未練

玉城真紀

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手紙

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次の日の朝。
私はいつもの時間にいつものように起きた。
昨日は、死んだと分かった当日だったので気持ちがざわざわしていたが、夜、布団を敷き横になると不思議と気持ちが落ち着き、今の状況を受け入れていた。
布団をたたみ、下の部屋へ行き台所で息子のお弁当作りに取り掛かる。物は触れるので生前と同じように作業が出来るのが嬉しかった。
弁当が出来上がったころ、階段をばたばたばたと息子が駆け降りてきた。台所に来た息子は、きちんと出来上がった弁当を見て目を大きく見開き驚いている。
「ふふふ。物には触れるんだよ。持っていきな」
私は得意げに言ったが、息子は気味が悪そうにお弁当を見ている。
「何で弁当が・・・・・・」
「そうか。私が作ったなんてわかる訳がないね。どうやったら分かってくれるのか」
そう考えている間に、息子は凄い速さで家を出て行ってしまった。
きっと、怖かったのだろう。せっかく作った弁当が無駄になったことが残念だったが仕方がない。
「ふん。冷蔵庫に入れておけば夕飯として食べれるでしょ」
弁当を冷蔵庫に入れた。
「それにしても、こんな事じゃ駄目だな。どうにかして息子に知らせることは出来ないものか・・・・・・そうだ!」
私は、紙とペンを用意するとさらさらとかき始めた。

お弁当を作ったのはお母さんです。驚くのも無理はないでしょうが本当です。

何とも簡単な文章だったが
「よし!これを読めばわかるでしょう」
満足した私は、それをテーブルの上に置くと、いつものように家の掃除を始める。その後は、外に出て日課の猫の相手。この辺りは何故か野良猫が多く私には天国のような場所なのだ。なので、家の事が終わると私は猫の餌を持ちいつもの場所に行った。その場所は、猫の集会所と私が勝手に名前を付けた場所。様々な毛色をした猫達がいつものように集まっていた。
「おはようさん」
私はいつものように声をかけ、餌袋を取り出した。しかし、いつもなら「にゃ~」と言いながらすぐに寄ってくる猫達が一斉に逃げて行ってしまった。
「え⁈どうしたんだい?」
予想外の事に驚いた私だったが、一匹だけ逃げずに座ってこちらを見ている猫がいた。
「クロ」
その猫は真っ黒な猫。毛並みもよく、どこかで飼われている猫だと思うのだが、この辺りの猫のボス的な存在らしい。真っ黒な毛並みは、光の加減で青みがかって見える時もある。とにかく綺麗な猫なのだ。私が大好きな猫の一匹でもある。
「クロ。みんなどうしたんだい?」
クロの側により頭から背中まで優しくなでながら話しかける。クロは気持ちよさそうに目を細め、喉をグルグル言わせている。首元に着けている小さな銀の鈴が涼しげな音で「チリン」となった。これは、私が初めてクロと出会った時に付けてやったものだった。
クロを撫でながら、周りに散って行った猫達が戻るのを待っていたが一匹も戻っては来なかった。仕方なく餌をクロの前に置き
「みんなが戻ったら上げておくれ」
と言い、私は家路についた。

家に戻る途中ふと
「そうだ。息子の会社の方にでも行ってみようかな。仕事している姿は見た事ないからね」
ここからかなり遠い場所になるが、疲れを感じないことが分かっているので歩き出した。
少し面倒なのが自由に歩けないところだ。信号を無視していけば車にひかれてしまう。物には触れるわけだから。
「普通、幽霊になったら空を飛べるとか、建物なんかはすり抜けるものなんじゃないのかね」
「・・・・・・」
「ん?空を飛べる・・・・・・そうだ、飛べるじゃないか!」
私は、煙突から出てきて自宅まで飛んだ事をすっかり忘れていた。上を向き晴れた大きな空を見上げる。
「それ」
掛け声とともにピョンと飛んだ。すると、お腹の中が空っぽになったようなとても不思議な感覚になったと思ったら体が浮いた。
「やった!飛べた飛べた!よし。確か、あやつの仕事先はこっちか」
私は、目的の場所に向かって飛んで行った。
飛んでいる最中、とても気持ちが良かった。昔から空を飛んでみたいと何度も思っていた。それが、現実になったのだ。死んでるけど。
「飛ぶのってこんなにも気持ちがいいもんなんだね。・・・・・・でも、遅いね。もっと早く飛べないもんかね」
私は、タンポポの綿毛の様にフワフワと飛んでいる事にイライラし始めた。
「そうだ。こうすれば早くなるかな」
体を真っ直ぐにしてみる。何も変わらない。
「ん~練習が必要なのかもしれないね」
その後、色々な体勢を試しながら息子の仕事場へと飛んで行った。

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「まじか。まじか」
俺は、パニックになりながら車を運転していた。
朝、ガタガタという音で目が覚めた俺は耳を澄ました。
(近所の奴が何かしてんのか?朝からうるさいな)
しかし、頭がはっきりしてくるとその音は下の階から聞こえてくるのが分かった。
「え?泥棒!?」
手早く服を着ると、急いで階段を降り音のする方へ行った。すると、台所に弁当が一つ置いてある。
(何で弁当・・・・・・)
それはいつもの弁当用のバンダナで綺麗に包まれている。昨日は綺麗に片付いていた台所が、今は、料理を作り終わったかのようにフライパンやら鍋、皿などが出ている。それに、いい匂いが部屋中に漂っている。
(誰かが弁当を作ったのか?・・・・・・誰が)
そう考えると一気に怖くなった。俺はバタバタと急いで会社に行く用意をすると、逃げるように家を出た。

会社に着いてからも、弁当の事が頭から離れない。
「おう。どうした?」
同僚の日高が声をかけてきた。
「ん?・・・・・・うん」
「お袋さんが亡くなったのがショックなのか?あれだけ悪く言ってたからそんな事はないと思ってたが、やっぱり親だもんな」
日高は、ふざけた様子で言ったが顔は心配している。
「いや。そうじゃないんだよ。実は・・・・・・」
俺は今朝あったことを日高に説明した。
「なんだそれ。本当かい?」
「ああ。本当なんだよ。気持ち悪くてさ」
「面白そうだな。帰りにお前んちに寄っていいか?」
「別にいいけど。来てどうするんだよ」
「お化け屋敷を見学するだけだよ」
日高は、いたずらっぽく笑うと持ち場に戻った。
「チッ!」
俺は今朝の事を忘れるために、仕事に集中することにした。



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