未練

玉城真紀

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真理

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「‼」
ドアを開け中に入ると、暗い中に誰かが立っている。カーテンが閉まっていないので、外の街灯の明かりが部屋に入り込みシルエットだけ確認できる。女だ。
「誰だい!」
私は、驚きながら聞いた。
「・・・・・・」
相手は何も言わない。しかし、こちらをじっと見ているようだ。
「人の部屋に勝手に入って!失礼な人だね」
私は、ドアの近くにある電気のスイッチを入れた。明かりに照らされそこに立っていたのは真理だった。
「あんた・・・・・・」
真理は、最後にあった時の制服姿でじっと私を見て立っている。
「あんた。どうしたんだい?」
「・・・・・・」
真理は何も言わない。無表情なのが気味悪く見える。
「突然飛び降りて、何か私悪いことでも言ったかい?」
私は一番気にしていたことを真理に聞いてみた。
「・・・・・・わからない」
真理は消えそうな声で答えた。
「わからない?なにが」
「なんで、飛び降りたのかが分からない」
「は?自分で飛び降りたんだよ?私はちゃんとこの目で見たんだ。なのに分からないってどういう事だい?」
「・・・・・・わからない」
「衝動的っていうやつかい?それとも、誰に何を言われても飛び降りようと決めてたのかい?あんたが、悩んでた事って彼氏の事なんだろ?」
彼氏と言う言葉を出した時だった。真理の顔が苦痛にゆがみ、とてつもなく恐ろしい声で泣き出したのだ。
人が泣くというのには様々なパターンがある。
さめざめと泣く。ワーワー泣く。しくしく泣く等。しかし、真理の場合は、地響きのような腹に来る声だった。直接耳で聞いてるのではなく、部屋自体が泣いているような全体から聞こえてくる。
「あらあら。あんた凄い泣き方するんだね。部屋が揺れてるようだよ。わかったわかった。落ち着きな。ほら、そこの布団私のだけど座っていいから」
私は真理の肩を抱き、両手で顔を覆い泣く真理を布団に座らせた。
暫くすると、地響きがだんだんと静かになってくる。真理は、鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ
「そうなの。紘一が私を裏切ったのよ。信じてたのに」
「ふん。最初から話してごらんよ」
私自身、色恋沙汰はとても苦手な方だが話を聞かなくては収まらない気がしたので、覚悟して聞く。
真理の話だと、真理の昔からの友達と紘一、真理の3人で一度遊びに出かけた時があった。その時に紘一は、真理の友達が好きになったのだろう。何かにつけて、友達を呼んで遊ぼうと言ってくるようになる。真理も女だ。ピンときたので、なるべく理由をつけて友達と合わせないようにしていたらしい。しかし、紘一も会えないとなると余計に気になるものだ。紘一は、真理に内緒で真理の友達と会い、遊んでいたらしい。その現場をたまたま真理は見てしまったという。私はここまでの事を聞いて
(よくある話だね)
と半分面倒くさくなっていた。

しかし、真剣な顔で話す真理に悪いと思い
「そうかい。そんな事があったんだね。でもさ、前にも言ったけど、移り気な男を自分の所にとどめておいても幸せにはなれないよ。その友達が本当にあんたの彼を取ったのなら、友達とも縁を切った方がいい・・・・・・まあ、今それを言ってもしょうがないか。私はね、本当にびっくりしたんだよ」
真理は、ぐしゃぐしゃの顔を手で拭いながら
「すみません」
と言った。
「彼氏の事が原因で飛び降りたのかい」
真理は考え込むようにして
「それが、分からないの。確か・・・・・・確か。そう!おばさんに、あんたの名前はって聞かれたでしょ?そこから記憶がないの。だから、何で自分が飛び降りたのかもわからない。あの時、おばさん私の事見てたでしょ?私どういう風になってたの?」
そうだった。すっかり忘れていた。あんなに考えていたのに。
「あの時ね。私が名前を聞いて、あんたが真理って答えたんだ。そしたらね、突然踊り出したんだよ。狂ったように闇雲に手足を動かしてね。驚いたよ。そして次に飛び降りたんだ」
「・・・・・・私、死ぬつもりなんかなかったの。確かに辛かったけど・・・・・・私ね、紘一のほかに良いなって思う人がいたの。だから・・・・・・なんで」
また静かに地響きが聞こえ始める。私は、さっきのような泣き方をされたら困ると思い
「まあまあ。死んでからもいいことあるよ」
咄嗟に慰めにもならない事を言った。地響きがやみ真理が私を見る。
「良い事?」
「ん?ん、うん。私も死んでるだろ?でもあんたと同じでこの世にいる。私はね、人には見えない話せないけど、物には触れるんだ。ほらね」
と、近くにあった枕を持ち上げて見た。
「本当だ」
「あんたはどうなんだい?ここにもどうやって来たの?」
「私は・・・・・・?覚えてないわ。いつの間にかここに立ってた」
「ふ~ん」
私は、人の死後は一体どうなっているのかしら?なんてことを考えていた。
「うちに帰れるのかしら?私」
「ああ。家にね。帰れるんじゃない?飛んで帰った方が速いかもね」
「え?飛んで?飛べるの?私」
「私は飛べるね」
妙な所で威張る。
「じゃあ。飛んで帰ろうかな。・・・・・・あの。またここに来ていい?」
「ああ。良いよ。いつでも来な。飛ぶんならそこからがいいよ」
別にどこからでもいいのに、自分が出入りしている窓を指さして言った。
「ここね」
真理は窓を開け、外に出た。ベランダの手すりに足をかけ飛ぼうとした瞬間
「きゃ~!」
と大きな悲鳴を上げその場に座り込んだ。
「なんだいなんだい!どうしたの?!」
私は驚いて、真理の側に駆け寄る。真理はうずくまりながら震えていた。そして、小さな声で
「怖い、怖い」
と何度も言っている。
(なるほどね。うっかりしてたよ。この子は飛び降りて死んだ子だ。その事を思い出すのかもしれないね)
そう考えた私は
「もしかしたら、あんたは飛べないかもね。でも、大丈夫だよ歩いて帰ればいい。電車やバスもお金払わなくていいんだ。気楽に帰れる」
真理は、私を見ると
「・・・・・・そうする」
と言い、静かに玄関から出て言った。私はその後姿を見送りながら、ため息をついた。
(そういや。、あの暗いのがなくなってたねあの子)
そう。今会った真理には、前に見たように全体的に暗いというものがなくなっていた。家の中に戻ろうとすると、玄関に下半身にタオルを巻いた息子が立っていた。
「お袋いる?」
周りをキョロキョロしながら息子は訪ねた。紙もペンもないので、私は近くにあったポストを叩いた。息子はソレを聞いて私からの合図だと思ったようで
「今の何?」
と聞いてきた。私は息子の隣をすり抜け部屋に入りノートを持ってきた。
(何って何が?)
まだ、玄関の外を見ている息子の顔の前にノートを出す。息子は玄関を閉め茶の間に行くと
「凄い声が聞こえたんだけど・・・・・・きゃ~って叫び声。お袋が言ったのか?」
(私じゃないよ。実はね・・・・・・)
真理の事を説明した。
(真理の声が聞こえたんだ・・・・・・私の声は聞こえないのに)
「うん。一瞬だったけど聞こえたんだよ。・・・・・・そうか。飛び降りた子が来たんだ」
(そうなんだよ。あんた急いで風呂から出てきたのかい?悪いことしたね)
「ああ。別にいいよ。帰ったんだろ?その子」
(帰ったよ)
「ふ~ん。そうか」
息子はそのままの格好で二階に上がっていった。
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