大好きな小説の悪役令息に転生したら、婚約破棄するはずの婚約者に執着されていました

エアコン

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3章

3-1

「おーい!こっちの土もどうにかしてくれ!でき次第木生やすから!」

外から慌ただしい声と作業音が聞こえ、ソフォラは目を覚ました。

「ん?起きたのか。おはよう、ソフォラ」

「あ……おはよう、ヘンリー」

“おはよう”と声をかけられるのは初めてで、少し間が空いたが、きちんと返すことができた。

ヘンリーは昨日と同じように、ベッドのそばに椅子を置き、ソフォラの左手を握りながら、もう片方の手で本を読んでいる。

「もしかして……ヘンリー、寝てないの?」

自分のせいで眠れていないのではと不安になり、ソフォラは握られている手に、そっと右手を添えた。

「大丈夫だ。ソフォラが寝てから、俺も寝た」

「ベッドで?」

「……ああ」

わずかに間があり、視線を逸らしながら笑顔で答える。

「……うそ」

じとっとした目で見つめ返す。

「いや、本当に。ソフォラが寝てから、ベッドで寝た」

「どこのベッドで?」

詰め寄られ、ヘンリーの笑顔に冷や汗が滲む。

「どこのベッドで寝たの?」

むっとして問い詰めると、観念したように口を開いた。

「ソフォラのベッドの端で、突っ伏して寝た。部屋は用意されてたけど……俺が断ったんだ」

困ったように眉を下げ、それでもどこか嬉しそうに続ける。

「ソフォラの傍から離れたくなくてな。俺が好きでやったことだから、許してくれ」

心配もあるが、それ以上に胸がくすぐったくなる。

「はは、顔真っ赤だぞ。かわいいな」

「っ!そ、そんなことない!」

恥ずかしさに俯きながらも、互いの手は離れなかった。

コンコン、と扉がノックされる。

「ヘンリー、ソフォラは起きたかい?」

廊下からエバの声。

「はい。支度が終わり次第、食堂へ向かいます」

「分かった」

足音が遠ざかっていく。

「さ、着替えて食堂に行こう。腹減っただろ?」

ヘンリーは手を離し、クローゼットから服を取り出した。

「ヘンリー、僕、自分でやるから」

「いいって。ほら、手伝ってやる」

にこやかに促されるが、

「は、恥ずかしいから……自分でする……」

「あっ……」

次は二人そろって顔を赤くする。

ヘンリーは服をベッドに置き、「外で待ってる」とだけ言って部屋を出た。

ーーー

着替えて廊下に出ると、壁に寄りかかり本を読んでいるヘンリーが待っていた。

「行こうぜ」

そう言って自然にソフォラの左手を取り、エスコートする。

階段を下りて食堂へ入ると、トネリコとブラインドリー公爵エバが待っていた。

「おはよう、ヘンリー。ソフォラ」

エバが手を振る。

「おはよう」

トネリコも穏やかに声をかける。

「……おはようございます、エバ様……お父様」

トネリコは笑みを深め、隣の椅子を引いた。

座って見上げると優しく見返してくれる――が、その直後、前に座るヘンリーへ真顔を向けた。

「……なぜ息子の手を握っていた」

「婚約者ですから。何か問題でも?」

二人とも無表情。

エバが慌てて間に入る。

「まぁまぁ……」

(なんでお父様そんな顔するんだろう……ヘンリーもだけど)

使用人たちが料理を運び、どこか和やかで少し緊張した朝食が始まった。

「ソフォラ、よく眠れたかい?」

エバが優しく問う。

「はい……あの、昨日はご迷惑をおかけして――」

「お前は悪くない」

謝る前にトネリコが遮る。

「そうだよソフォラ。悪いのは全部トネリコだ」

エバも頷く。

「ちゃんと“父親”してればこうはならなかったし、ティペスの助言も無視してたんだから。つまり全部トネリコが悪い!」

「言い過ぎだ」

そう言いながらも、エバの指を掴んで軽く捻る。

「痛い痛い!やめて!」

やり取りのあと、トネリコはソフォラに向き直り、静かに頭を下げた。

「ソフォラ、本当にすまなかった」

「お、お父様!頭を上げてください!」

動かない。

「情けない父で……すまない。これからは向き合う。逃げていた」

「お父様……」

頬に手を添え、顔を上げさせる。

「僕も……怖くて逃げて、ごめんなさい」

「お前は悪くない!」

言葉が詰まり、沈黙が落ちる。

「はい、ここまで!」

エバが手を叩いた。

「湿っぽいのは終わり!……あ、ちょうどオトンナが来る頃だ。トネリコ、ちゃんと謝りなよ。私は関係ないけど」

「関係ないとはどういうことですか、エバ?」

柔らかな声だった。しかし空気が一瞬で張り詰める。

庭へ続く扉から、ブラインドリー公爵夫人オトンナがゆっくりと入ってくる。花のように優雅な笑み――だが、その瞳はまったく笑っていない。

「おはようございます。エバ、トネリコ様」

「お、おはよう、オトンナ!いい朝だね」
「……おはよう」

エバは脂汗を滲ませ、トネリコは視線を逸らしたまま答える。

「おはようございます。ソフォラ様、ヘンリー」

「おはようございます、オトンナ様」
「おはようございます、母様」

オトンナは優雅に頷くと、静かに席へ腰を下ろした。

「さて……少し状況を伺っても?」

にこやかなまま、視線だけが二人の父親へ向く。

「森を燃やした件と、無断外泊。そして“助けて”の一言だけの手紙」

にっこりと微笑む。

「どこから説明なさいます?」

エバとトネリコの肩がびくりと揺れた。

「いやその、緊急事態で――」
「緊急事態でしたのね」

即座に被せる。

「だからといって、説明を省いて良い理由にはなりませんわよね?」

逃げ道を塞ぐように、穏やかな声で言葉を重ねる。

トネリコに視線が移る。

「トネリコ様もです。感情が昂ったとはいえ、森を焼くなど……当主として、そして父親として、適切な判断だったとお思いですか?」

静かだが、鋭い。

トネリコは何も言えず、ただ唇を引き結ぶ。

「……申し開きは?」

沈黙。

オトンナは一度、ふっと小さく息をついた。

「……今回は結果的に、ソフォラ様が無事だったからよろしいものの」

にこり、と再び笑う。

「もし何かあったら――どう責任を取るおつもりでしたの?」

空気が凍る。

「エバ?」

その一言で、エバは即座に椅子を蹴り、片膝をついた。

「本当に申し訳ありませんでした!!」

深く頭を下げる。

トネリコも拳を握りしめ、視線を落としたまま言葉を絞り出す。

「……申し訳ない」

――数秒の沈黙。

やがてオトンナは、ふっと表情を緩めた。

「……反省しているようですし、今回はこれでよろしいでしょう」

そしてゆっくりと視線をソフォラへ移す。

ソフォラを見るその瞬間だけ、空気が柔らかく変わる。

「ソフォラ様」

声色も、先ほどまでとはまるで違う。

「怖い思いをなさいましたね」

優しく微笑みながら、そっと手を差し出す。

「もう大丈夫ですわ。ここには、あなたを大切に思う人しかおりません」

包み込むような言葉。

「どうか、ご自分を責めないでくださいね」

その言葉は、叱責とは正反対の温度を持っていた。

――そう言い残し、オトンナは静かに立ち上がった。

「外の様子を見てまいりますわ」

優雅に一礼し、そのまま庭へ続く扉へと向かう。

扉が開き、外の光が差し込む。

そして閉まる――

「……あっ」

エバが顔を上げた。

一瞬の間。

「お、オトンナ待ってくれ!!」

慌てて立ち上がり、扉へ駆け出す。

「さっきのは本当に反省してる!だからもう少し話を――!」

勢いよく扉を開け、そのまま外へ飛び出していった。

バタン、と扉が閉まる。

しん、と静まり返る食堂。

「……やっぱり母様は怖いな」

ヘンリーがぽつりと呟いた。

「あの、お父様」

「ん?」

「昨日のワーウルフは……?」

「ああ、護衛が世話をしている。あとで会わせよう」

トネリコはソフォラの頭を優しく撫でた。

朝食は、少しずつ穏やかに進んでいった。
感想 3

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