未練

玉城真紀

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逃走

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「お邪魔しま~す」
「お前なんか楽しそうだな」
俺は、日高を連れ家に帰ってきた。本当に来るとは思ってなかったが、会社が終わると
「おい。行くぞ!」
まるで、これから楽しいイベントにでも行くような感じで日高が俺の所に来たので、仕方なく連れてきたのだ。
「お前んち来るの初めてだな。こっちだな?噂の台所は」
日高は勝手に家の中に入っていく。
「ちょっと待てよ。全く」
俺は呆れたが、あの弁当を日高が見たらどう反応するかが気になった。しかし、俺の予想に反し日高は
「どこにあるんだよ。弁当」
と言う声が聞こえてきた。
「え?」
俺は急いで台所に向かう。
ない。
「あれ?朝確かにあったんだよ。ここに」
俺は、弁当があった場所を指さして言った。
「でもないじゃん。寝ぼけてたんじゃねぇの?」
「いや。確かに見た。おかしいな」
俺は、台所を見渡す。朝見た時と違い、鍋や皿、フライパンなどが綺麗に片づけられている。
「もういいよ。明日休みだし今日泊まってもいい?」
日高は茶の間に座り、もう上着を脱ぎネクタイを外している。
「あ、ああ」
返事をしたが俺は納得がいかず、台所の至る所を探した。やはり、どこにも弁当はない。
「なんか、飲み物ない?」
探し回る俺をよそに、日高は飲み物をねだってくる。
「わかったよ」
俺は、ビールが何本かあったのを思い出し冷蔵庫を開けた。
「うわぁっ!」
俺は、冷蔵庫の前で大声で叫んでしまった。
「どうした!」
日高も慌てて俺の近くに来て冷蔵庫の中を覗く。
「・・・・・・弁当だな」
「うん」
二人でいつまでも冷蔵庫の中の弁当を見ていた。開けっ放しの冷蔵庫がピーピーと鳴く。
パタンと閉めると静かになった。俺は日高の顔を見て
「な?あっただろ?」
「ん~。お前。女いないよな?」
「いないよ」
「だよな。じゃあ。誰が作ったんだ?」
「それが分からないから、怖いんだろ?」
「見てみようぜ」
「え?」
日高はそっと冷蔵庫を開けると、中から弁当を取り出した。そのまま茶の間に行き、テーブルの上に弁当を置こうとした時、一枚の紙が置いてあるのに気がついた。
「これは?」
読むと、弁当を作ったのはお母さんです、と書かれている。
「おいおい。なんだよこれ」
「知らないよ。・・・・・・でも、これお袋の字だ」
「マジかよ」
日高は自分の手の中にある弁当を気味悪そうに見ると、そうっとテーブルの真ん中に弁当を置いた。俺達は向かい合わせに座り弁当を見つめる。
「開けて見ろよ」
「は?俺が?お前が見てみようぜって言ったんだからお前が開けろよ」
「わかったよ」
日高は、不貞腐れながらもまるで爆弾でも触るような仕草で、弁当の包みをほどき始めた。
弁当箱は、いつも俺が使っていた弁当箱だ。ふたを開けて中身を見る。
「あ」
「どうした?」
「・・・・・・お袋が作ってた弁当と同じだ」
「同じって。弁当のおかずなんかはいろいろ変わるだろ?」
「それが、お袋の弁当のおかずはいつも一緒なんだよ」
「まじかよ。それじゃ飽きそうだな。ハハハ」
「笑い事じゃないよ。毎日よく同じおかずで作れるよなって逆に感心するぐらいなんだ」
「へ~。で、これはお袋さんが作ったものと同じだってのか」
「ああ」
二人で、弁当箱を見つめる。
(なんでこんなものが・・・・・・)
俺の頭は混乱していた。
「なあ」
「ん?」
「お袋さん。本当に死んだのか?」
「はぁ?何言ってんだ。死んだに決まってるだろ?葬式もしたし、火葬もしたんだぜ?」
「だよな。じゃあ、これなんだろう?」
また二人で、弁当箱を見つめる。
「これ、食べるのか?」
「え?」
「それとも捨てるのかよ」
「・・・・・・」
俺が答えに困っていると
「よし!俺が食ってやる」
日高はそう言うと、弁当箱を持ち弁当についている箸を取るとがつがつと勢いよく食べ始めた。
「お、おい。食べて大丈夫かよ」
「ん?・・・・・・美味いよ普通に。冷たいけどな」
日高は口いっぱいほおばりながら話す。暫くすると、弁当をカタンと置き
