12 / 14
親子という者
しおりを挟む
それから三日後、マスターと伊集院の占いの家へ行く日になった。
夜の外出を行平に怪しまれないよう嘘をつき、早めに家を出る。
店は閉まっていたが明子がドアをノックすると、私服のマスターがにこやかに開けてくれる。
「早いですね」
「すみません。早く伊集院さんにお礼が言いたくて」
「そうですか。きっとあの方も喜ばれると思いますよ」
コーヒーを飲みますか?と聞いてくるマスターの気づかいをやんわりと断り、出発の時を待つ。
「お待たせしました。では行きましょう」
「お願いします」
店の前に用意した車に乗り込み走り出す。
伊集院の店が近づくにつれ次第に寂しくなっていく風景も、今の明子にはのどかでいい場所に移る。
「はい。着きました」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
「?」
丁寧な言葉使いをするマスターではあるが、今の「こちらこそ」の意味が明子には理解できなかった。
「こんばんは」
マスターが店の玄関を開け、明子を促し入れるとドアを閉めた。
店の中は相変わらず、ぼんやりとした照明が暗い部屋を照らし奥の机には、初めて見た時と同じ服を着た伊集院がニコニコしながら座っていた。
「お久しぶりです。早くからすみません」
「いいんですよ。どうぞ座って」
目の前にある椅子に座るよう促す。その勧められた椅子はとても立派な革張りの一人用ソファだ。前にマスターが持ってきた椅子は簡易の折り畳み椅子。前回と少し扱いが違うようだ。
そのソファに腰を下ろした明子は、体がめり込んで行きそうな感覚がする。それ程、柔らかく高級感のある椅子だった。
「その後どう?」
「ええ。アドバイス通りやってたら、おかしな事が起こらなくなったんです。本当にありがとうございました」
「そうですか。それは良かった」
伊集院は細い目をより細くしながら笑顔を見せる。
「それで・・これは、ほんの気持ちなんですが」
明子は持っていたカバンから封筒を出し伊集院の机の上へと滑らせる。
「あらあら。そんなお気遣いいりませんのに」
「私の気持ちですから」
「そうですか?では・・」
伊集院は封筒を取るとマスターへと渡した。
その動きを見て、伊集院とマスターの関係が少し気になった明子だったが聞いていいものか分からなかったので黙っていた。
「あなたの今の表情を見て、もう心配なさそうですがああいう輩はしつこいものです。もう少し続けた方が良さそうですね。そう言えば、もうそろそろお香に入れる葉っぱがなくなる頃ではないですか?」
「ええ」
「ではすぐに用意しましょう」
その声に反応するかのようにマスターが動き、手早く袋に入った葉っぱを持って来ると伊集院の前に置いた。
「こちらですね」
「はい。ありが・・」
お礼を言いながら、明子が机の上の袋を取ろうとした瞬間それよりも素早い動きで伊集院が袋を手にする。
「え?」
伊集院の行動が理解できない明子はポカンとして伊集院の顔を見つめた。
「行平さんでしたっけ?」
「は・・はい」
「申し訳ないんですけど、この袋からは有料になるんですよ。最初にお渡ししたのはサービスです」
「え・・そうなんですか」
「はい。こちらもビジネスですからね」
伊集院はニコリと笑う。
「おいくらなんでしょう」
「五千円です」
「五千円?結構するんですね」
「ええ。私が調合した特別な葉ですから」
明子は、鞄から財布を取り出し五千円を出すと伊集院の机の上へ置いた。
(結構な散財だわ。最初に渡した袋には三万円も入れたのにまた五千円取られるなんて・・でも、変な事が起きなくなったんだから我慢しなくちゃ)
かなり痛い出費だったが、何とか良い方に考え納得させる。
「では、こちらをどうぞ」
伊集院は明子に袋を渡した。
「あの~」
「はい?」
「この袋の葉っぱが終わったらもうお香は炊かなくても大丈夫ですか?」
「なくなったらまたここへ来てみてください。私があなたを見て判断します」
「そうですか。わかりました」
「それにしても、いい方向に向かっているようなので安心しました。前回いらっしゃったときよりも顔色もいいしそれに・・・」
「?」
「あなたの足元に纏わりついていた顔もいなくなっていますしね」
「え⁉」
明子は驚いて自分の足元を見た。勿論何も見えない。
「その袋は、念のためと思ってください。もう大丈夫な気もしますが念には念を入れといたほうがいいからね」
