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第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく
第34話 出発の日
しおりを挟む晴天の空
一週間の準備を経て、ゼフラーダ辺境伯領へ。リヴィアはアーサー第二皇子の婚約者(仮)として同行する。
────のだが。
リヴィアは思わず据わりそうな目を誤魔化すように固く閉じた。そうしてまた開けてみるのだが、見える景色は変わらない。そう、つまりこれは自分の目がおかしい訳でも、幻覚に惑わされてる訳でも、何かの間違いでも無い。
改めて胡乱な目を向けると、まごう事ない現実が目の前でリヴィアの前に立ちはだかっている。
リヴィアの婚約者であるアーサーには、ライラが腕を絡め寄り添っていた。まるで幸せ新婚夫婦のようだ。
これは一体どういう事なのか────リヴィアは自分の隣にさりげなく立っているアーサーの赤毛の侍従を横目で睨みつけた。
「妹は少し甘やかされて育ったところがありまして」
喋った!
リヴィアは目を丸くする。
赤毛がチラリと視線を向けてくる。
「失礼、説明を求められているのかと思いまして」
「え、ええ……」
何度か顔を合わせているが、そう言えばこの侍従の声を初めて聞いた。
「遅くなりましたが、私はフェリクス・フェルジェス。改めましてよろしくお願いします。リヴィア・エルトナ伯爵令嬢様」
「こちらこそよろしくお願いします、フェルジェス卿」
リヴィアは淑女の礼を取る。
フェリクスはリヴィアをじっと見てから、アーサーへと視線を向けた。
「ライラをイスタヴェン子爵領へ送って行く事になりました」
なんですと?
「まあ……」
口元に手を当てて大仰に驚いてみせる。
────が、心は深深と冷えて来る。
やはりそう……なのだろうか。
以前アーサーに書いた報告書の中に、書くべきかどうか悩んだ事を書いた。
城内にそう言った噂が蔓延るのも、よろしく無いように思ったのだ。レストルを間に挟む案も考えたが、何となく苦手なものから逃げるようで選べなかった。
驚いたのは、手紙をいつものように我が家の侍従に託した後、アーサーは直ぐに魔術院のリヴィアの元を訪れた事だ。
その時ばかりは先触れなんて何の意味も無かった。
混沌と化した執務室でどう片付ければ少しは見栄えが良くなるのかと途方に暮れていたところ、息を切らせたアーサーが乗り込んで来てリヴィアは凍りついた。
ノックの後も先触れも、返事を待って!
固まるリヴィアの肩に手を置いて、必死に何事か口にするアーサーの言葉は殆ど頭に入って来なかった。
きったない部屋を見られ脳は思考を放棄していた。
レストルがリヴィアを起こすまで機能停止に陥っていた。
「ライラとは今更何も無い。今皇城に通う姿が良く見られているらしいが、私とは……会っていない。妙な噂は私の方で対処するから、君は何も気にしないで欲しい」
「……わたくしは、引き続きアーサー殿下に愛される幸せな婚約者を演じればよろしいんですね?」
アーサーは一瞬虚をつかれたような顔をしたが、破顔して頷いた。
「ああ、君と私は相思相愛だ」
「わかりました」
リヴィアも薄らと口元に笑みを刷いて頷く。
見つめ合う二人をレストルが何とも言えない顔で見守っていた。
◇ ◇ ◇
「そうですか。久しぶりにお会いした幼なじみですもの。つもる話もありましょう」
貼り付けた笑顔で淡々と話すリヴィアにフェリクスは微かに目を見開いた。
「別に皇城で会っていましたし……そもそも今更話す事などないでしょう」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
以前アーサーから聞いた話と食い違っている。
リヴィアは内心の動揺を隠すように口元の笑みを深めた。
流石にこの淑女の仮面という、嘘吐き顔を作り慣れて来た。
「もしかして馬車を分けた方がよろしいのかしら?」
この場で一番良い婚約者の対応と言えばこれくらいしか思いつかない。余裕のある態度。どうだ!
「……婚約者と同乗せず、既婚とはいえ他所の女性と密室で二人にはできませんよ」
一刀両断されました。
「別にフェルジェス卿がご一緒したら宜しいではありませんか?妹御なのですから」
フェリクスは顔を歪めた。
「あなたは自分が嫌だと思う事を他人に勧めるのですか?」
リヴィアはむっと口を尖らせた。
「……それがあなたのお仕事では、と思っただけなのですが?」
「それを言うならあなたの仕事は殿下と懇意になさる事ですよ。既婚女性に遠慮して遠ざかる算段などしている場合じゃないでしょう」
フェリクスはふうと息を吐く。
……ため息吐かれたよ。
「ライラは魔力持ちですから」
フェリクスは続ける。
「ゼフラーダの結界陣の異変に関する調査協力は表向き彼女がします。本来なら魔術師長が行うべきですが、何分視察の件は内密に行いたいものですから」
成る程とリヴィアはポカンと納得する。そしてじわじわと胸に広がるこれは羞恥……だろうか。二人を変に勘ぐってしまった。ライラは既婚者なのに。思わず重ねた指先に力を込めて胸に広がる何かをやり過ごす。でも……
表向き?
では実際の調査は誰がやるのだろう。
リヴィアが不思議に思っていると、フェリクスが言葉を続けた。
「ただ、幼なじみで仲が良いという理由で送るのですよ。他意はありません。兄である俺もいますし。……それにしても……嫉妬深いですね。知りませんでしたよ」
フェリクスは再びため息を吐いたが、今度はその口元が何故か綻んでいた。すいと指を差す動作に釣られ視線を送ると、何故か険を含んだアーサーの眼差しとぶつかり、フェリクスの言葉を吟味する余裕はリヴィアには無かった。
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