「あ~美味かった‼」
満足した顔で言った。
「大丈夫か?気持ち悪いとか、苦しいとかないか?」
「あ?全然。普通に美味い弁当だったよ。ちょっと冷たかったけどな」
冷蔵庫に入っていたのだからそうだろう。
「さあ。風呂入って寝ようぜ」
「なんだよそれ」
俺は呆れたように言うと
「ハハハ。冗談だよ。今日は、お前の家のお化けに会いに来たんだったな。さあて、お化け屋敷のお化けちゃんはどこかなぁ~」
日高はおどけたように言う。
「お化けなんかいないよ」
「だって、おかしいだろ?朝起きると弁当が置いてあって・・・・・・」
日高は急に黙り込んだ。
「どうした?」
日高は、俺の方を見て固まっている。いや違う。俺の後ろの方を見て固まっている。
「なんだよ!何か言えよ!」
俺は急に様子がおかしくなった日高に恐怖を感じた。
「俺。帰るわ」
そう一言言うと、脱ぎ捨てた上着とネクタイを急いでかき集め小脇に抱えると、玄関の方に早足に歩いていく。
「ちょ、ちょっとなんだよ!待てって」
俺は急いで日高の後を追う。
もう日高は玄関で自分の靴を履いている最中だったが、ある物を見て動きが止まった。
「おい、これ。もしかして」
「ん?どれ?・・・・・・ああこれか。お袋の骨壺だ。まだ、墓がないから取り敢えず・・・・・・」
俺が話している間に日高は飛び出すように帰っていった。呆気に取られていた俺だが
「ちっ!なんだよ。自分から泊まりたいって言ったり、突然帰ったり。勝手な奴だよ」
正直一人になるのが怖かったが、仕方がない。ホテルに泊まるような余分な金もないし、ずっとこの家を留守にすることも出来ない。
「寝よ」
俺は無理やり寝て、やり過ごすことにした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「すっかり暗くなっちゃったよ。全く!」
私は学校からの帰りに、他の所をうろうろしていたので時間を食ってしまっていた。家の二階の窓は開けておいたので、そこから入る。
「ん?」
下の階から何やら話声が聞こえる。行ってみると、息子と見た事のない男が私の作った弁当を見て何やら難しい顔をしている。
「なんだい?その弁当がどうかしたのかい?」
私は、二人の間に立ち息子と男の顔を交互に見た。すると、突然男が弁当をがつがつと食べ始める。
「あらあら。それは息子の弁当だよ?何であんたが食べるのさ」
驚いたが、その男の弁当の食べっぷりと言ったら。まるで、漫画に出てくるような食べ方だ。
「しょうがないね。そんなにおなかが空いてたんだね」
私は男が哀れに思った。食後のお茶を入れてやろうと台所に立つが、お茶っ葉が見当たらない。
「あれ?どこに置いたっけ?」
見当をつけ探そうとした時に、二人の会話が聞こえてきた。男がこの私の家をお化け屋敷のように言ったのだ。
「この家にお化けなんか出るかい!」
私は、憤慨して男の方へ行き睨みつけた。
すると男は私の方を見て黙り込み、挙句には逃げ帰った。
「ハハハ。弁当の食いっぷりは良かったけど、私の家の文句を言ったから私の怒りが通じたんだね」
満足すると、お茶っ葉を探していたことも忘れて自分の寝室に向かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「なんだよあいつ」
逃げ出すように飛び出して家から出て行った日高に俺は頭に来ていた。俺は、風呂も入らず、自室に戻り着替えるとベッドに潜り込んだ。しかし、寝ようとしても日高のあの顔が忘れられない。もしかして、日高は何かを見たのか。明日の朝も弁当はあるのだろうか。考えれば考えるほど眠れない。
「くそ」
モヤモヤしながら寝返りをいくつもしているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。
暫くすると何かの音を聞いたような気がして、目が覚めた。気にはなったが、眠気に勝てず、眠りに落ちかけた時、また音を聞いた。カチャカチャと食器が合わさる音に似ている。
時間を見ると明け方4時30分だ。眠かったが、あの弁当の事もあるので起きることにした。ベッドから起き上がり音のする方へそっと歩いていく。階段から下の見ると、下の部屋の明かりが階段の方へ漏れている。
(消し忘れたか?)
しかし、泥棒かもしれないので、一度自分の部屋に戻り大学の時に使っていた野球のバッドを持って、ゆっくりと階段を下りて行った。階段を降りるにつれ、食器の音が大きく聞こえてくる。他にもフライパンで何かを焼くような音もする。
(誰かが料理してる?)
眠気も吹き飛び、恐怖が全身を包むがこのままにはしておけない。階段をおりきると、明かりのついている場所は目の前だ。進まない足に力を入れ一歩一歩静かに近づいていく。
やはり、誰かが料理をしているのは間違いない。肉を焼くいい匂いがして来たからだ。バッドを握る手に力が入る。俺は壁から少しだけ顔を出し、台所を覗いた。
「!!」
そこには、誰もいなかった。
誰もいないのに、フライパンや菜箸、皿などが一人で動いている。恐ろしすぎて体が動かないが、目だけは動き続ける食器やフライパンを追う。よく見ると、弁当箱が置いてあるので弁当を作っているようだ。弁当を、誰が作ったのかという疑問の答えが目の前にある。
透明人間だ。
咄嗟にそう思ったその時、手にしていた野球のバッドを落としてしまった。落ちたバッドは派手な音を立てて転がる。その音で俺の体は飛び跳ねるように動くようになった。
「うわ~」
俺は逃げるように自室に戻った。布団に潜り込みブルブルと震えながら、さっき見た事を何とか忘れようと面白いことを考えようと努力するが、頭の中ではひとりでに動くフライパンや皿、小さい頃に見たアニメがごちゃごちゃになって回っている。
「駄目だ!!」
布団から飛び出すと、出勤するには早すぎるが、急いで支度をしてなるべく余計なものを見ないようにして家を出た。習慣で鍵をかけようとするが、手が震えて鍵穴に鍵が入らない。
「くそっくそ」
手の震えを抑えるため両手で鍵を持ち、再度鍵穴に鍵を差し込もうとした瞬間、「カチャ」と鍵が閉まる音がした。しかし、まだ鍵は鍵穴に入っていない。俺がかけた鍵ではなかった。
「わ、わ、わ」
言葉にならない声を出しながら、後ずさりをし走って家から離れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「から~んからからから」
と、派手な音に私はびっくりして音の方を見ると、息子が物凄い顔でこっちを見ている。
息子の足元には、バッドが転がっている。
「なんだい?バッドなんか持ってきて。あ、そうか」
私は、息子の表情で全てを悟った。
「私をお化けだと思っているんだね。あれ?あの手紙は読まなかったのかい。まあいいよ。もうすぐ作り終わるから持っていきな」
そう息子に声をかけながら、私はまた作り始めた。いつもの卵焼き、いつものから揚げ、いつもの野菜炒め、いつものふりかけご飯、息子の好物ばかりを作り弁当に詰めていく。
「よし、出来た」
いつものバンダナにいつもの弁当を包んだ時、バタバタバタと、ものすごい勢いで階段を駆け降りてくる音が聞こえてきた。
「来たね。ほら、弁当だよ。今日は早出かい?」
階段の方を覗き声をかけるが、息子はこちらに来ないで一目散に玄関の方へ走っていく。
「ちょっと!忘れてるよ!」
私は弁当を持ち慌てて息子の後を追ったが、もう玄関から出てしまった。私は、玄関のたたきに立ちながら
「今日も持って行かないのかい?まったく」
と、ぼやいていると何やらガチャカチャと何かがぶつかるような音がしている。
「フ~ン。慌てているから鍵を閉められないんだね。どれ」
私は、息子の代わりに鍵を閉めてやった。
「全くしょうがない息子だよ」
私は首を振り振りまた台所に戻ると、弁当を冷蔵庫に入れた。


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