「分かりました・・・あの・・顔って人間の顔って事ですよね?」
「ええ。顔だけしかありませんでしたね」
「顔だけ・・」
明子はあの香織の部屋で見た真っ赤な二つの目を思い出した。アレが自分の足元に憑いていたというのか・・足元がざわつき冷えてきた。
「前に言った男の人ですよ。ああ、あの時は男性が一人いるって言ったんでしたっけね。いたのはいたんだけど、顔だけだったの。血まみれになった顔だけ。でも、そんな事言ったら怖がってしまうからああ言ったの。まぁ、今はもういないから大丈夫ですよ」
伊集院は軽く言い放つが、明子としては何となくすっきりない。
その後、またこう言う事が起きた時の対処法や伊集院の経験談などを聞いた後店を出た。
前回の帰りの車の中では、希望の光と共に家路についていたが今の明子の心境は複雑だった。
「あの~」
「はい?」
「伊集院さんとマスターってどう言う関係なんですか?」
「え?はははは。そうですよね。不思議に思われますよね」
「すみません」
「いえいいんですよ。私とあの方との関係は親子なんです」
「は?」
「ははは。皆さん同じリアクションを取りますねぇ。あの方は私の一人娘なんですよ」
「娘さん・・・・」
「ええ。家内はあの方を産んですぐに亡くなりましてね。私が一人で育てたんです。近くに身内がいなかったもんですから結構大変でしたねぇ」
「そうですか・・すみません。言いづらいらい事聞いてしまって」
「いいんですよ。皆さん不思議に思われますから」
「・・・・・・」
明子は、失礼ついでに聞いてしまおうと思った。
「あの・・娘さんという事は父親ですよね?なぜ、「あの方」と言う言い方をするんですか?」
「・・・・・・・」
今まで物腰柔らかく何にでも返事をしていたマスターが初めて黙った。
(聞いちゃいけなかったかしら・・)
明子も黙り込み、マスターが話し出すのを待つ。
しかし、マスターはそれ以降話す事はなかった。沈黙の中、車は喫茶店の前に到着。
「あ、有難うございました」
ばつが悪かった明子は急いで車を降りドアを閉めた。すると、車の窓が突然下がり
「あの子は「神」だからですよ。じゃ、またお店に来てくださいね」
マスターはそう言い、いつもの笑顔を見せると車を走らせた。
夜の外出を行平に怪しまれないよう嘘をつき、早めに家を出る。
店は閉まっていたが明子がドアをノックすると、私服のマスターがにこやかに開けてくれる。
「早いですね」
「すみません。早く伊集院さんにお礼が言いたくて」
「そうですか。きっとあの方も喜ばれると思いますよ」
コーヒーを飲みますか?と聞いてくるマスターの気づかいをやんわりと断り、出発の時を待つ。
「お待たせしました。では行きましょう」
「お願いします」
店の前に用意した車に乗り込み走り出す。
伊集院の店が近づくにつれ次第に寂しくなっていく風景も、今の明子にはのどかでいい場所に移る。
「はい。着きました」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
「?」
丁寧な言葉使いをするマスターではあるが、今の「こちらこそ」の意味が明子には理解できなかった。
「こんばんは」
マスターが店の玄関を開け、明子を促し入れるとドアを閉めた。
店の中は相変わらず、ぼんやりとした照明が暗い部屋を照らし奥の机には、初めて見た時と同じ服を着た伊集院がニコニコしながら座っていた。
「お久しぶりです。早くからすみません」
「いいんですよ。どうぞ座って」
目の前にある椅子に座るよう促す。その勧められた椅子はとても立派な革張りの一人用ソファだ。前にマスターが持ってきた椅子は簡易の折り畳み椅子。前回と少し扱いが違うようだ。
そのソファに腰を下ろした明子は、体がめり込んで行きそうな感覚がする。それ程、柔らかく高級感のある椅子だった。
「その後どう?」
「ええ。アドバイス通りやってたら、おかしな事が起こらなくなったんです。本当にありがとうございました」
「そうですか。それは良かった」
伊集院は細い目をより細くしながら笑顔を見せる。
「それで・・これは、ほんの気持ちなんですが」
明子は持っていたカバンから封筒を出し伊集院の机の上へと滑らせる。
「あらあら。そんなお気遣いいりませんのに」
「私の気持ちですから」
「そうですか?では・・」
伊集院は封筒を取るとマスターへと渡した。
その動きを見て、伊集院とマスターの関係が少し気になった明子だったが聞いていいものか分からなかったので黙っていた。
「あなたの今の表情を見て、もう心配なさそうですがああいう輩はしつこいものです。もう少し続けた方が良さそうですね。そう言えば、もうそろそろお香に入れる葉っぱがなくなる頃ではないですか?」
「ええ」
「ではすぐに用意しましょう」
その声に反応するかのようにマスターが動き、手早く袋に入った葉っぱを持って来ると伊集院の前に置いた。
「こちらですね」
「はい。ありが・・」
お礼を言いながら、明子が机の上の袋を取ろうとした瞬間それよりも素早い動きで伊集院が袋を手にする。
「え?」
伊集院の行動が理解できない明子はポカンとして伊集院の顔を見つめた。
「行平さんでしたっけ?」
「は・・はい」
「申し訳ないんですけど、この袋からは有料になるんですよ。最初にお渡ししたのはサービスです」
「え・・そうなんですか」
「はい。こちらもビジネスですからね」
伊集院はニコリと笑う。
「おいくらなんでしょう」
「五千円です」
「五千円?結構するんですね」
「ええ。私が調合した特別な葉ですから」
明子は、鞄から財布を取り出し五千円を出すと伊集院の机の上へ置いた。
(結構な散財だわ。最初に渡した袋には三万円も入れたのにまた五千円取られるなんて・・でも、変な事が起きなくなったんだから我慢しなくちゃ)
かなり痛い出費だったが、何とか良い方に考え納得させる。
「では、こちらをどうぞ」
伊集院は明子に袋を渡した。
「あの~」
「はい?」
「この袋の葉っぱが終わったらもうお香は炊かなくても大丈夫ですか?」
「なくなったらまたここへ来てみてください。私があなたを見て判断します」
「そうですか。わかりました」
「それにしても、いい方向に向かっているようなので安心しました。前回いらっしゃったときよりも顔色もいいしそれに・・・」
「?」
「あなたの足元に纏わりついていた顔もいなくなっていますしね」
「え⁉」
明子は驚いて自分の足元を見た。勿論何も見えない。
「その袋は、念のためと思ってください。もう大丈夫な気もしますが念には念を入れといたほうがいいからね」
「分かりました・・・あの・・顔って人間の顔って事ですよね?」
「ええ。顔だけしかありませんでしたね」
「顔だけ・・」
明子はあの香織の部屋で見た真っ赤な二つの目を思い出した。アレが自分の足元に憑いていたというのか・・足元がざわつき冷えてきた。
「前に言った男の人ですよ。ああ、あの時は男性が一人いるって言ったんでしたっけね。いたのはいたんだけど、顔だけだったの。血まみれになった顔だけ。でも、そんな事言ったら怖がってしまうからああ言ったの。まぁ、今はもういないから大丈夫ですよ」
伊集院は軽く言い放つが、明子としては何となくすっきりない。
その後、またこう言う事が起きた時の対処法や伊集院の経験談などを聞いた後店を出た。
前回の帰りの車の中では、希望の光と共に家路についていたが今の明子の心境は複雑だった。
「あの~」
「はい?」
「伊集院さんとマスターってどう言う関係なんですか?」
「え?はははは。そうですよね。不思議に思われますよね」
「すみません」
「いえいいんですよ。私とあの方との関係は親子なんです」
「は?」
「ははは。皆さん同じリアクションを取りますねぇ。あの方は私の一人娘なんですよ」
「娘さん・・・・」
「ええ。家内はあの方を産んですぐに亡くなりましてね。私が一人で育てたんです。近くに身内がいなかったもんですから結構大変でしたねぇ」
「そうですか・・すみません。言いづらいらい事聞いてしまって」
「いいんですよ。皆さん不思議に思われますから」
「・・・・・・」
明子は、失礼ついでに聞いてしまおうと思った。
「あの・・娘さんという事は父親ですよね?なぜ、「あの方」と言う言い方をするんですか?」
「・・・・・・・」
今まで物腰柔らかく何にでも返事をしていたマスターが初めて黙った。
(聞いちゃいけなかったかしら・・)
明子も黙り込み、マスターが話し出すのを待つ。
しかし、マスターはそれ以降話す事はなかった。沈黙の中、車は喫茶店の前に到着。
「あ、有難うございました」
ばつが悪かった明子は急いで車を降りドアを閉めた。すると、車の窓が突然下がり
「あの子は「神」だからですよ。じゃ、またお店に来てくださいね」
マスターはそう言い、いつもの笑顔を見せると車を走らせた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる