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第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく

第35話 魔術が嫌い

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 アーサーと第一皇子アスランは12歳離れていた。

 予備と言えば「待望の」ともなるのだが、いかんせん年が離れ過ぎていたし、アスランが健康体で皇帝の資質にも問題なく育っていたことから、周囲からは今更と思われて産まれてきた子どもだった。

 でも両親である皇帝夫妻もアスランも、アーサーの誕生を喜んでくれたし、アーサーには皇族の大事な役目が与えられた。

 とは言え周りの口さがない者たちの言葉は皇城にいれば自然と耳に入った。

 今更な、余計な皇子様。

 皇族一人に掛ける経費は決して安くは無い。
 兄が優秀なものだから、期待もされておらず、物心ついた時から臣下に軽んじられていると感じていた。

 自分は第二皇子だ。公には皇太子のスペア。とうに成人も立太子も終えた健康体の兄が急に身を持ち崩すなんて考えられないし、近隣諸国との関係も良好だ。

 外交では、数年前に姉が他国にしていて、国外の政略結婚を考えても、年齢の釣り合う相手がいなかった。
 せめて皇女だったら良かったのに、と言われた事もある。

 そして兄夫妻の第一子が男児だった事で、自分の役目の一つは終えた。

 皇族の一人として国に養われ、ただお荷物扱いされるのは嫌だと思った。

 軍属になる。

 兄は外交と内政を。自分は軍務を治めたいと考えた。

 これはアーサーに与えられた皇族の役目の影響だった。

 皇族の役目────魔術陣の管理。

 魔術院では無く、代々の皇族で皇帝以外の男系の者が継ぐ魔術陣。

 その為、アーサーは魔術が嫌いだった。
 毎日のように熱を出し、泣いて吐いてを繰り返したからだ。
 だから身体を鍛えるしか無かった。

 そして近衛と共に身体を鍛える日々で、アーサーは魔術の無い世界を夢見るようになった。

 魔術の素養を持たない者に後天的にそれを保持させ、後継させていく皇族だけが継承していく魔術陣。秘儀と言われる禁呪だとアーサーは思っていた。

 その特殊な陣の中には、古代の魔術の記憶が残されており、有事の際には解放し国を守る。
 
 ただしるしとして継承されていくそれ。
 そんな不確かな物では無く、確固たる力が必要なのではなかろうか。

 そんな考えを抱いたのは、まだ10歳の頃だった。

 ◇ ◇ ◇

 14歳の時、兄に自分の意見を申し入れ、直ぐ様了承された。
 騎士を選ばなかったのは、彼らの多くは貴族出身であったからだ。彼らを束ねるのは次期皇帝であるアスランの役目だろう。

 自分はまた違う角度から国を見るべきた。勿論軍本部を全て自分の手中に収めようとすれば、反乱の意ありと見られてもおかしくない。だからこそ兄が立太子するまで一介の軍人であるべきだと、一兵卒から走り出す事に決めた。

 15歳から入隊して下働きを始めた頃、アーサーの評判は悪かった。

 皇族の異端児、軍人皇子。

 何も間違っていないその言葉からは悪意が透けて見えた。
 家族も醜聞を付き合わせる事になってしまうとアーサーは落ち込んだが、それでも自分でやるべき事だと決意は揺るがなかった。

 髪を短く切ることも、砂埃に塗れて演習を行う事も、社交界では笑われている事を知っても、全て甘んじて受け止めた。
 それでも軍ではなかなか認められない。
 皇室でぬくぬくと育った第二皇子に何が出来るのかと当然のごとく非難を受けた。

 身分を隠して入り込んでしまえば軋轢あつれきも少なく済んだだろうが、信頼が欲しくて入隊したのに、最初から騙しているようで嫌で出来なかった。
 ほぼ平民で構成された軍という巨大組織。幹部や要職には貴族を据えるが、ほぼお飾りの彼ら。
 いざという時は全く動けず役に立たない。

 まるで自分が背負う魔術のようだ。

 アーサーは鼻白んだ。

 ほぼ何の役にも立たないのに、有難がられて受け継ぐこの魔術陣。それがこの身を焼くたびに嫌悪感が増して来る。
 
 必要だろうかこんな事。続けていく意味はあるのだろうか。
 また、このままでいいのか。この国は……

 この国の在り方を変えたい。

 それは魔術を支持するこの国の根幹を否定する事にも繋がるのかもしれない。
 けれど、兄のアスランはやってみろと弟の背中を押してくれた。
 今自分に出来る事に全力で挑み次代に繋げたい。
 軍を変える事はアーサーが掴み取りたい未来の第一歩だった。

 そうして入隊し、今年で七年になる。
 五年目からは公務と並行して携わる必要があった為、現場第一とは行かないが、それでもあの頃勝ち得た信頼は何にも得難い宝となった。

 そんな風に過ごしていたものだから、ただの皇族より泥臭くなってしまったかもしれない。だからなのか、社交界の|外巧内嫉(がいこうないしつ》には辟易してしまっていた。

 これも仕事だ皇族の義務だと思っていたが、人の悪意はやはり気分のいいものではない。そして自分の前で他者を貶める者は大抵秋波を送ってくる。

 必要な社交以外は面倒になった事は言わずともがな。自然とそこから足が遠ざかった。

 しかし自分の目が届かない事を良い事に、ライラを害する輩がいる事は監視から聞いて知っていた。
 忌々しい限りだが、何件か見過ごせないものは実家に苦言を呈しておいた。

 こちらが何もしなければ相手をつけ上がらせるだけだ。
 かと言ってライラも黙って泣き寝入りしているだけでは無いようで、いくらかは本人に任せる事にした。

 どちらかと言うと庇護欲をそそられるライラの容姿からは想像もつかないが、彼女も強くなろうとしてくれといるのかと嬉しく思った。

 とは言えあとは皇太子妃の次の赤子が男児か、自分の子どもに男児が産まれるかで、また一つ役目が終わる。

 自分は臣下に降るのみ。皇族の義務は果たしていると、未来に思い描く絵図に満足していた時、ライラが婚約をすると聞いた。

 最初はなんの冗談かと意味がわからなかった。
 
 その日は兄主催の夜会に招かれ皇城にいた。
 その朝にライラの兄フェリクスから話を聞いたのだ。今日デイビッドとライラが婚約を発表すると。

 
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