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終末
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健太の家に着いた。もう、水島は先に来ていて健太の家の前の道をウロウロしている。歩いて来た息子に気がつくと
「おう。遅かったな。あ、日引さんお疲れ様です」
と、日引に向かいペコリと頭を下げる。
「みずっち。すまないね今度もお願いするかもしれないから一応呼んでもらったんだよ」
「あ、やっぱり。そうじゃないかと思ったんですよね。アレやると疲れるんすよ」
「ご飯作ってやるから。頼むね」
「マジですか!任せてください」
ご飯と言う言葉を聞いて、嫌な顔していた水島が態度を変えて俄然やる気を出している。
「水島。アレってなんだよ」
息子が聞くが、水島は答えず笑って誤魔化した。
「さてと、家の中にお邪魔できるかな?」
今まで家の中には入らなかった日引がそう言ったので、私達は一気に緊張した。息子が玄関のインターフォンを押す。中から
「は~い」
と健太の母親の声がして玄関が開くと、以前より明るい表情の母親が顔を出し、俺の姿を見ると
「あ、こんにちは!健太が帰ってきたんですよ。今も健太と遊んでて」
と嬉しそうに話す。
「そうですか。それは良かった・・・・・・あの。今日は」
息子が話しているのを遮るかのように、日引が
「突然訪ねてきて申し訳ないけど、少し時間をもらえるかい?」
と言った。突然の事に面食らった母親は答えられずにいると
「あの全てが解決するかもなんです」
水島が横合いから口を出す。
「あ・・・・・・すみません。皆さんにお世話になっておきながら、健太と一緒なのが嬉しくてつい・・・・・・」
「いや。そんな謝らないでください。こちらも何も連絡もせずに突然来たんですから。すみません」
息子は慌てて謝った。
「ひひひ。とにかく上がらせてもらってもいいかい?」
「あ、どうぞ」
健太の母は、慌てて家の中に招く。家の中は、先程まで健太と遊んでいたのだろう。至る所に玩具が転がっている。ボール、人形、お絵かき道具、様々な玩具があった。奥の部屋から健太の元気な声が聞こえる。
「お母さんの番だよ~」
私と真理は声のする方へ行った。ゲームをしていたらしく、すごろくのようなものを広げた前に健太が嬉しそうにしている。
「あ、おばさんとお姉ちゃん!」
私と真理を見つけた健太は嬉しそうにこちらに走り寄り抱きついてきた。この時、こんなにも子供がかわいいと思った事はなかった。
「健太。お母さんと遊んでたのかい?」
健太は私にうずめていた顔を上げ、キラキラした目を私に向けると
「うん!お母さんゲーム弱いんだ!す~ぐ負けるの」
ニコニコしながら話す健太を見て幸せな気分になった。
「あの・・・・・・どんなことが分かったんでしょうか・・・・・・」
健太の母親の不安そうな声が茶の間の方から聞こえてきた。
「健太、真理と一緒に遊んでもらいな。お母さん。みんなとお話ししなくちゃいけないんだって」
健太は少し不満そうだったが
「お姉ちゃん遊ぼ!」
真理の手を引きゲームの前に座らせた。真理は健太と遊べるのが嬉しいのか楽しそうにゲームを始めた。私は、茶の間にいるみんなの所に行くと、息子の後ろに座り話を聞いた。
「ひひひ。じゃあ。説明しようかね。」
日引は、出されたお茶を一口飲み口を潤すと話し出した。
「まず、ここの土地の上で5人死んでいるという事は話したね。最初に二人の男女。次に三人家族。この家族に関しては解決済みだね」
「あ、あの人形・・・・・・」
息子が思い出したように言う。日引は息子を見て頷くと
「そう。死んだ女の子が大切にしていた人形。私があの人形を手に取った時に分かった事は、お祖母ちゃんに買ってもらったものだとか。それをどういう訳か母親が隠してしまった。女の子はそれを毎日必死で探してたんだね。ある日、いつものように探している時、ストーブの上にかかっていた洗濯物が落ちてしまった。それに気がつかなかったんだね。きっと夢中になって探してたんだろう。気がついた時にはもう手遅れだった。何故、母親が人形を隠したのかそこまでは分からないけどね。大方、姑が嫌いだったんだろう。数を数えていたのは母親だよ。子供が言う事を聞かない時に数えるのさ。アイツは、それを利用したんだね」
最後の言葉は分からなかったが、健太の母は悲しそうな顔をして下を向く。
「あの子は死んでも人形を探してたんだね。確か健太は幽霊が見えたんだろ?女の子がいるとは言わなかったかい?」
「言ってました」
