8 / 110
第一章 予想外の婚約破棄
第8話 結婚は絶望的
しおりを挟む貴族令嬢でありながら結婚を回避するという手段は、結局手に職を持った労働に落ち着いた。10歳から勉強を始め、14歳に行動を起こし、もう18歳。3年もここにいる事になる。
魔術院の中でも、リヴィアが勤めている翡翠の塔は平民出身者が多い。作られる魔道具が大衆向けのものだからだ。
加えてあの婚約破棄。
リヴィアは緩みそうになる口元を覆い、笑いを噛み殺す。
とにかくこれで自分は魔術院に勤める変わり者で、婚約破棄された疵ものの令嬢という事だ。
リヴィアはエルトナ家の一人娘であるが、婿はとらない。
家督は従兄のレストルが継ぐ事になっている。
これは以前からの取り決めで、元々は祖父が爵位を二つ持っていた事がその理由だ。伯爵家は兄である父が継ぎ、子爵家は弟の叔父が継いだ。
リヴィアの母が女児を一人産み他界した時に、父と叔父で、レストルに伯爵家を継がせ、レストルの妹のサララに婿を取らせ子爵家を継がせると決めたのだそうだ。まあ父は再婚する気がなかったのだから妥当な判断だろう。
更に当時はレストルとリヴィアを結婚させるという話も出たらしいのだが、それには父が異を唱えた。
貴族の娘の義務は家の繋がりを持つ為のもので、内輪で固まるものではない、と。最もらしい事を宣っていたそうだ。それでも叔父は将来二人がそれを望むのなら、とは思っていてくれたそうだが、それは無い。
自分はこのまま魔術院勤めで、独り身を通す。通常貴族の娘が適齢期を過ぎても結婚しない場合は、修道院に送られるものだが、自分で言うのも何だがこの3年間は伊達じゃないのだ。
そもそも平民落ちするつもりなのだし、魔術院なら平民の勤人でも受けいれてくれるのだから。
エルトナ家の醜聞になるかもしれないが、父や従兄なら大丈夫だろう。
リヴィアの結婚回避計画は順調に進んでいる。思わぬ横槍も自分の計画を躍進させる糧となってくれた。
一人机に向かってくつくつ笑っていたら、背後から「うわ」という声が聞こえてきた。
慌てて振り向くと小柄な少女が一人。
「大丈夫ですか、リヴィアさん。婚約破棄がやっぱり辛かったんですね。それとも納期ですか。でもすみません。どれも逃したくない顧客なので、ついお金に目が眩んでしまいました……できました?」
リヴィアを心配しているというよりは、しているのはお金の心配だろう。
リヴィアは無言で応接用のテーブルを指し示した。
今向いているのは執務机で、手元にあるのはオルゴール時計という、息抜きの品である。
魔術院での仕事は研究だ。魔道具制作はリヴィアの趣味である。ただこちらの方が実りがいいので、息抜きと称してこの守銭奴の秘書はよく魔道具制作を勧めてくる。
「ノックくらいしなさい」
リヴィアは机に肘をついてこめかみを揉んだ。
「わあ、これはこれは。見てすぐに興味を引く魔道具のデザイン!流石リヴィアさんはセンスがありますね~!いやあ、納期が間に合って良かった本当に!納期が!あ、もちろん品質に間違いはありませんよね?」
ほくほくと魔道具に手を伸ばす少女はシェリル。孤児院出身の平民だが、出納管理が著しく優秀で、リヴィアが所属するウィリス研究室の秘書を務めている。
リヴィアはそんなシェリルに胡乱な視線を向けた。
久しぶりに魔術院に来たリヴィアに、納期納期と騒ぎたてた現金主義の少女でも、会えた時はそれさえ嬉しかったものだが、慣れたらこれか。
リヴィアの作る魔道具は小物────趣向品が多い。
夜寝る時のランプに柄を付け、回転させ子どもや女性を楽しませたり、宝石箱を開けると音楽が流れるようにしたり、朝になると起こしてくれるぬいぐるみや、描いた絵が動き出す落書き帳など……
市販の物に魔力の流れを組み込んだり、素材に拘ってみたりと、自身も楽しんでやっているが、需要もなかなかだ。もちろんこういった物はある程度お金のある者しか依頼をかけてこないし、実用性より娯楽性の方が高いものの、女性人気が高い。
リヴィアは魔術院勤めの変わり者令嬢だが、その辺の事情を知っている人間は表立ってリヴィアを非難しない。
魚心あればというやつか────だからこの間夜会で悪意を向けられたのは、そういえば久しぶりだった気がする。
ふとその後の出来事が脳裏を掠め、慌てて頭を振る。
かれこれひと月は前の話だ。流石にもう平常運転いつもの自分である。リヴィアは口の端を持ち上げ自信に満ちた気持ちで頷いた。
あの後結局叔父から父に話が行き、一か月の謹慎を言い渡された。
思い出し顔を顰め、舌打ちしそうになるのを奥歯を噛みしめやり過ごした。
……はっきり言って、あの初恋こじらせ男のせいである。
何度ハゲろ腹くだせと呪いの言葉を脳内で絶叫したか。
33
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる