未練

玉城真紀

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霊能者

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次の日。健太の母親が「な~なつ」の声を聞いた日。
朝起きて一階に行くと水島の姿はなかった。昨日のうちに帰ったのだろう。ホッとした私はいつものように弁当と朝ご飯作りに取り掛かる。チラッと時計を見るともうそろそろ6時になる。私は急いで二階に上がり自分の部屋に入ると、健太の近くに行った。
案の定、健太は薄くなりつつある。
「・・・・・・呼ばれてるんだね。何に呼ばれてるんだろう」
健太の姿が消えた。時計を見るときっかり6時。
「この時間なんだねぇ」
私はまた、一階に降りご飯作りを再開した。暫くすると、息子が起きてきたので
(水島は帰ったんだね。霊能者を連れてくるって言ってたけど?)
「ああ。向こうの都合を聞いて早いうちに連れてくるって言ってたな」
息子は朝ご飯を食べながら言った。
(霊能者なんて本当に分かるのかねぇ。昔そういう番組やってただろ?私は疑ってたからね。だって、結局こっちは何も見えないんだからさ。本当か確かめることも出来やしない)
「まあね。でも、少しでも何かわかればいいよ。分かったことから調べることも出来るしな」
(そうだね。また、健太は家の方に行ったよ。あ、ほら帰ってきた)
「ただいま」
健太はいつものように帰ってきたが少し様子が違う。
「どうしたんだい?何か元気ないようだけど」
「うん。何かね。帰ってくるときに変なおばさんがずっと僕の事見てたの」
「へんなおばさん?」
「うん」
「どういう人?」
「おばさん。変な人」
4歳の子に人の特徴など詳しく言わせるのは難しいらしい。
「今もいるのかい?」
「うううん。向こうの家に入った」
と、健太は山内さんの家の方を指さした。
(内山さんか・・・・・・)
「健太。その人には気を付けるんだよ。話しかけられても話しちゃいけないよ」
「話しちゃダメなの?」
「そう。絶対だめ!約束できるかい?」
「わかった。約束する」
そう言うと、健太は二階に上がっていった。
どういうつもりなのか。健太の事を見てどうしたいんだろう。気味が悪いのと頭に来るのとでイライラしてくる。見ると、いつの間にか息子は会社に行ったらしい。空になった食器がテーブルにあった。
それから、健太の母親が「ここのつ」の声を聞いた日だった。
昼に、水島が例の霊能者を連れて家にやってきた。息子は家に招き入れ居間に通す。丁度二階にいた私達は、どんな人が来たのかと三人で下に降りて行った。
居間に通された霊能者は、物凄いお祖母ちゃんだった。顔つきはとても穏やかな顔をしている。しわくちゃの顔の中に目が埋もれてしまっているように見え、腰が曲がっているせいもあるだろうが、非常に小さい。真っ白な髪の毛を頭の上で小さくお団子にしていて、今では珍しい着物姿だが、その着物も何十年か前の物だろうと想像がつくぐらいよれよれで色も褪せている。
真理は、チョコンと座っているおばあちゃんを見て
「何歳だろうね。百歳は超えてそうじゃない?」
「さすがにそこまではいかないんじゃないの?」
「ねねね。あのお祖母ちゃん誰?」
と、三人で好き勝手話していた。すると
「ひひひ。ここは賑やかな所だね。そんな所にいないでこっちにおいで」
と、その霊能者のおばあちゃんは私達の方を見て手招きしながら言った。こんなこと言っては失礼だが、姿に似合わずとてもいい声だった。例えるなら、心地よい鈴の様な声。
「え?私達の事?」
真理は驚いている。それに答えるかのように
「そうだよ。あんた達しかいないだろ?早くここにおいで」
と、自分の隣をポンポンと手で叩く。仕方なく私を先頭に、霊能者の近くに行き三人並んで座った。おばあちゃんは座った私達を一人ずつ確認するかのように見ていくと
「なるほどね。その男の子はとばっちりを受けちまったようだね。まあそれも運命だ。あんたは事故か。ふ~ん。そして若いお姉ちゃんは・・・・・・残念だったね」
私はすぐさまノートを持ってくると
(あんたが話したのかい?)
と書いて息子に見せた。息子は驚いて声も出ないのか、違う違うと言うように何回も首を横に振る。
「ひひひ。みずっちにも、あんたの息子にも何も聞いてないよ。へぇ~。面白いね。物が書けるのかい?面白いね」
霊能者は楽しそうだ。どうやら、水島の事をみずっちと呼んでいるようだ。
「ね、おばさん。この人凄くない。本物だよきっと」
真理は興奮している。隣にいる健太は、座っているのに飽きたのか、霊能者の古びた着物の帯留めが珍しいらしくじっと見ている。元は綺麗な銀色をしてたのだろうが、今は黒く変色してしまっている。四角い中に細かい装飾がされていて、よく見ると龍が彫られているようだ。
「ん?これが気になるのかい?」
と霊能者は健太の方を見て、自分の帯留めを触った。
「ほら!ほら!ほら!やっぱりわかるんだよこの人!」
真理は興奮している。
「どうやらそのようだね」
霊能者は私の方を見ると
「信じるかい?」
と言った。私は背中がぞくぞくとした。

