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3章
3-5
*
夕食を終え、一行はトネリコの書斎へと移った。
ティペスは当然のようにソフォラの隣に座り、
「お腹いっぱいになった?」
「馬車での移動、疲れただろう?少し休む?」
と、絶え間なく声をかけてくる。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ソフォラが微笑むと、
「うっ……!」
ティペスはまた胸を押さえてうめいた。
「……はぁ、もういいかティペス?」
呆れた声でトネリコが言うと、ティペスはじとりとした視線を向ける。
「満足などしていませんが……父上の手紙に対応した件、報告は必要ですね」
そう言って背筋を伸ばし、眼鏡をクイッと押し上げた。
その横で、側近のパキプスが音もなく紅茶を差し出す。
「手紙が届いたのは、お二人が到着する約一時間前です」
一口紅茶を含み、淡々と続ける。
「離れの使用人は全員拘束し、地下牢へ収監しました。ソフォラを虐げていた者など不要でしょう?……殺していないだけ感謝していただきたいですね」
穏やかな口調のまま、さらりと恐ろしいことを言う。
「大半は自ら出頭しましたが、乳母のユーカリを含め数名は逃走を図りましたので、捕縛ついでに離れの“掃除”も済ませておきました」
再び紅茶に口をつけ――ふと思い出したように顔を上げる。
「ああ、ソフォラの部屋はそのまま残してあります。他は不要ですので、建物が崩れない程度に処理しました。荷物の搬出が終わり次第、離れは解体します」
にこりとトネリコへ笑い、次にソフォラへ視線を向ける。
「部屋についてはソフォラと相談して決めたかったから、今日は客間で我慢してもらえるかな?離れはもう使えないから」
「ね?」
そう言って、やさしくソフォラの手に触れた。
その笑顔とは裏腹に、行われたことはあまりに苛烈だった。
それでも――
(怖い……けど)
(ちゃんと見てくれてたんだ)
胸がじんわりと温かくなり、ソフォラの瞳に涙がにじむ。
「今日はここまでにしましょう。ソフォラも疲れているでしょうし、続きは明日で」
「そうだな……ありがとう、ティペス」
トネリコがわずかに口元を緩めると、
「仕方ありませんからね。明日からは働いていただきますよ、ご当主様?」
ティペスは眼鏡をきらりと光らせ、うっすら笑った。
⸻
その後、ティペスはトネリコと話があると言い、側近のパキプスがソフォラを部屋まで案内することになった。
パキプスは長身で細身、二メートル近い体躯をしている。
淡い水色の長髪をゆるく一つに束ね、表情はほとんど動かない。
無言のまま歩き出し、時折ちらりとソフォラを見下ろす。
(やっぱり……闇属性だから嫌なのかな)
そう思い、少し俯いたときだった。
「どうされましたか」
低い声とともに、パキプスが片膝をつく。
視線の高さを合わせ、そっと前髪をかき上げられた。
「歩く速度が少し落ちていました。体調が優れませんか?……もしよろしければ、抱えて運ぶことも可能です。たぶん」
真顔のまま言う。
(たぶんって言った……)
思わず目を瞬かせる。
「その……表情が変わらないので、嫌なのを我慢されているのかと思って……」
おずおずと伝えると、パキプスは一切顔色を変えずに答えた。
「生まれつきです。変えられませんが――」
一拍置いて、
「ソフォラ様のことを嫌だと思ったことはありません」
淡々と、しかしはっきりと言い切る。
「ソフォラ様はお優しいですね。私のような者にまで気を遣われる」
そのまま続ける。
「ちなみに主のティペス様の方が、性格はだいぶ面倒です」
(言い切った……)
「属性は関係ありません。嫌な人間はどの属性にもいます。ソフォラ様は“いい子”です」
その言葉の直後――
「では、失礼します」
ひょい、と。
ソフォラの両脇を持ち上げ、
「ん……っ」
わずかに震えながら、肩の上に乗せた。
「非力な私でも持ち上げられました。……ぎりぎりですが」
「わぁ……!」
突然の高さに驚きつつも、思わず笑い声がこぼれる。
パキプスは慎重に歩き、部屋の前で止まった。
そっと膝をつき、ソフォラを下ろす。
「こちらが本日お休みいただく部屋です」
扉を開けると、赤と黒を基調にした落ち着いた部屋が広がっていた。
ベッドに手を押し当てると、ふわりと沈み込む。
「もしお気に召さなければ、ティペス様を追い出してそちらを使っていただいても構いません」
「えっ!?だ、大丈夫です!とても素敵なお部屋です!」
思わず強く否定すると、
「……そこまで力強く言わなくても大丈夫です。冗談ですので」
一拍置いて、
「この顔だと、冗談に見えませんね」
最後まで無表情のまま言った。
(……やっぱり、この人いい人だ)
ソフォラはくすっと小さく笑った。
夕食を終え、一行はトネリコの書斎へと移った。
ティペスは当然のようにソフォラの隣に座り、
「お腹いっぱいになった?」
「馬車での移動、疲れただろう?少し休む?」
と、絶え間なく声をかけてくる。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ソフォラが微笑むと、
「うっ……!」
ティペスはまた胸を押さえてうめいた。
「……はぁ、もういいかティペス?」
呆れた声でトネリコが言うと、ティペスはじとりとした視線を向ける。
「満足などしていませんが……父上の手紙に対応した件、報告は必要ですね」
そう言って背筋を伸ばし、眼鏡をクイッと押し上げた。
その横で、側近のパキプスが音もなく紅茶を差し出す。
「手紙が届いたのは、お二人が到着する約一時間前です」
一口紅茶を含み、淡々と続ける。
「離れの使用人は全員拘束し、地下牢へ収監しました。ソフォラを虐げていた者など不要でしょう?……殺していないだけ感謝していただきたいですね」
穏やかな口調のまま、さらりと恐ろしいことを言う。
「大半は自ら出頭しましたが、乳母のユーカリを含め数名は逃走を図りましたので、捕縛ついでに離れの“掃除”も済ませておきました」
再び紅茶に口をつけ――ふと思い出したように顔を上げる。
「ああ、ソフォラの部屋はそのまま残してあります。他は不要ですので、建物が崩れない程度に処理しました。荷物の搬出が終わり次第、離れは解体します」
にこりとトネリコへ笑い、次にソフォラへ視線を向ける。
「部屋についてはソフォラと相談して決めたかったから、今日は客間で我慢してもらえるかな?離れはもう使えないから」
「ね?」
そう言って、やさしくソフォラの手に触れた。
その笑顔とは裏腹に、行われたことはあまりに苛烈だった。
それでも――
(怖い……けど)
(ちゃんと見てくれてたんだ)
胸がじんわりと温かくなり、ソフォラの瞳に涙がにじむ。
「今日はここまでにしましょう。ソフォラも疲れているでしょうし、続きは明日で」
「そうだな……ありがとう、ティペス」
トネリコがわずかに口元を緩めると、
「仕方ありませんからね。明日からは働いていただきますよ、ご当主様?」
ティペスは眼鏡をきらりと光らせ、うっすら笑った。
⸻
その後、ティペスはトネリコと話があると言い、側近のパキプスがソフォラを部屋まで案内することになった。
パキプスは長身で細身、二メートル近い体躯をしている。
淡い水色の長髪をゆるく一つに束ね、表情はほとんど動かない。
無言のまま歩き出し、時折ちらりとソフォラを見下ろす。
(やっぱり……闇属性だから嫌なのかな)
そう思い、少し俯いたときだった。
「どうされましたか」
低い声とともに、パキプスが片膝をつく。
視線の高さを合わせ、そっと前髪をかき上げられた。
「歩く速度が少し落ちていました。体調が優れませんか?……もしよろしければ、抱えて運ぶことも可能です。たぶん」
真顔のまま言う。
(たぶんって言った……)
思わず目を瞬かせる。
「その……表情が変わらないので、嫌なのを我慢されているのかと思って……」
おずおずと伝えると、パキプスは一切顔色を変えずに答えた。
「生まれつきです。変えられませんが――」
一拍置いて、
「ソフォラ様のことを嫌だと思ったことはありません」
淡々と、しかしはっきりと言い切る。
「ソフォラ様はお優しいですね。私のような者にまで気を遣われる」
そのまま続ける。
「ちなみに主のティペス様の方が、性格はだいぶ面倒です」
(言い切った……)
「属性は関係ありません。嫌な人間はどの属性にもいます。ソフォラ様は“いい子”です」
その言葉の直後――
「では、失礼します」
ひょい、と。
ソフォラの両脇を持ち上げ、
「ん……っ」
わずかに震えながら、肩の上に乗せた。
「非力な私でも持ち上げられました。……ぎりぎりですが」
「わぁ……!」
突然の高さに驚きつつも、思わず笑い声がこぼれる。
パキプスは慎重に歩き、部屋の前で止まった。
そっと膝をつき、ソフォラを下ろす。
「こちらが本日お休みいただく部屋です」
扉を開けると、赤と黒を基調にした落ち着いた部屋が広がっていた。
ベッドに手を押し当てると、ふわりと沈み込む。
「もしお気に召さなければ、ティペス様を追い出してそちらを使っていただいても構いません」
「えっ!?だ、大丈夫です!とても素敵なお部屋です!」
思わず強く否定すると、
「……そこまで力強く言わなくても大丈夫です。冗談ですので」
一拍置いて、
「この顔だと、冗談に見えませんね」
最後まで無表情のまま言った。
(……やっぱり、この人いい人だ)
ソフォラはくすっと小さく笑った。
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