54 / 110
第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく
第54話 話の通じない人
しおりを挟む結局アーサーは食事は部屋で取ると話をつけた。
歓迎を蔑ろにするのではと、それでいいのかとは思ったが、こっそりと感謝した。
正直リヴィアも疲れていたので食欲はあまり無い。だが何かお腹に入れた方が寝つきやすいかと、スープだけ頼んで与えられた部屋に籠る事にした。
「疲れたわ」
令嬢らしからぬベッドダイブを決め、リヴィアはシーツに頬擦りした。もうこのまま眠ってしまおうか……
「リヴィアさん、私も疲れたけど仕事だから荷ほどきやってるんですよ。リヴィアさんもあともう少しだけシャキッとして下さい。消灯後に目に余るような寝相でいても誰も文句を言いませんから」
「……そりゃあそうでしょうよ」
リヴィアは半眼でシェリルを見てぼそりと返事をした。自分の寝相など気にした事も無いが、研究室で取る仮眠で何かしら失態を冒していたのだろうか。どことなく心配になってリヴィアはシェリルを伺いみた。
「せめてお食事を済ませてから超怠惰生活を送って下さいませ」
荷物整理の鬼と化したシェリルの様子にこれ以上絡む元気も無く、リヴィアは夕飯は冷めても良いので置いておくように頼み、先にお湯を使わせてもらう事にした。
◇ ◇ ◇
「むふぅ……」
謎の擬音を口にして、手足を伸ばしバスタブの中で寛ぐ。
流石は辺境伯家のバスルーム。客間の個室にも手を抜いていない。実に良い仕事をしているものだ。
白基調の可愛らしい小部屋を眺めながら、うんうんと一人頷き夫人の様子を思い出す。
「綺麗な人だったな……」
お父さまは美人好きなのね。
ふとバスルームに置いてある鏡を見る。中を覗き込む勇気は無いが、そこにいるのは美人ではない。でも目がお母さまに似ているらしい。お母さまの目は水色だったのか。
思えば家には家族の肖像画は一枚も無い。大きいものも小さいものも。……水色を思わせるのは、庭の花壇にあったサナの花くらいだった……。
ふとアーサーと手を繋いで歩いた事を思い出し、赤くなる顔をバスタブに沈めた。
魔術院に入ってからリヴィアは母について知った。
彼女は稀代の魔道士と呼ばれ、ウィリスと肩を並べる優秀な研究者だったらしい。
ウィリスが現代に多くの魔道具を供給できたのも、彼女が歴史を紐解き、古代の魔術の謳い手となったからだと。
リヴィアはふと口元に笑みを浮かべた。母はリヴィアの誇りだった。同じく魔術院に入ったのは偶然だったが、自分の母の功績を聞いた時、何より誇りに思ったし、だから彼女の名に恥じぬよう努力を続けたのだ。
尤も父は母の話なんて何もしてくれなかったが……。口元に浮かべた笑みを、今度は自嘲の形に歪める。
母を蔑ろにした理由を作った女性だと、もっと嫌悪するかと思っていた。
自分の情が薄いのか、母がもうこの世に無く、思い出と呼べる物が何も無いまま育ったからか、父に関心がないからか……理由は良くわからない。
リヴィアは目を閉じた。今はただアーサーの任務の邪魔をしないよう振る舞うだけだ。そっと誓いを立て、リヴィアはざばりと音を立ててバスタブから立ち上がった。
◇ ◇ ◇
夕飯を済ませていないからという理由で、夜着ではなく部屋着にしておいて良かった。二間ある客間の居室で寛ぐ客人の横にシェリルが強張った顔で控えている。
欠伸を噛み殺しながらも佇んでいるセドを見るに、シェリルに呼びつけられたのか。いずれにしても感謝するべきだろう。リヴィアは淑女の笑みを顔に貼り付けた。
「こんばんは。ゼフラーダ卿。このたびはどのようなご用件で?」
ゆったりとソファに腰掛けるイリスにリヴィアは何の感情も灯らない目を向けた。
「あなたと僕は婚約者同士なのでしょう?婚約者の来訪を喜ばない男なんてこの世におりませんよ」
綺麗な笑みでリヴィアの手を掬い取ろうとするも、リヴィアはすっと後ずさった。横でシェリルが威嚇する猫のように歯を剥いているのが見える。
リヴィアはイリスに視線を戻し、強い意思を持って口を開いた。
「わたくしの婚約者はアーサー殿下です。そもそもゼフラーダ卿のご希望により破棄された婚約。思い出して頂けたのなら、お戻り頂けませんか?」
リヴィアはすいっと扉を指差した。
取り繕っているつもりらしいが、彼は笑顔を貼り付けているが、目が笑っていない。
手紙に書いてあった通り、彼にとってははリヴィアは淑女らしからぬ女性であり、貴族女性としての価値などないのだろう。だがそう跳ねつけるとイリスは驚いたように首を傾げた。
「僕が気に入らない?」
「は?」
「あの報告書は間違っているようだな。目も悪いみたいじゃないか」
「……」
ナルシストがいる。
何やらぶつぶつ呟くイリスにリヴィアは胡乱な目を向けた。
イリスは優男風の美形だ。色白の肌に細く長い指先。輝く金色の髪は肩より少し長く緩く癖がついていて、自分の瞳の色である若葉色のリボンで結んでいる。
優美な風貌は母親似なのだろう。────が、辺境伯とは国境の要を預かる人物である筈。
何というか……頼りない……。
いや、しかし人は見た目で判断するべきじゃないし、見た通りとも限らないけれど。
「ゼフラーダ卿」
声を掛けると何やら考え込んでいたイリスが顔を上げる。なんだいと細める目は相変わらず笑っていないようだ。リヴィアもまた口元だけ笑みを作りイリスを見る。
「お帰りいただけます?」
「何故だいリヴィア」
何やら勝手に呼び捨てにされた。だがリヴィアが不快に思う以上に、イリスの顔が訝しげなのには納得がいかない。
「僕たちは間違えてしまっただけだ。ねえ、僕が君のものになるんだよ。」
すかさず詰め寄り、先程逃したリヴィアの手を取り握りしめる。ぎょっと身を竦める間にイリスは芝居がかった仕草でリヴィアの目を覗きこむ。
「まず僕たちには埋められなかった時間を取り戻すべく、多くの語らいが必要だと思うんだ。それに」
取り戻したいのは自分の手だ。リヴィアは抗議の声ををあげたかったが、続くイリスの言葉に思わず顔を向けてしまう。
「アーサー殿下は未だにライラ嬢を連れ歩いているようじゃないか」
「……」
自分はどんな顔をしたのだろう。ただイリスの瞳が満足そうに細まるのが、その問いの答えを物語っているように思えた。
黙り込むリヴィアにイリスは満足そうに口角を上げる。
「仕方の無い事だ。ひき……箱入りの君には理解出来ないかもしれないけれど、上流階級の人間ほど心休まる愛人は必要なんだ」
今引き篭もりって言おうとした……というか、どの目線で言っている話なのか。
胸の奥にたまる不快感に耐えるように、リヴィアは奥歯を噛み締めた。
24
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる