切り裂き語り 少女の鮮血と清らなる魂

月森あいら

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少女たちの死を語る、第八章

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 伊江田村に、死が訪れた。
 死んだのは、少女だった。その事件を耳にして、海翔は驚き戸惑い、しかしすぐには詳細を知ることはできなかった。
 今が夏休みではなく、授業があって学校に行っていたのならクラスの誰かから話を聞くことができたのかもしれなかった。しかしわざわざ噂話を聞きに出かける場所も、つもりも、海翔にはなかった。慶太あたりなら訊けば教えてくれたかもしれないけれど、ことがことだけに、そのために電話やメールをすることは、いささかためらわれたのだ。
 海翔が詳しいことを聞いたのは、〈唐傘亭〉でのことだった。
 訪れたとき、歩は人形の手を形成していた。祈るような形に組みあわされた両手を、小さな彫刻刀で形作る。ゆっくりと、徐々に一本一本、指ができあがっていく。その作業から目を離さずに、歩は独り言のように言った。
「咲希ちゃんだよ。賀村咲希ちゃん。同級生だろう?」
 海翔は、こくりとうなずいた。死者の名は、聞いていた。それがまだ中学生の少女であったこと、持病などもなかった彼女の突然の死の報は伊江田村を駆け巡り、いくら引っ越してきたばかりで噂話からは隔離されている海翔でも、耳に入らないわけはなかったからだ。
「なんでいきなり……、なんですか?」
「殺人」
 淡々と、歩は言った。人形の手を作る手を、とめない。
「さ……つじん?」
 テレビや新聞の報道、ミステリ小説やマンガ。自分からは遠いところでしか縁のない言葉を、実感なく海翔は繰り返した。
「殺された……、ん、です、か……? 賀村さん……?」
「そういう、話」
 どこか突き放したような口調で、歩は言った。その声音は、どこか怒っているようだ。作業台に向かう歩の背中を見つめながら、海翔はつぶやく。
「話、ってことは……、歩さんは、信用してない?」
「おや、勘がいいね。少年」
 少し戯けた口調になって、それが海翔を少し安心させた。しかし歩はそれきり黙ってしまい、工房には、しゅ、しゅ、と歩が人形の手を削って形成する音だけが響く。
「……疑われてるのは、美桜ちゃん」
「え」
 海翔は、え、とも、う、ともつかない、奇妙な声をあげてしまった。あまりに意外な名前を耳にして咳き込み、胸を押さえたまま歩の後ろ姿を見る。
「羽澄さんが……? なん、で……?」
「そりゃ、あたしが聞きたいよ」
 彼女の声に、明らかな怒りが混ざる。いつもの彼女の飄々とした口調からは想像もできないほど、厳しい声音だった。
「今は、警察だよ。取り調べとかいろいろあるんだって。あの子を取り調べたって、何も出てこないよ」
「なんで、羽澄さんが疑われてるんですか……?」
 そうは言いながらも、少し冷静になると脳裏に浮かぶ光景があった。
 まだ海翔が転校してきたばかりのころ、慶太が動物に喩えて紹介してくれた少女たちが、美桜の長袖のカフスから覗く白い包帯を指して、いろいろなことを言っていたこと――あれは決して、仲のいい友達同士の会話ではなかった。
 そういう意味では、美桜が疑われる理由はあるのかもしれない。しかし、それだけで殺人にまで至るだろうか。
 さらには、気の強い咲希と、はかなげで今にも消えてしまいそうな美桜。美桜に、そのような力――実際の、そして精神的な――があるのだろうか。被害者と加害者が逆なのだといえば、まだわかるのだけれど。
 そんな海翔の考えは、歩の言葉に一蹴された。
「最大の理由は、咲希ちゃんが、美桜ちゃんの部屋で死んでたってこと」
「……え?」
 歩があまりにも淡々と言うので、聞き違いかと思った。しかし歩は同じことをもう一度言い、その言葉は、海翔の耳がおかしかったわけではないということを確信させた。
 ふぅ、と歩はため息をついた。そっと覗きこむと、彼女の眉根には深い皺が寄っている。
「おかげで、羽澄旅館は大騒ぎだよ。合宿してた東京の野球部の子たちも、しつこく調べられたうえに連絡先確かめられて、帰る羽目になるしね。そっちの手配とか警察だとかで、てんやわんやの旅館のご主人が、おかしなこと言い出さなけりゃいいけど」
「おかしなことって……?」
 ごくり、と固唾を呑み下しながら、海翔は尋ねる。歩は振り返り、彫刻刀を置いて、また息をついた。
「あのご主人、東京って土地には敏感だろ? 奥さんのことがあったからさ。だから、客だった野球部の子たちとか、あのあたりのせいだって言い出しかねないと思ってね」
「まさか、そんな……関係ないでしょう? 野球部の子たちは」
「事実なんて、誰にもわからないから」
 そして、歩の何度目かのため息。
「美桜ちゃんは、なにもしゃべらないらしいよ。中学生の女の子相手に警察もそう強く出られないみたいだし。でも、咲希ちゃんが死んでた場所が場所だったからねぇ……美桜ちゃんが、なにも関係ないってわけにはいかないらしくて」
「……ああ」
 見てきたように、想像できると思った。大人の、厳しい顔をした警察官を前に、うつむき体を小さくし、目には涙をためている美桜の姿。きっと、なにを言われても恐ろしがって震えるばかりなのだろう。咲希たちに責められていたときの彼女を思い出し、心の底から、気の毒だと思った。
「そりゃ、疑うのはわかるよ。でも、あの美桜ちゃんが……なにをするっていうんだ? 中学生がいきなり死ぬとかって、そりゃ年寄りでもなし、普通はあり得ないけど。でも、だからって美桜ちゃんを疑うなんて」
「……どうして賀村さんは、羽澄さんの部屋にいたんですか?」
 海翔は、美桜のリストカットの痕を隠すような包帯を指して嘲っていた咲希を知っている。ふたりの仲がいいとはとても思えないし、ましてや部屋にあげるなんて。
「咲希ちゃんは、美桜ちゃんのところに泊まりに行くって家を出たらしいけれど」
 ならば、ますます不可解だ。仲がいいわけでもない友人の家に、泊まりに行くなんて。
「そのことも、美桜ちゃんは詳しいことをなにも言わないらしいんだよ。羽澄旅館の人たちも野球部の客で手がいっぱいで、美桜ちゃんがなにをしてたとか、泊まりに来た友達となにがあったかとか、気がまわらなかったみたいだし」
「なんでなんでしょうね……」
 こうやって話していても、咲希が死んだなどと実感することはできない。いっそ彼女の遺体を見ることができたならそれを信じることができたかもしれないけれど、話だけではぴんと来るものはない。夏休みが終わって学校に行けば、あのポニーテールを揺らした姿が、また見られるに違いないと思ってしまうのに。
「なにが、あったんでしょう……」
「さぁ、ね」
 もう何度目になるかわからない吐息とともに、歩は言って首を振った。
「とにかく、美桜ちゃんがなにかしたとか、ましてや人殺しなんて……あり得ないんだから。警察も見当違いのことはやめて、ちゃんとした捜査をやってもらいたいもんだわ」
 歩は、人形の手を作る作業に戻る。心なしかその作業は、少し乱暴なように感じられた。今、歩の作っている人形は、きっと怒った顔と悲しい顔とが混ざりあった複雑な表情をするのだろう、と思う。
「旅館のほうって、今どうなってるんでしょうか?」
「営業は、そりゃおやすみだよ。ご主人と美桜ちゃんも町に行ったまま帰ってこないしね。パートの人は、みんないつ再開されるか聞かされてないってさ」
 やはり、人死にのあった場所にはいたくないのだろうか。再開が未定だというのも、そもそも客もないだろう。美桜たちに、警察署での取り調べがあるのかもしれない。
「この先どうなるかなんて……わからないけど」
 かりっ、と乱れた音がした。歩が小さく舌を鳴らす。形成を、失敗してしまったのだろうか。
「とにかく、美桜ちゃんを責めるのはやめてほしいね。咲希ちゃんには、かわいそうなことだけど……美桜ちゃんを責めて、なにかが出てくるわけじゃないんだから」
 これ以上、この話を続けると歩の仕事の邪魔になってしまう。そう思って海翔は、〈唐傘亭〉を辞することにした。
 挨拶をすると、歩はいつもより投げやりな口調で返してきた。それにぺこりと頭を下げて、海翔は作業部屋を出て行こうとした。
 ふと思いついて海翔は足をとめ、歩に尋ねる。
「賀村さんの、死因ってなんだったんですか?」
「窒息死、だそうだよ」
 海翔は眉根を寄せた。なんと、気の毒な。さぞ苦しかっただろう、と想像するだけで海翔までもが息苦しくなる。
 〈唐傘亭〉を出て、日暮れのまだ暑さを残した道を歩きながら海翔は考えた。
(羽澄さんの部屋で、賀村さんが死んでた)
 夕方とはいえ、真夏の屋外はまだ暑い。こめかみにしたたる汗を拭いながら、話に聞いただけの様子を脳裏に思い浮かべる。
(窒息死……。いったい、どういう状況で? 羽澄さんは、どうやって賀村さんが死んでるのに気がついたんだろう)
 それよりも、なによりも。
(どうして、賀村さんが羽澄さんの部屋に?)
 とても仲がいいとはいえないふたりが、どうして一緒にいたのか。咲希といつもつるんでいたほかの三人は、どうしていたのか。ほかの三人は、その事情を知っているのだろうか。
(……どうして、なんだろう)
 知りたい。何が起こったのか、どうして起こったのか。目眩のするような情動が海翔を襲う。しかしどうすれば知ることができるのかなど、わからない。わかるはずもない。
 海翔の足は、自宅とは違う方向に向いていた。一度立ち寄ってみたことのある、歩に初めて会ったあの場所に、汗を拭いながら海翔は歩く。
「……ここ、だ」
 小さな声で、独り言を言ってしまった。大きな、日本家屋。この村の中でも、仮に外国人がやってくれば一番『日本』を感じるであろう、典型的な和ふうの建物だ。
 旅館だけあって、いったい何坪ぶんあるのか見当もつかない。もっとも坪数で言われても、海翔にはぴんと来ないだろうけれど。
『羽澄旅館』との文字が、流れるような文字で刻まれた大きな石が置いてある。きれいに剪定された生け垣、耳に届くししおどしの音。
 しかしそれ以上の先、わずかに見える庭先以上の情報を得ることはできなかった。建物のまわりには幾重にも黄色いロープが巻かれ、警察官が立っている。厳しい表情をした彼らは、近づこうとした海翔をじろりと睨み、それに怖じ気づいて一歩後ろに下がってしまった。
 そのものものしい雰囲気が、まさにここで事件が起こったのだということを知らせてくれる。歩から聞いただけの話がリアルに実感できて、海翔はぞくりと背を震わせた。
 ここで、人が死んだのだ。その死は、故意にいざなわれたものであるかもしれないのだ。手を下したのが、あのはかなげな美桜で――いや、そのようなことがあるはずがない。
 海翔は、踵を返した。警官たちがまたじろりと視線を送ってきたような気がして、思わず足が速くなる。
 その足は、やはり自宅には向かわなかった。海翔は、羽澄旅館のまわりを、ぐるりとまわる。どこも、目につくところにはすべて縄が張られていたが、裏手には誰もいなかった。
 表は客を迎える施設らしく目に美しく飾られているが、裏は味気ないコンクリート塀で、そのすぐそばまで建物が迫っていた。裏手だけ見れば、大きさはともかく一般の家屋とあまり変わらない。
 美桜は、今はここにいないと言う。警察署に拘束されているのか、ここには戻って来たくないとどこかに泊まっているのか。彼女に話を聞きたいと思ったけれど、警察にも聞き出せない話を、海翔が聞き出せるとは思わない。しかし彼女はなんらかの真実を知っているはずで――そのことが、たまらなく気になった。
 外から見ただけで、なにがわかるわけもない。海翔の足は、自宅に向かう。しかし羽澄旅館の有様は、脳裏に焼きついていた。
 神経の張りつめるものものしい空気、鋭い視線の警官たち、そして真実を知りたいと胸を疼かせる海翔を拒否するように建物はそびえ立っていて、海翔を受け入れてくれない。
 歩を早めた。古くなったアスファルトを踏む靴音が、すれ違う者のない道に響く。かなりの間隔を置いて建つ家々の脇を通ると、さまざまの食べ物のいい香りがする。焼き肉、揚げもの、煮物にカレー。
 それらに食欲を誘われた腹が、ぐぅと鳴った。しかし海翔自身は心躍らず、ただ黙々と道を歩いた。
(羽澄さんが、賀村さんを殺した……?)
 歩に聞いた話は、ただならぬ雰囲気を漂わせていた羽澄旅館の様子と重なって、真実味を帯びた。しかしやはり、歩同様海翔にも、あの美桜が殺人を犯したなどとは、信じられない。
(本当の……、本当のところは、どうなんだろう……?)
 それは背を押す衝動となって、海翔をさいなんだ。



 ふたつめの死が、伊江田村に忍び込んできた。
 死は少女の部屋の戸を叩いた。そして、少女を襲った。戸の隙間から忍び込み、少女の首を絞めた――死は、恐ろしい圧力を持って少女を連れ去ったに違いなかった。
 海翔にそう考えさせたのは、再びの少女の死を告げてきた、慶太の言葉だった。
「自分の部屋で、死んでたんだって」
 夏休みの、登校日。朝、久しぶりに学校にやってきて教室を見まわしても賀村咲希の姿はなく、そして羽澄美桜の姿もなかった。
「朝になっても起きてこないから、おばさんが起こしに行ったんだって。そしたら、布団の中でもう冷たくなってたって」
 眉をしかめて、恐ろしいことを口にするのを憚るように慶太は言う。
「……月野木さん。月野木さんが、死んだって……」
 そして姿がないのは、もうひとり。その、月野木咲良。
 咲希に引き続き、咲良も死んだというのだ。ショートカットの、同級生。猟犬の、咲良。それほど話したことがあるわけではなかったけれど、同級生が死んだと聞いて、冷静でいられるわけがなかった。それも、ふたりめが。
「どうして……?」
 絞り出すように、海翔はそう尋ねた。声が掠れてしまうことは、どうしてもとめられなかった。そんな海翔を冷やかすようなことはなく、慶太も痛ましげな表情を隠さずに言う。
「わからん。警察のほうではなにか掴んでるのかもしれんけど、関係ない人間は……家族とか以外ってことだけど、村の誰も、詳しいことは聞かされてない」
 それでな、とつぶやいて慶太が海翔の耳もとに口を寄せてきた。なにか、もっと恐ろしいことを聞かされるのか。思わず逃げかけた海翔をつかまえて、慶太はささやいた。
「……現場に、魔法瓶があったんだって」
「魔法瓶?」
 聞き返してしまった。怪訝な海翔に、うん、と慶太はうなずく。
「中身が空の、さ。十リットルとか十五リットルくらい用の、すっごくでっかいやつだったんだって。魔法瓶つぅか、ステンレスクーラー、いうの? こんなの」
 そう言って、慶太は両腕でなにかを抱える仕草をした。赤ん坊、どころか同世代の体格の人間ひとりの体まわりに腕をまわしているような幅があった。
「いくら運動部でも、十五リットルのは持ってねぇよ。しかも女子が、さ」
 慶太は訝しげだ。それは、海翔も同じだった。ステンレスクーラー、なんて。思わぬ言葉が出てきたことに、眉をしかめる。そして胸によぎった謎を、言葉にして問うた。
「その魔法瓶、本当に月野木さんの、それか家族の人の、持ちものだったのか?」
「……本当に、って、言われても」
 指先でこめかみを掻きながら、慶太は首をかしげた。
「俺が見たわけじゃないからな」
 それはそうだ、と海翔も肩をすくめる。そんな海翔を前に、慶太はうんうん、とうなずく。
「そりゃ、魔法瓶くらいどの家にあったっておかしくないし、月野木さんは陸上部だからな。あそこの姉ちゃんも運動部だったはずだし、魔法瓶があっても不思議じゃないけど」
 けど、と慶太は呻いた。
「でも、あそこは姉ちゃんと月野木さんだけだから。女子がなぁ……女子が、十五リットルの、ステンレスクーラー……?」
 慶太は、どこか傷ついたような口調だ。大食らいならぬ、大飲み(?)の女の子、ということに夢が破れたような気持ちなのかもしれない。男子校でもあるまいし、毎日女子と顔をつきあわせていて、夢もなにもないとは思うのだけれど。
 しかし海翔は、別のことが引っかかった。慶太の言葉の、一部分だ。
「……運動部?」
 ん? と、慶太が怪訝な顔をする。そんな彼を前に、海翔はほんの少し、脳裏を掠めたことを口にした。
「羽澄旅館には、東京からの野球部が泊まってたよな」
「うん。もう、帰ったけどな」
「その、十五リットルのステンレスクーラー……その野球部のものだったり、して? 慌てて帰っただろうから、忘れものくらいあってもおかしくないんじゃないか?」
 ああ、と慶太がうなずく。
「そうかもな。うん、きっとそうだ」
 破れかけた夢から、救いを得たように慶太は顔を輝かせた。確かに、いくら運動部とはいえステンレスクーラーを女の子が使うというよりは、野球部が部で持っているものであるというほうが納得できる。
 しかし海翔は、どうして魔法瓶のことなどが気になるのだろうか。
「でも、なんでその魔法瓶……月野木さんの部屋に? 野球部の忘れものだったら、羽澄旅館にあるはずだろう?」
「そりゃ……そう、だけど」
 慶太は、海翔の言葉に首をかしげた。
「なんで、おまえがそんなこと気にすんだ?」
 怪訝そうな慶太に、慌てた。女の子への夢が壊されることを免れた彼は、なにを言うのかという顔で海翔を見ていた。
「いや、なんか……気になった、から」
 しどろもどろに、海翔は言った。確かに慶太でなくても、そのようなことに興味を持つ海翔を訝しがるだろう。しかし、少女の死にまつわる――それらがどう関係があるのか、それともまったくないのか。海翔には、見当もつかないけれど――奇異なものをふたつも知ってしまっては、もしかするとなにか関係があるのではないかと、もどかしい感覚を持ってしまう。
 困惑する海翔とは裏腹に、あっけらかんと慶太は言った。
「まぁ、変といえば変だけど。でもあったもんは仕方ないし、俺たちがどう言うようなことじゃないだろ。そーゆーのは、警察の仕事だからさ」
「そりゃ、そうだな……」
 そう、海翔などが考えることではない。世の中にはその解き明かしを専門にしている者たちがいるのだから、彼らに任せるべきだ。経験も知識もない中学生の海翔が、頭を巡らせるようなことではないのだ。
「呪いよ」
 そうつぶやいた声が、聞こえた。
「呪いだわ……、清め地蔵の呪いで……」
 そんな女子生徒の声を打ち消すような声がする。
「そんなこと、言うんじゃないよ。呪いなんて……そんな、ばかばかしい」
 そう言うほかの女生徒の声が、どこか強がっているように感じられたのは気のせいだろうか。
 清め地蔵の呪いなら、海翔にも累を及ぼすだろう。なんせあれだけ興味を持ち、じろじろと眺めまわしたのだから。
(次が、俺でも……不思議じゃない)
「はーい、早く席についてー!」
 担任の井賀島が、教室の前の扉から入ってきて声をあげた。彼女の声を聞くのも久しぶりだ。しかし夏休みの登校日、担任教諭の最初の話が同級生の死であることは、あまりにも悲しいことだった。



 そして、伊江田村を犯して去った、三つめの死。
 このたびの死は、村はずれの田圃の脇で見つかった。続けての死に村は常ならぬほどに大きくざわめいて、報せはすぐに海翔の耳にも届いた。
「……また?」
 思わず、そう尋ねていた。うなずいたのは、ダイニングテーブルを挟んで向う側にいた母だ。
「そう。また、なのよ」
 出勤の準備をしながら、母は眉をしかめる。
「今度は、外でのことでしょう? こんな小さい村なのに、目撃者もいないなんて」
「誰、が……?」
 恐る恐る、海翔は尋ねた。なにか、恐ろしい答えが返ってきそうな気がしたからだ。
 聞くのが恐い、母の返事。それは、三度目の死者が知っている者であること。
「あ、そうね」
 少し首をかしげながら、母は言った。
「あなた、知ってるんじゃないかしら。確か、中学生で……」

 ――寺瀬、玲奈。

 聞かされたのは、知っている名前だった。寺瀬玲奈。長いさらさらとした黒髪を垂らし、吊り気味の目が狐を連想させる、少女。地主の娘で、『お嬢さま』らしいどこか悠然とした仕草がよく似合っていた。
 海翔は唖然と目を見開き、母はそんな彼を前にため息をついた。
「いやだわ、恐ろしい……」
「死因、は?」
 震える声で、海翔は尋ねる。母は、まばたきをしてこちらを見た。
「なんで、そんなこと訊くの?」
 息子の質問に、母は訝しげだ。それはそうだろう、刑事ドラマでもあるまいし、同級生の死を悲しむ前にいきなり死因を訊くなんて。あまりにも奇妙だ。海翔は慌てた。
「いや……、だって。前の子も、同じクラスの子だったから……」
 そう、と母は聞くも悲痛な息をついた。
「やっぱり、同級生なのね。寺瀬のお嬢さん、中学生だって聞いたから」
 母はなおも暗い表情のまま、顔をあげる。はっとしたように見た先は、壁に掛かった時計だ。
「死因までは訊いてないわ。気になるなら、訊いてきてあげるけど」
 慌てた口調で、母は言う。出勤時間が迫っているのだ。海翔も、夏休みでなければぼんやりとはしていられない時間だ。
「それよりも、そういう物騒なことがあるの。続いたんだし、気をつけてね。同級生なんだったら、またお葬式とか……あぁ、あなたに任せるから!」
 ことがことではあっても、母にはもっと大切なことがある。ばたばたと足音を立てて出て行ってしまった母の後ろ姿を見送りながらも、海翔の頭は聞かされた話でいっぱいだった。
(寺瀬さん……が……)
 しかもこのたびは屋外だったから、発見も話が広がるのも早かったのだろうか。海翔は母に玲奈の死因を尋ねたけれど、答えは聞くまでもなく、知っているような気がした。
(……羽澄さん、は……?)
 咲希が美桜の部屋で死んでいたことも、まだはっきりとはわかっていないのだ。立て続けに二件、そしてそしてこのたびの、三件目。
 四番目の死が、伊江田村を駆け抜けていくということはないのだろうか。
「…………」
 死が、身近に近づいている。今にもからめとられてしまいそうな感覚に脅え、後ろを振り返ることも恐ろしかった。
 ひとりになった台所で、海翔は立ち尽くしていた。屋外では蝉がみんみんと鳴き騒ぎ、じっとしていても汗をかくこの時季にあって、海翔は全身を震わせている。背を走る悪寒に、わなないていた。
(まさか、また……清め地蔵の、呪い?)
 そのようなことを信じているわけではない。しかし次から次に人が――しかも、同じクラスの少女ばかり。呪いだとは言わなくても、やはり気味が悪いことには変わりはない。
 そして、死の洗礼を受けていない、もうひとりは海翔かもしれないのだ――。
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