今まで黙って見ていた息子が
「あの~。日引さん。お忙しいところわざわざ来ていただいてありがとうございます。あなたに是非聞いていただきたいお話がありまして」
息子はこの様子を見た事で、この霊能者。日引の事を信用したのだろう。話を切り出した。
一通り、健太の母親と、健太の聞いた言葉や状況を説明した。黙って聞いている日引だが、目線は話している息子の方ではなく、息子の後ろにある窓をじっと見ている。それに気がついた息子は、日引の見ている窓を見て
「あの・・・・・・日引さん。あの窓が何か・・・・・・」
と聞くと
「ああ。本当に面白いことがあるもんだね。いや。面白い何て言ったら不謹慎だね。でも、私も今まで色々なものを感じたり見てきたりしたけど、こんなことは初めてだよ」
「何かわかるんですか?」
「取り敢えず、その健太の母親の家に行こうじゃないか。ここはその後だね」
「ここはその後・・・・・・ここに何かあるんですか?」
息子は心配そうに聞くが、もう日引は聞く耳を持たず立ち上がり、持参したものだろう小さな巾着(それもだいぶくたびれている)を手に取った。「チリン」と澄んだいい音が聞こえた。見ると、巾着に小さな鈴がついていた。日引はゆっくりと玄関の方へ歩いていく。
息子と水島も慌てて日引の後を追う。
「おばさん。どうする?行く?」
真理が聞く。
「そうだね。行った方がいいかね」
それに答えるように、玄関の方から
「あんた達も一緒に来るんだよ」
と日引の声が飛んできた。
「はいはい」
私は真理と健太を連れ、息子たちと一緒に健太の家へ向かった。

健太の家に着くと、日引は家に入らずに家の前でうろうろし始める。どうやら家全体を見ているようだ。私達はその様子を黙って見ていた。暫くすると、日引は息子の方に来て
「何で今まで大人しかったのかが分からないね。何かきっかけとなるものがあってそういう声が聞こえるようになったんだな。一つ一つ解いていこうかね。まずね。ここ。ここの部屋の下を掘ってごらん。出てくるから」
日引は独り言のように話したかと思うと、家の端の方を指をさし息子にそう指示をした。
「え?ここの部屋ですか?」
「そう。ここの部屋は何だい?」
「さあ。ちょっと健太のお母さんに聞いてきます」
息子は急いでインターフォンを押し、出てきた母親に事情を説明すると家の中に入る。すぐに玄関に戻ってきた息子は日引に
「日引さんが言った所はお風呂場でした。中に入って確認してください」
と言うが、日引は
「いや。ここでいい」
と家の中には入ろうとせず、相変わらず家の前で立って家を眺めている。困った息子は
「あ、あのでも、日引さんが入ってくれないとどこを掘ればいいのか・・・・・・」
「風呂場に入ってすぐ左側だよ。そこを掘ればいい」
それだけ言うと、疲れたのか近くの石の上に座り込んだ。困ったのは息子たちだ。掘れと言われても簡単にはいかない。業者に頼むか、それとも自分達で掘ってしまうか相談していたが、結局、自分たちで出来るものじゃないので業者に頼むことにした。丁度水島が仕事関係での知り合いの左官屋さんがいるという事で、すぐに連絡してもらった。その結果、明日の午後なら行けるとのことなので約束を取り付けた。健太の母親は家に入ってこない日引を見て、不安そうに
「お風呂場に何があるんでしょうか?何で家の中に入らないんでしょうか?」
と息子にコッソリ聞いている。すると、それが聞こえたのか日引がクルリと振り向き母親を見ると
「何かがあるから掘るんだよ。家に入らないのは、まだその時じゃないからさ」
と言った。ますますわからない。
「日引さんに全てお任せするしかないですよ。信じましょう」
「そうですね」
母親は、日引の所まで行くと深々と頭を下げ
「ご挨拶が遅れてすみません。健太の母親です。よろしくお願いします」
と言った。日引はしわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして笑うと
「あんた達家族は運が悪かったんだね。本当ならこんな所には住まずに引っ越した方がいいんだろうけど、きっとあの子が嫌がるだろうね」
「え?あの子?」
「健太だよ。健太にとってはここは自分が帰る場所だからね」
日引は、母親から目をそらし健太の方を見た。健太は通りかかった野良猫にちょっかいを出している。猫は何かを感じるのか、健太の方を見て「フゥ~ッ」っと威嚇している。
「・・・・・・そうですよね。実は、健太が死んでからすぐに引っ越しも考えたんですが、やめたんです。あの方に不思議な話を聞いたから」
と、息子の方を見る。
「ああそうだね。健太は確かにあの人の家にいるよ。元気な子だよ。でも、不思議だねぇ。普通戻るとしたら自分の家に戻るのに、他の家に行くなんてね」
「・・・・・・もしかしたら、まだ許してないのかもしれません。私の事」
「ふ~ん。まぁ。親子間の事は他人が口出すことじゃないからね。じゃあ、明日の午後なんだね」
日引は、息子の方に声をかけ確認した。
「あ、はい」
慌てて息子は返事をする。
「じゃあ。明日の午後にまた来るよ」
そう言うと日引は水島の送っていくという申し出を断り、さっさと帰ってしまった。
「何か変なおばあちゃんね」
真理は日引の後ろ姿を見送りながら私に言った。
「世の中色んな人がいるんだね。でも、私達の事も分かっているみたいだし頼りになりそうじゃないか」
「そうだね」
その後、息子と水島は健太の母親と明日の約束すると家に帰った。


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