその日の出来事の話を香織から聞いたりした。
そんな事を毎日続けていると、行平が
「お前最近香織にべったりだな」
と言ってきた。
「そうね。香織は女の子だし、もしかしたら親に言えないことがこれから出てくるかもしれないじゃない?そんな時、こうやってスキンシップを多めにとった親子間だったら言いやすいんじゃないかと思ったの」
「それは良い事だと思うけど、やり過ぎると鬱陶しく感じやしないか?」
「う~ん。その辺は気を付けないといけないわね」
行平の言う事も、最もである。明子はなるべく嫌がられない程度に接しなくてはと考えた。
そんな日が何日か続いたある日。
遊びに行ったはずの香織が帰ってきた。
「ただいま~」
「あら、早いのね」
「うん。おうちで遊ぼうと思って・・入って、入って!」
香織は嬉しそうに自分の後ろにいる人物に家の中に入るよう促す。
「こんにちは」
と、入って来たのは京子だった。あのオカルトマニアの娘の京子。
京子は、手に人形を持っていた。その人形は体長三十㎝ぐらい、フェルトで出来ており何かの切れ端を使って作った帽子とスカートをつけているだけで後は肌色の肌がむき出しになっている。帽子から出ている髪の毛は細い毛糸らしいが、綺麗に整えてある訳でもなくざんばらについている。手芸下手な人が作ったマスコットを大きくしたような人形だった。
それにもっとまずいのは人形の顔だった。
身体や服が少し位下手でも、顔が可愛ければ何とか見栄えもするのだろうがその人形の顔は顔の部分に直接黒のマジックで書かれているだけ。
目はぐりぐりと丸く鼻はない。口は赤のマジックで横に一本引かれている。これなら、へのへのもへじの方がよっぽど可愛いだろう。
「あ、あら京子ちゃん。いらっしゃい」
「ね、お母さん。私の部屋で遊んでいいでしょ?」
「え・・ええ。いいわよあがって」
急いで愛想笑いを浮かべ京子を家にあげる。
二人は、楽しそうに話しながら香織の部屋へと上がって行った。
「変な人形持ってるわね・・鈴木さんの手作りかしら?それとも、ああいう人形があるのかしら」
明子は、二人に出すお菓子とジュースを用意しながら独りごちた。

用意したお茶とお菓子をお盆にのせ、楽しく笑い声が聞こえてくる二階に向かい香織の部屋へ入る。二人は、床に座りお互い人形を持ちおままごとの真似事のような事をして遊んでいた。
「どうぞ」
「有難うございます」
「京子ちゃんがうちに来るなんて久しぶりね」
「はい」
「香織と仲良くしてやってね」
「はい」
京子は、ニコニコしながらジュースに手を伸ばし飲んだ。膝の上にはあの奇妙な人形が乗っている。
「京子ちゃんが持ってきたそのお人形は、誰かに作ってもらったの?」
「はい。お母さんが作ってくれたんです」
「そう。お母さん上手ねぇ」
取り敢えずのお世辞を言う。
「これ、お母さん昨日一日で作っちゃったんです」
「え?一日で?」
「はい。明日、香織ちゃんの家に行ってこの人形で遊びなさいって言って夜遅くまで起きて作ってました」
「そ・・そうなの」
「凄~い!一日で作っちゃうなんて!」
香織は素直に反応している。
「へへへ。でもね、お母さんおかしな事言うの」
「おかしな事?」
「遊び終わったら、必ずこの人形を香織ちゃんに貸してあげるのよって」
「え!貸してくれるの?やったね!」
この反応だけでも、香織は素直な子に育ったと喜ぶべきなのだが明子は素直に喜べなかった。何故なら、あのオカルトマニアの鈴木が作った人形である。何か意味があるのかもしれない。それに、元々大切にしていた人形を持ってきて友達の家で遊ぶのならまだしも、一夜で作り上げた人形を持たせた挙句それを友達に渡せなどと・・
「でも、折角京子ちゃんのお母さんが作った人形なんだからご迷惑よ。だ、だって、お母さんは京子ちゃんの為に作ったんだから・・ね?」
「え~欲しい~」
香織は面白くなさそうに頬を膨らました。
「おばさん大丈夫です!本当に大切にしている人形はうちにありますから。この人形は香織ちゃんに貸してあげます!そうだ!一週間ってお母さん言ってた。一週間たったら返してもらいなさいって」
「・・そう。一週間・・ありがとう」
「やった~!一週間でも嬉しい!いいよね!お母さん!」
「・・ええ」
嬉しそうに目を輝かせて明子を見る香織の顔を見ていると、それ以上は言えなくなってしまった。

明子はほとほと疲れていた。
担任の山口の話をきっかけに香織の事を見ているが、特におかしな所はない。それだけならいいのだが、京子が持ってきたあの人形。香織は余程気に入ったのか肌身離さず持っている。食事の時もテーブル脇に置いているものだから明子にとっては落ち着いて食事が出来ない。何となく見張られてるような気がするのだ。
一度、香織がお風呂に入っている時に人形を調べてみた。中に盗聴器でも入っているのではと思ったからだ。結果は何もなし。柔らかい綿の感触しか伝わってこなかった。
「考えすぎだよ。子供のために作ったただの人形だろ?香織も気に入ってるしそれでいいんじゃないか?」
行平に相談しても、そんな答えしか返ってこない。
余計な心配事を増やされたようで、ここ最近の明子は心身共に疲れてしまっていたのだ。
そんなある日の午後。
軽く昼食を済ませコーヒーを飲もうと用意していた。
インスタントコーヒーが入ったカップにお湯を注いだ時、ふと思い出した。
図書館が開くまでの時間潰しとして入ったあの喫茶店。
店の感じもマスターもとてもいい雰囲気だった。店内に広がるコーヒーのいい匂い。しかし何故、明子が頼んだあのコーヒーはあんなに不味かったのか。
もしかして、コーヒーだけ不味く感じるようになったのか?
あれ以来、明子はコーヒーを口にしていなかった。
カップになみなみと入れられたインスタントコーヒーを明子は少し口に含んだ。
美味しい。いつものインスタントコーヒーの味だ。という事は、自分の舌がおかしいわけではないという事だ。
ちびちびとコーヒーをすすりながら考えていたが
「よし、もう一度行って見ようかな」
明子は素早く身支度を整えると、あの喫茶店に行くべく家を出た。
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