母親は、消え入りそうな声で返事する。
「ふん。だから見つけてやったのさ。きっとお焚き上げした時も一瞬で燃えちまっただろうね」
「はい。すぐに灰になってしまって・・・・・・お寺の方も驚いてました」
「ひひひ。そうかい。そして厄介なのは一番最初に死んだ二人。調べてもらったら、女の方は産まれつき子宮がなく子供が産めない体だったそうだ。その事を旦那に毎日言われたことに疲れた女が男を殺してその後、自分も首を吊った」
その話を初めて聞く健太の母と水島は驚いた顔をしている。
「こう言っちゃなんだけど、世の中にはそう言う事はあるだろうね。でも今回はその女の方が厄介だった。恐らく、私と同じような力を持った女だね」
「日引さんと同じ力?」
「ふん。私も随分と苦労したもんさ。小さい頃から見なくてもいいものをたくさん見てきた。初めはみんなも見ていると思っていたが、それが違うと分かった。私だけだったんだよ。周りから「鬼」呼ばわりされたり、気味悪がられたり、友達はもちろん親からもね。誰も話を聞いてくれなくなった。だから、見えているもの、話せるもの、全て隠してひっそりと生きてきた。でも、今の時代は面白いもんだ。オカルトと言う名前がつき、みずっちみたいな輩が来るようになった。どこから嗅ぎつけたのか」
水島は「へへへ」と得意げに笑う。
「ひひひ。でも、そのお陰で私は生きやすくなったけどね。まあそんな訳で、その女も昔から霊が見え話せるのさ。そうだろ?」
日引は私の方に向かって声をかけた。私は咄嗟に声が出ず頷くだけだった。
「それを間違った方向で使っちまったのさ。霊を利用するというね」
「霊を利用する?そんなことが出来るのか?」
「出来るんだよ。・・・・・・この世の中には「絶対」という事はないと思っているんだよ。「絶対出来る」とか「絶対に来る」とかね。その時に使う「絶対」は願望だ。でもね。一つだけ「絶対」が使えることがある。「絶対人は死ぬ」という事さ。わかるよね?そして、「死」も人それぞれだ。事故、病気、自殺、他殺、餓死など。様々な死に方がある。でもその「死」に対して共通して言えることは、喜んで死ぬ人はいないという事だ。何かしらの未練があるものさ。・・・・・・この女も未練があったんだろうね」
日引はそう言いながら、部屋の入口を見た。全員そちらを見るが何もいない。私と日引は見えていた。そこに、恐ろしい形相をした女が立っているのを。
見た事のない女だった。髪の長い若い女。前髪は目にかかって見えずらいが、隙間から見える目は、大きく見開き血走っているのが分かる。白いシャツの上に紺のカーディガンを羽織り、裾の広い白のズボンを履いて仁王立ちしで立っている。
「誰・・・・・・」
恐ろしい憤怒の形相の女に私はたじろぎそれ以上の言葉がでない。日引も先程とは違い厳しい顔つきになっている。息子達は何が起こっているのかわからず戸惑って、日引と部屋の入口を交互に見ている。
「ここに来たという事は、それなりの覚悟があって来たんだろう?」
「・・・・・・」
女は睨み続けて何も言わない。
「まさか。この人が死んだ二人の女の方・・・・・・」
「そう。取り付いていた人間は抜け殻のようになっちまってるだろうね。可哀そうに」
:可哀そう?:
女が喋った。その声は、喉に穴が開いてるようなどこかしら空気の漏れたような声だ。少し聞き取りにくい。
:可哀そうなもんか。あの二人も子供が出来ない夫婦だった。でも、二人で幸せに暮らしている。何故だ?私もそうしたかった。何故・・・・・・:
女は少し悲しい表情に変わる。
「旦那に恵まれなかったんだろ」
日引がそう言うと、また恐ろしい表情になり
:そう・・・・・・あいつが。あいつが・・・・・・:
その時、日引の湯飲みがパキンと縦に二つに割れた。「きゃ!」と健太の母は短く悲鳴を上げる。息子と水島は驚いて湯飲みを見た。
「ふん、みずっち。今回は相手が悪いようだ。二人を連れて外に出てな」
「え?」
言われた水島はきょとんとしていたが、すぐに
「一旦この家を出よう」
と息子と健太の母を連れて家を出ようとした。
「みずっち。そっちじゃなく、ここから。ここから出て行きな。裸足でもいいから」
ただ事ではないと分かった水島は、息子達を連れ日引の後ろにある引き戸から庭に降り、家を出た。和室に残されたのは私と日引と、部屋の入口に立っている女。別の部屋に健太と真理がいるが恐らくこちらの異様な雰囲気は伝わっていると思われる。先程まで楽しそうに遊ぶ声が聞こえなくなったからだ。これからどうなるのか。固唾を飲み日引と女を見ていた。
「健太はね。あんたの子供じゃないんだよ。諦めな」
(え?健太?)
突然健太の名前が出たので私は驚いた。
「健太って、健太がどうだって言うんだい?」
「この女はね、健太を自分の子供にしようと思っていたのさ。そうだろう?だから数を数えた・・・・・・ん?どうしてそうなるのか理解できない顔だね」
私がキョトンとしているのを見て日引は説明しだした。
「さっきも言っただろ?この女は私と同じだって。・・・・・・あんた、毎日カレンダーの日付を一日ごとに消していっただろ。私もそうだったよ。毎日が辛いからね。周りの人に気味が悪いと忌み嫌われ過ごす毎日。でも、生きて行かなくちゃいけない。だから消していくのさ。楽しみな日に向かって日付を消していく人もいるけど、私とこの女は違う。生きる辛さを刻んでいくのさ。人形の女の子の母親がしていた数を数えると言う事と、繋がったんだね」
そう言う事だったのか。私も昔楽しみにしているイベントの日まで指折り数えていた。その時カレンダーの日付を消していっていたが、それにしても・・・・・・
「じゃあ、この人はいくつまで数を数えるつもりだったんだろう」
「さあ。それは本人にしかわからないね」
「数を数えることは分かったけど、「こわい。出られる」って言うのは何なんだい?」
「それは・・・・・・」
日引が説明しようとした時だった。
:もう・・・・・・終わりだ。子供さえいれば・・・・・・子供さえいれば:
女が話し始めた。
「子供さえいれば何かが変わるのかい?」
:・・・・・・:
「あんたももう気がついているはずだよ。そんなことしても何にも変わらないことがね」
:うるさい‼:
スカスカの声を大きく張り上げた。その瞬間女の姿が消える。
「はぁ~。しょうがないね」
ため息をつきながら日引はゆっくりと立ち上がり、健太達がいる部屋に向かった。慌てて私も後を追う。
「健太君⁈健太君⁈」
そこには真理が必死に健太の隣で呼びかかけている。健太は遊んでいた玩具の前で腕をだらんと下げ、座った状態で前を見てぼうっとしている。
「どうしたんだい!」
私は急いで真理の側に駆け寄り健太の様子を見た。健太は、呼びかけにも応じずぼうっとして座っている。手には、ソフビの怪獣人形が握られたままだ。
「ちょっとお姉さん。健太から離れておいで」
日引は、真理に言った。真理は真っ蒼になりながらも日引の言う通りに健太から離れ私の所に来ると、私の腕を力強く掴んだ。
「健太君突然動かなくなったの。それまでは普通に遊んでいたのに・・・・・・何がどうなってんの?」
真理は早口にまくしたてる。私は説明する代わりに、真理の手をギュッと握り日引と健太を見守った。
チリン
日引の巾着についている鈴が鳴る。
「さ、あんたが気が済むまで話を聞いてやるから。健太を離してあげな。健太にはちゃんと母親がいるんだ。そんな空しいことしてあんたは満足なのかい?」
すると、健太の後ろに徐々に女が現れる。
:私の子供・・・・・・:
チリン
ハッキリと姿を現した女は健太の隣に座り、愛おしそうに健太の頭を撫でる。撫でられている健太は相変わらずぼうっとしてどこを見ているのかさえも分からない感じだ。
:可愛い子供・・・・・・:
チリン
今度は、先程までハッキリとしていた女の体がぼやけているような気がする。
:女の子が欲しかった・・・・・・:
チリン
健太を撫でる手が、まるで長い髪の毛を触っているかのように、健太の背中の方まで撫でる仕草になる。すると、短い健太の髪の毛が少しずつ伸びていくのだ。健太は目がくりくりとした可愛い顔立ちをしているので、髪が伸びると女の子のように見えてしまう。
:そう。可愛い女の子。私の子供・・・・・・:
チリン
「お・・・・・・おばさん」
真理が小さな声で私を呼ぶ。健太は、背中まで髪が伸びた女の子そのものになった。女はその髪を優しく何度も丁寧にゆっくりと撫でつける。子供を寝かしつけるかのように。私は、健太の容姿が変わっているのに何をしているのかと、焦る気持ちで日引を見た。
日引は黙ってその様子を見ているだけだった。慌てた様子もない。だが、その日引に声をかける事は出来なかった。理由は分からないが、今声を掛けたら何かが駄目になるような気がしたからだ。
:さあ。お家に帰りましょうか・・・・・・:
チリン
女は健太の手を取り立たせる。健太はぼうっとしながらも女のされるがままに立つ。立った瞬間、手から怪獣人形がポトリと落ちる。真理の手に力が入ったのが分かった。
:行きましょう・・・・・・:
女は微笑みながら健太の手を引き部屋から出ようとする。健太の足が一歩前に出る。
「健・・・・・・‼」
真理が叫ぶのを私は止めた。
「お母さん」
健太が母を呼んだ。
:ん?なあに?お家に帰るのよ・・・・・・:
「お母さん」
:なあに?:
「お母さん」
:どうしたの?:
「お母さん」
:・・・・・・:
「お母さん」
お母さんと呼び続ける健太は、次第にその声を大きくしていく。
「お母さん!」
と、一番大きな声を出したその時だ。健太の母親が慌てたように家の中にバタバタと走って部屋に入ってきた。勿論私達の事は見えない。部屋には日引だけ見えているはずだ。
チリン
しかし、健太の母親は健太の所に真っ直ぐ行くと
「健太!」
としっかりと健太を抱きしめたのだ。これには私と真理は驚いた。
「お母さん」
母親に抱かれながら、次第に健太は意識が戻って行くようだった。長かった髪も元に戻っている。
チリン
「わかるだろ?血がつながったものにはどうあがいたって勝てないんだよ」
日引がゆっくりと分からせるように女に話す。女は悔しそうに抱き合っている二人を見ていたが
:フフフ大丈夫。健太。その人は違う人なの。お母さんは私、間違ったらだめじゃない:
そう言いながら健太の頭を撫でる。撫でられた健太は次第にまたぼうっとし始める。ソレが分かるのか、健太の母親は
「私の子供です!あなたなんかにはやらない!:
と、泣きながら怒鳴った。
:ふん。自分で殺したくせに何が母親よ。例え幽霊が見えたとしても自分の子供には違いないのにあんたはそうじゃなかった。健太を避けたり気味悪がったりした。あんたに母親の資格はない:
この女はこれまでの事を全て知っているようだった。もしかしたら、この家にいて健太親子の事をずっと見ていたのかもしれない。健太の母親は一番痛い所を言われたので、健太を抱きしめる手を緩めてしまった。
チリン
「待ちなさいよ!確かに健太のお母さんは気味悪がったりして健太に酷いことしたかもしれないけど、それが間違いだったと気がついた。人間は間違いを起こす生き物だ。完璧な人間なんてどこにもいないんだよ。間違いに気がついた時、それに対して改善していけばいい。考えればいい。健太の母親は、自分の子供が死んでしまったという事を背負いながらこれから生きていくんだ。それだけでも十分な罰だと思うよ」
私は我慢できずに口をはさんだ。女はゆっくりとこちらを見るとニィっと嫌な笑いを浮かべ
:相手が死んでから後悔したって遅いんだよ。それに、生きてる人と死んだ人は交わっていくことは出来ない。だから、これからは私がこの子の母親になるのさ。私はこんな女よりこの子を大切にできる:
そう言うと、突然、健太の頭をわしづかみにすると持ち上げた。持ち上げられた健太は力なくだらんとなっている。健太の母親は自分の腕から抜けてしまった健太を見上げている。何故かは分からないが、やはり健太が見えているらしい。
チリン
女は健太の頭をわしづかみにしながら自分の懐へ引き寄せ抱っこすると、ぼうっとしている健太の頬に頬ずりをする。ソレを見た健太の母親は
「お前になんかやらない!この子は私の子だ!返せ!」
と、顔を真っ赤にして健太を奪いにかかる。しかし女も負けてはいない。見えない力で健太の母親を突き飛ばす。派手に飛んだ母親は痛そうに顔をしかめるが、負けじとまた女に向かっていき健太に手をかける。また同じように飛ばされる。また向かっていく。何度となく繰り返された。
チリン
次第に健太の母親は、口から血を流し足を引きずるようになってしまった。それでもうわ言のように
「私の子だ。お前には渡さない・・・・・・」
と言いながら向かっていく。女はにやにやと笑いながら、いとも簡単に健太の母親を突き飛ばす。そのうち
:いい加減飽きてきた:
女はそう言うと、向かってきた母親を天井近くまで上げると一気に下にたたきつけた。
「ぐえ」
とカエルのような声を出した健太の母親は、ピクリとも動かなくなってしまった。
:ふん。子供につらく当たった時点であんたは子供を捨てたのも同じなんだよ。さあ。お家に帰りましょうね:
女は健太を抱きながら部屋を出ようとした。すると
「おま・・・・・・えには・・・・・・渡さない」
健太の母親の声がする。
チリン
健太の母親は震える両腕で体を支えながら、ゆっくりと体を起こし立ち上がる。その目はしっかりと健太を見ていた。その母親を見た女は
:しつこいね:
とまた健太の母親に見えない力で攻撃をしようとした時、
チリン
と、先程からずっと鳴っていた鈴の音がひときわ大きくなった。その途端、女の手から健太がボトっと落ちる。私達は自分が見ているものが信じられなかった。女の腕から落ちた健太は明らかに物体化している。つまり、生きていた時の健太だったのだ。
健太の母親は這いつくばりながら、急いで健太に近づくと、抱きあげ家の外に連れて行ってしまった。残された女は唖然とした顔をしている。私達も同じだった。
「やはり時間がかかるね」
日引だ。
女は日引の方を見ると目を吊り上げ顔を真っ赤にすると
:おのれ:
と一言言うと日引に滑るように向かっていく。日引は素早く持っていた巾着の中から数珠を出し祈り始めた。お経などは唱えないただ黙って合掌しているだけだ。その途端、女は苦しみだす。苦しみながらも日引の着物の袖を掴み
:おのれ:
と血走った眼を日引に向ける。体も小刻みに震え、口の端には泡を吹き息も荒い。
「お前も私も同じ。ただ、運が悪かった。輪廻転生と言うものがあるならば今度は違った人生を歩めるといいな」
日引は悲しい表情をすると数珠を女の額にそっとあてた。
:くっ:
女は日引から目を離さないまま徐々に消えていく。私は自分の目の前で繰り広げらていることが、まさに成仏していく瞬間なのかと考えた。何故か怖くなった。その時だ。
女が凄い速さで私の方を見る。
「まずい」
日引が焦ったように女の額に当てている数珠に力を込める。しかし、既に遅く女はいつの間にか私の目の前に立っていた。もう半分消えているのか溶けているのか分からない状態のまま血走った目だけはしっかりと私を見ている。
「きゃ!」
真理は腰が抜けたのか座り込んでしまった。
:フフフ:
殆ど呼吸に近い音で笑うと、女は私の中に入ってきた。その感覚は、冷たくそして悲しみ。それだけ。そう。その二つだけ。その他は何もない。女が私に半分ほど入った時
:熱い!:
女が突然悲鳴を上げ叫ぶと、私の体から離れた。日引がすかさず額に数珠をつけ祈る。半分消えかかっている女はもう、抵抗する力もなくなったのか女はストンと座り込むと、そのまま消えてしまった。
「ふぅ~。もう終わりだよ。疲れたろう。・・・・・・次は健太だね」
そう言うと日引はすぐに家を出る。私と真理は動けなかった。
「おう。遅かったな。あ、日引さんお疲れ様です」
と、日引に向かいペコリと頭を下げる。
「みずっち。すまないね今度もお願いするかもしれないから一応呼んでもらったんだよ」
「あ、やっぱり。そうじゃないかと思ったんですよね。アレやると疲れるんすよ」
「ご飯作ってやるから。頼むね」
「マジですか!任せてください」
ご飯と言う言葉を聞いて、嫌な顔していた水島が態度を変えて俄然やる気を出している。
「水島。アレってなんだよ」
息子が聞くが、水島は答えず笑って誤魔化した。
「さてと、家の中にお邪魔できるかな?」
今まで家の中には入らなかった日引がそう言ったので、私達は一気に緊張した。息子が玄関のインターフォンを押す。中から
「は~い」
と健太の母親の声がして玄関が開くと、以前より明るい表情の母親が顔を出し、俺の姿を見ると
「あ、こんにちは!健太が帰ってきたんですよ。今も健太と遊んでて」
と嬉しそうに話す。
「そうですか。それは良かった・・・・・・あの。今日は」
息子が話しているのを遮るかのように、日引が
「突然訪ねてきて申し訳ないけど、少し時間をもらえるかい?」
と言った。突然の事に面食らった母親は答えられずにいると
「あの全てが解決するかもなんです」
水島が横合いから口を出す。
「あ・・・・・・すみません。皆さんにお世話になっておきながら、健太と一緒なのが嬉しくてつい・・・・・・」
「いや。そんな謝らないでください。こちらも何も連絡もせずに突然来たんですから。すみません」
息子は慌てて謝った。
「ひひひ。とにかく上がらせてもらってもいいかい?」
「あ、どうぞ」
健太の母は、慌てて家の中に招く。家の中は、先程まで健太と遊んでいたのだろう。至る所に玩具が転がっている。ボール、人形、お絵かき道具、様々な玩具があった。奥の部屋から健太の元気な声が聞こえる。
「お母さんの番だよ~」
私と真理は声のする方へ行った。ゲームをしていたらしく、すごろくのようなものを広げた前に健太が嬉しそうにしている。
「あ、おばさんとお姉ちゃん!」
私と真理を見つけた健太は嬉しそうにこちらに走り寄り抱きついてきた。この時、こんなにも子供がかわいいと思った事はなかった。
「健太。お母さんと遊んでたのかい?」
健太は私にうずめていた顔を上げ、キラキラした目を私に向けると
「うん!お母さんゲーム弱いんだ!す~ぐ負けるの」
ニコニコしながら話す健太を見て幸せな気分になった。
「あの・・・・・・どんなことが分かったんでしょうか・・・・・・」
健太の母親の不安そうな声が茶の間の方から聞こえてきた。
「健太、真理と一緒に遊んでもらいな。お母さん。みんなとお話ししなくちゃいけないんだって」
健太は少し不満そうだったが
「お姉ちゃん遊ぼ!」
真理の手を引きゲームの前に座らせた。真理は健太と遊べるのが嬉しいのか楽しそうにゲームを始めた。私は、茶の間にいるみんなの所に行くと、息子の後ろに座り話を聞いた。
「ひひひ。じゃあ。説明しようかね。」
日引は、出されたお茶を一口飲み口を潤すと話し出した。
「まず、ここの土地の上で5人死んでいるという事は話したね。最初に二人の男女。次に三人家族。この家族に関しては解決済みだね」
「あ、あの人形・・・・・・」
息子が思い出したように言う。日引は息子を見て頷くと
「そう。死んだ女の子が大切にしていた人形。私があの人形を手に取った時に分かった事は、お祖母ちゃんに買ってもらったものだとか。それをどういう訳か母親が隠してしまった。女の子はそれを毎日必死で探してたんだね。ある日、いつものように探している時、ストーブの上にかかっていた洗濯物が落ちてしまった。それに気がつかなかったんだね。きっと夢中になって探してたんだろう。気がついた時にはもう手遅れだった。何故、母親が人形を隠したのかそこまでは分からないけどね。大方、姑が嫌いだったんだろう。数を数えていたのは母親だよ。子供が言う事を聞かない時に数えるのさ。アイツは、それを利用したんだね」
最後の言葉は分からなかったが、健太の母は悲しそうな顔をして下を向く。
「あの子は死んでも人形を探してたんだね。確か健太は幽霊が見えたんだろ?女の子がいるとは言わなかったかい?」
「言ってました」
母親は、消え入りそうな声で返事する。
「ふん。だから見つけてやったのさ。きっとお焚き上げした時も一瞬で燃えちまっただろうね」
「はい。すぐに灰になってしまって・・・・・・お寺の方も驚いてました」
「ひひひ。そうかい。そして厄介なのは一番最初に死んだ二人。調べてもらったら、女の方は産まれつき子宮がなく子供が産めない体だったそうだ。その事を旦那に毎日言われたことに疲れた女が男を殺してその後、自分も首を吊った」
その話を初めて聞く健太の母と水島は驚いた顔をしている。
「こう言っちゃなんだけど、世の中にはそう言う事はあるだろうね。でも今回はその女の方が厄介だった。恐らく、私と同じような力を持った女だね」
「日引さんと同じ力?」
「ふん。私も随分と苦労したもんさ。小さい頃から見なくてもいいものをたくさん見てきた。初めはみんなも見ていると思っていたが、それが違うと分かった。私だけだったんだよ。周りから「鬼」呼ばわりされたり、気味悪がられたり、友達はもちろん親からもね。誰も話を聞いてくれなくなった。だから、見えているもの、話せるもの、全て隠してひっそりと生きてきた。でも、今の時代は面白いもんだ。オカルトと言う名前がつき、みずっちみたいな輩が来るようになった。どこから嗅ぎつけたのか」
水島は「へへへ」と得意げに笑う。
「ひひひ。でも、そのお陰で私は生きやすくなったけどね。まあそんな訳で、その女も昔から霊が見え話せるのさ。そうだろ?」
日引は私の方に向かって声をかけた。私は咄嗟に声が出ず頷くだけだった。
「それを間違った方向で使っちまったのさ。霊を利用するというね」
「霊を利用する?そんなことが出来るのか?」
「出来るんだよ。・・・・・・この世の中には「絶対」という事はないと思っているんだよ。「絶対出来る」とか「絶対に来る」とかね。その時に使う「絶対」は願望だ。でもね。一つだけ「絶対」が使えることがある。「絶対人は死ぬ」という事さ。わかるよね?そして、「死」も人それぞれだ。事故、病気、自殺、他殺、餓死など。様々な死に方がある。でもその「死」に対して共通して言えることは、喜んで死ぬ人はいないという事だ。何かしらの未練があるものさ。・・・・・・この女も未練があったんだろうね」
日引はそう言いながら、部屋の入口を見た。全員そちらを見るが何もいない。私と日引は見えていた。そこに、恐ろしい形相をした女が立っているのを。
見た事のない女だった。髪の長い若い女。前髪は目にかかって見えずらいが、隙間から見える目は、大きく見開き血走っているのが分かる。白いシャツの上に紺のカーディガンを羽織り、裾の広い白のズボンを履いて仁王立ちしで立っている。
「誰・・・・・・」
恐ろしい憤怒の形相の女に私はたじろぎそれ以上の言葉がでない。日引も先程とは違い厳しい顔つきになっている。息子達は何が起こっているのかわからず戸惑って、日引と部屋の入口を交互に見ている。
「ここに来たという事は、それなりの覚悟があって来たんだろう?」
「・・・・・・」
女は睨み続けて何も言わない。
「まさか。この人が死んだ二人の女の方・・・・・・」
「そう。取り付いていた人間は抜け殻のようになっちまってるだろうね。可哀そうに」
:可哀そう?:
女が喋った。その声は、喉に穴が開いてるようなどこかしら空気の漏れたような声だ。少し聞き取りにくい。
:可哀そうなもんか。あの二人も子供が出来ない夫婦だった。でも、二人で幸せに暮らしている。何故だ?私もそうしたかった。何故・・・・・・:
女は少し悲しい表情に変わる。
「旦那に恵まれなかったんだろ」
日引がそう言うと、また恐ろしい表情になり
:そう・・・・・・あいつが。あいつが・・・・・・:
その時、日引の湯飲みがパキンと縦に二つに割れた。「きゃ!」と健太の母は短く悲鳴を上げる。息子と水島は驚いて湯飲みを見た。
「ふん、みずっち。今回は相手が悪いようだ。二人を連れて外に出てな」
「え?」
言われた水島はきょとんとしていたが、すぐに
「一旦この家を出よう」
と息子と健太の母を連れて家を出ようとした。
「みずっち。そっちじゃなく、ここから。ここから出て行きな。裸足でもいいから」
ただ事ではないと分かった水島は、息子達を連れ日引の後ろにある引き戸から庭に降り、家を出た。和室に残されたのは私と日引と、部屋の入口に立っている女。別の部屋に健太と真理がいるが恐らくこちらの異様な雰囲気は伝わっていると思われる。先程まで楽しそうに遊ぶ声が聞こえなくなったからだ。これからどうなるのか。固唾を飲み日引と女を見ていた。
「健太はね。あんたの子供じゃないんだよ。諦めな」
(え?健太?)
突然健太の名前が出たので私は驚いた。
「健太って、健太がどうだって言うんだい?」
「この女はね、健太を自分の子供にしようと思っていたのさ。そうだろう?だから数を数えた・・・・・・ん?どうしてそうなるのか理解できない顔だね」
私がキョトンとしているのを見て日引は説明しだした。
「さっきも言っただろ?この女は私と同じだって。・・・・・・あんた、毎日カレンダーの日付を一日ごとに消していっただろ。私もそうだったよ。毎日が辛いからね。周りの人に気味が悪いと忌み嫌われ過ごす毎日。でも、生きて行かなくちゃいけない。だから消していくのさ。楽しみな日に向かって日付を消していく人もいるけど、私とこの女は違う。生きる辛さを刻んでいくのさ。人形の女の子の母親がしていた数を数えると言う事と、繋がったんだね」
そう言う事だったのか。私も昔楽しみにしているイベントの日まで指折り数えていた。その時カレンダーの日付を消していっていたが、それにしても・・・・・・
「じゃあ、この人はいくつまで数を数えるつもりだったんだろう」
「さあ。それは本人にしかわからないね」
「数を数えることは分かったけど、「こわい。出られる」って言うのは何なんだい?」
「それは・・・・・・」
日引が説明しようとした時だった。
:もう・・・・・・終わりだ。子供さえいれば・・・・・・子供さえいれば:
女が話し始めた。
「子供さえいれば何かが変わるのかい?」
:・・・・・・:
「あんたももう気がついているはずだよ。そんなことしても何にも変わらないことがね」
:うるさい‼:
スカスカの声を大きく張り上げた。その瞬間女の姿が消える。
「はぁ~。しょうがないね」
ため息をつきながら日引はゆっくりと立ち上がり、健太達がいる部屋に向かった。慌てて私も後を追う。
「健太君⁈健太君⁈」
そこには真理が必死に健太の隣で呼びかかけている。健太は遊んでいた玩具の前で腕をだらんと下げ、座った状態で前を見てぼうっとしている。
「どうしたんだい!」
私は急いで真理の側に駆け寄り健太の様子を見た。健太は、呼びかけにも応じずぼうっとして座っている。手には、ソフビの怪獣人形が握られたままだ。
「ちょっとお姉さん。健太から離れておいで」
日引は、真理に言った。真理は真っ蒼になりながらも日引の言う通りに健太から離れ私の所に来ると、私の腕を力強く掴んだ。
「健太君突然動かなくなったの。それまでは普通に遊んでいたのに・・・・・・何がどうなってんの?」
真理は早口にまくしたてる。私は説明する代わりに、真理の手をギュッと握り日引と健太を見守った。
チリン
日引の巾着についている鈴が鳴る。
「さ、あんたが気が済むまで話を聞いてやるから。健太を離してあげな。健太にはちゃんと母親がいるんだ。そんな空しいことしてあんたは満足なのかい?」
すると、健太の後ろに徐々に女が現れる。
:私の子供・・・・・・:
チリン
ハッキリと姿を現した女は健太の隣に座り、愛おしそうに健太の頭を撫でる。撫でられている健太は相変わらずぼうっとしてどこを見ているのかさえも分からない感じだ。
:可愛い子供・・・・・・:
チリン
今度は、先程までハッキリとしていた女の体がぼやけているような気がする。
:女の子が欲しかった・・・・・・:
チリン
健太を撫でる手が、まるで長い髪の毛を触っているかのように、健太の背中の方まで撫でる仕草になる。すると、短い健太の髪の毛が少しずつ伸びていくのだ。健太は目がくりくりとした可愛い顔立ちをしているので、髪が伸びると女の子のように見えてしまう。
:そう。可愛い女の子。私の子供・・・・・・:
チリン
「お・・・・・・おばさん」
真理が小さな声で私を呼ぶ。健太は、背中まで髪が伸びた女の子そのものになった。女はその髪を優しく何度も丁寧にゆっくりと撫でつける。子供を寝かしつけるかのように。私は、健太の容姿が変わっているのに何をしているのかと、焦る気持ちで日引を見た。
日引は黙ってその様子を見ているだけだった。慌てた様子もない。だが、その日引に声をかける事は出来なかった。理由は分からないが、今声を掛けたら何かが駄目になるような気がしたからだ。
:さあ。お家に帰りましょうか・・・・・・:
チリン
女は健太の手を取り立たせる。健太はぼうっとしながらも女のされるがままに立つ。立った瞬間、手から怪獣人形がポトリと落ちる。真理の手に力が入ったのが分かった。
:行きましょう・・・・・・:
女は微笑みながら健太の手を引き部屋から出ようとする。健太の足が一歩前に出る。
「健・・・・・・‼」
真理が叫ぶのを私は止めた。
「お母さん」
健太が母を呼んだ。
:ん?なあに?お家に帰るのよ・・・・・・:
「お母さん」
:なあに?:
「お母さん」
:どうしたの?:
「お母さん」
:・・・・・・:
「お母さん」
お母さんと呼び続ける健太は、次第にその声を大きくしていく。
「お母さん!」
と、一番大きな声を出したその時だ。健太の母親が慌てたように家の中にバタバタと走って部屋に入ってきた。勿論私達の事は見えない。部屋には日引だけ見えているはずだ。
チリン
しかし、健太の母親は健太の所に真っ直ぐ行くと
「健太!」
としっかりと健太を抱きしめたのだ。これには私と真理は驚いた。
「お母さん」
母親に抱かれながら、次第に健太は意識が戻って行くようだった。長かった髪も元に戻っている。
チリン
「わかるだろ?血がつながったものにはどうあがいたって勝てないんだよ」
日引がゆっくりと分からせるように女に話す。女は悔しそうに抱き合っている二人を見ていたが
:フフフ大丈夫。健太。その人は違う人なの。お母さんは私、間違ったらだめじゃない:
そう言いながら健太の頭を撫でる。撫でられた健太は次第にまたぼうっとし始める。ソレが分かるのか、健太の母親は
「私の子供です!あなたなんかにはやらない!:
と、泣きながら怒鳴った。
:ふん。自分で殺したくせに何が母親よ。例え幽霊が見えたとしても自分の子供には違いないのにあんたはそうじゃなかった。健太を避けたり気味悪がったりした。あんたに母親の資格はない:
この女はこれまでの事を全て知っているようだった。もしかしたら、この家にいて健太親子の事をずっと見ていたのかもしれない。健太の母親は一番痛い所を言われたので、健太を抱きしめる手を緩めてしまった。
チリン
「待ちなさいよ!確かに健太のお母さんは気味悪がったりして健太に酷いことしたかもしれないけど、それが間違いだったと気がついた。人間は間違いを起こす生き物だ。完璧な人間なんてどこにもいないんだよ。間違いに気がついた時、それに対して改善していけばいい。考えればいい。健太の母親は、自分の子供が死んでしまったという事を背負いながらこれから生きていくんだ。それだけでも十分な罰だと思うよ」
私は我慢できずに口をはさんだ。女はゆっくりとこちらを見るとニィっと嫌な笑いを浮かべ
:相手が死んでから後悔したって遅いんだよ。それに、生きてる人と死んだ人は交わっていくことは出来ない。だから、これからは私がこの子の母親になるのさ。私はこんな女よりこの子を大切にできる:
そう言うと、突然、健太の頭をわしづかみにすると持ち上げた。持ち上げられた健太は力なくだらんとなっている。健太の母親は自分の腕から抜けてしまった健太を見上げている。何故かは分からないが、やはり健太が見えているらしい。
チリン
女は健太の頭をわしづかみにしながら自分の懐へ引き寄せ抱っこすると、ぼうっとしている健太の頬に頬ずりをする。ソレを見た健太の母親は
「お前になんかやらない!この子は私の子だ!返せ!」
と、顔を真っ赤にして健太を奪いにかかる。しかし女も負けてはいない。見えない力で健太の母親を突き飛ばす。派手に飛んだ母親は痛そうに顔をしかめるが、負けじとまた女に向かっていき健太に手をかける。また同じように飛ばされる。また向かっていく。何度となく繰り返された。
チリン
次第に健太の母親は、口から血を流し足を引きずるようになってしまった。それでもうわ言のように
「私の子だ。お前には渡さない・・・・・・」
と言いながら向かっていく。女はにやにやと笑いながら、いとも簡単に健太の母親を突き飛ばす。そのうち
:いい加減飽きてきた:
女はそう言うと、向かってきた母親を天井近くまで上げると一気に下にたたきつけた。
「ぐえ」
とカエルのような声を出した健太の母親は、ピクリとも動かなくなってしまった。
:ふん。子供につらく当たった時点であんたは子供を捨てたのも同じなんだよ。さあ。お家に帰りましょうね:
女は健太を抱きながら部屋を出ようとした。すると
「おま・・・・・・えには・・・・・・渡さない」
健太の母親の声がする。
チリン
健太の母親は震える両腕で体を支えながら、ゆっくりと体を起こし立ち上がる。その目はしっかりと健太を見ていた。その母親を見た女は
:しつこいね:
とまた健太の母親に見えない力で攻撃をしようとした時、
チリン
と、先程からずっと鳴っていた鈴の音がひときわ大きくなった。その途端、女の手から健太がボトっと落ちる。私達は自分が見ているものが信じられなかった。女の腕から落ちた健太は明らかに物体化している。つまり、生きていた時の健太だったのだ。
健太の母親は這いつくばりながら、急いで健太に近づくと、抱きあげ家の外に連れて行ってしまった。残された女は唖然とした顔をしている。私達も同じだった。
「やはり時間がかかるね」
日引だ。
女は日引の方を見ると目を吊り上げ顔を真っ赤にすると
:おのれ:
と一言言うと日引に滑るように向かっていく。日引は素早く持っていた巾着の中から数珠を出し祈り始めた。お経などは唱えないただ黙って合掌しているだけだ。その途端、女は苦しみだす。苦しみながらも日引の着物の袖を掴み
:おのれ:
と血走った眼を日引に向ける。体も小刻みに震え、口の端には泡を吹き息も荒い。
「お前も私も同じ。ただ、運が悪かった。輪廻転生と言うものがあるならば今度は違った人生を歩めるといいな」
日引は悲しい表情をすると数珠を女の額にそっとあてた。
:くっ:
女は日引から目を離さないまま徐々に消えていく。私は自分の目の前で繰り広げらていることが、まさに成仏していく瞬間なのかと考えた。何故か怖くなった。その時だ。
女が凄い速さで私の方を見る。
「まずい」
日引が焦ったように女の額に当てている数珠に力を込める。しかし、既に遅く女はいつの間にか私の目の前に立っていた。もう半分消えているのか溶けているのか分からない状態のまま血走った目だけはしっかりと私を見ている。
「きゃ!」
真理は腰が抜けたのか座り込んでしまった。
:フフフ:
殆ど呼吸に近い音で笑うと、女は私の中に入ってきた。その感覚は、冷たくそして悲しみ。それだけ。そう。その二つだけ。その他は何もない。女が私に半分ほど入った時
:熱い!:
女が突然悲鳴を上げ叫ぶと、私の体から離れた。日引がすかさず額に数珠をつけ祈る。半分消えかかっている女はもう、抵抗する力もなくなったのか女はストンと座り込むと、そのまま消えてしまった。
「ふぅ~。もう終わりだよ。疲れたろう。・・・・・・次は健太だね」
そう言うと日引はすぐに家を出る。私と真理は動けなかった。
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