【完結】婚約破棄令嬢の失恋考察記 〜労働に生きようと思っていたのに恋をしてしまいました。その相手が彼なんて、我ながらどうかと思うけど〜

藍生蕗

文字の大きさ
55 / 110
第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく

第55話 ゲス

しおりを挟む


 自分に恋人がいるのは当然だという事か。それともアーサーには愛人が必要で、それはお前では役が足りないからだと言う事だろうか。

 考えれば胸に重くのしかかる。……事実だからだ。

 例えばもし自分が貴族令嬢として誰かと結婚したなら、相手は必ず愛人を作るだろうと思う。
 リヴィアは母のような結婚をしたく無かった。でもそれでも抗えきれずに自分が婚姻を結んだとしても、きっと待っているのは貴族女性の悩みの一つの夫の浮気だろう。

 浮気というのもそもそも間違っているのかもしれない。だって契約結婚に愛情などないのだから。そしてそんな考えをあっさりと受け入れてしまえる程、リヴィアは女性として自分に自信がない。

 それは自ら放棄してきたものも含めた、生まれから持ち合わせなかった「かわいい」というもの。

 けれどリヴィアには魔術があった。
 大事にしてくれる親戚も大好きな子どもたちもいる。
 だから自分自身に悲嘆した事は無い。たまに落ち込むくらいで。

 自分の思考に塞ぎ込むリヴィアを見透かすようにイリスはリヴィアを覗き込んだ。

「勘違いしないで欲しい。僕が言いたいのは、君が似合うのはあくまで正妻という立場だという事。君には夫だけが唯一触れられる男と歓喜させる魅力があるのだから」

「……」

 この男は一体何を言い出すのだろう。人の心に拳を打ちつけておきながら、とってつけたような都合の良い解釈を展開し、リヴィアを懐柔しようとでもいうのだろうか。

 リヴィアは嫌悪にイリスを睨みつけるも、当のイリスは気にもせず、今度はリヴィアの身体をじろじろと眺め回している。

「実は女性の体型は年齢と共に大きく崩れると聞いてしまってから、どうにも豊満な身体に気遅れしてしまってね。妻となるなら長く隣にいて貰わなければならない。多少物足りなくはあるが、妻に望めないものはひと時の愛で消化する事にするよ。ねえリヴィア、僕と結婚してくれるでしょう?」

「……」

 なんだこれは。まさか噂に聞くプロポーズと言うものなのだろうか。従姉のサララが婚約と同時にプロポーズされた時、それはそれは嬉しそうに語ったものだ。

 人生で一番幸せを感じた瞬間だったと。世界がキラキラ輝いて見えたと。あとはもう死んでもいいとかなんとか言っていたが、リヴィアはもう死にたいとしか思えなかった。

 いや何故自分が死ななきゃならんのだ。お前が死ね、か。
 思わず表情を無くした顔を壁際に向けると、盛大に吹き出した後のセドと、怒りを露わにしたシェリルが見える。

 ……どうやら自分の感覚は間違っていないらしい。

 リヴィアは一つ息を吐き、未だしっかりと握られているイリスの手をばしりとはたき落とした。

「言いたい事はそれだけですか」

 打たれた手をもう片方の手で庇い、イリスは一瞬呆然としたが、リヴィアが父譲りの冷たい眼差しで睨みつけるとビクリと肩を跳ねさせた。

「わたくしはアーサー殿下の婚約者ですと何度も言っております。そしてそれはあなたがアンジェラ様と永遠の愛とやらを全うするが為、成された婚約破棄に起因しているのですよ。あなたの発言は無礼で不遜で非常に不愉快ですわ」

 そもそもイリスはリヴィアを見ていない。自分に都合のつきそうな女だと思っているだけだ。随分安く見られたものだが。
 叱られた子どものようなイリスにリヴィアは冷たく言い放つ。

「一度自分で解いた糸をまた勝手な理由で結び直すと?その話に巻き込む彼は、皇族なのですよ?」

「そんな……なんて品のない事を……」

 イリスは顔を歪めた。その目には蔑みが混じっている。

「ああ、君は上辺だけの小うるさい女性だったんだね。美しく清廉に見えたのに……男に逆らうなんて、なんて小賢しいっ。……見かけで僕をたぶらかそうなんて!」

 ブルブルと震えだし、信じられないものを見るような目で喚き出すイリスにリヴィアは困惑した。え、何この人怖い。

「お前のような女を愛する訳ないだろう!小うるさく可愛げもないお前なんて!殿下だってこんな田舎についてくるような簡単な女だから多少使ってやってるだけに違いない!お前みたいに捧げる身体も貧相な上に心根も────」

 とりあえず言い切ったところで蹴りを入れてやろうと目を据わらせると、自分のものではないそれが視界の端から伸びて来て、イリスの身体を横に飛ばした。
 彼はそのままゴロゴロと転がっていく。

 ぎょっとして足が伸びて来た方を見ると、一人の青年が佇んでいた。ドアの取手はセドが掴んでいる事から、彼が入室を許可したようだ。シェリルは何故か花瓶を両手で掴んで難しい顔をしている。
 とりあえず視線で勝手を咎めると、セドは慇懃に頭を下げた。

「申し訳ない」

 目を向けると青年はしっかりと頭を下げた。

「何についての謝罪でしょう」

 リヴィアはあくまで冷静に答える。イリスの言葉はよくリヴィアが言われる中傷だ。非礼には変わらないが、今更気にはならない。リヴィアの様子に青年は膝を折り頭を垂れた。

「全てに。こんな時間に未婚女性の部屋に押しかける無神経さに。女性を侮蔑する発言に。何よりあなたに対する多くの不適切な言動に」

「……謝罪を受け取りますわ。どうぞお立ち下さい」

 リヴィアは軽く息を吐いて起立するよう促した。

「一つ目の非礼にはあなたも当てはまりますわね。さっさとそこのゲスを連れて出て行って頂けます?」

「ゲスですか。確かに」

 ふはっと息を吐くように軽く笑い、青年はイリスの足を掴んで引きずりだした。伸びているイリスはされるがままだ。

「ハゲそうね……」

 明日のイリスの後頭部が多少気になるところだが。
 若干口元が引きつるも、まあいいかと思考を投げた。

 それより遠慮なくゼフラーダの嫡男を引きずり、わざと頭を家具やら壁やらにぶつけて歩くこの男は何者なのやら。

 がっしりと逞しい背中を見送りながら思案していると、唐突に振り向いた紅い瞳と目が合い、無遠慮に眺めていたリヴィアは思わず肩を跳ねさせる。その様子に目を細め青年は口を開いた。

「今はこれで、また……」

 思わずしかめ面になったのは背中に妙な悪寒が走ったからだ。出来れば会いたくは無いような気がするが、屋敷の中を自由に歩き回れるような立場の人間なら、そうはならないだろう。

 珍しい紅の瞳が頭を過り、リヴィアは閉まる扉から目を背けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃

ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。 王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。 だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。 ――それでも彼女は、声を荒らげない。 問いただすのはただ一つ。 「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」 制度、資格、責任。 恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。 やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。 衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。 そして彼の隣には、常に彼女が立つ。 派手な革命も、劇的な勝利もない。 あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。 遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、 声なき拍手を聞き取る。 これは―― 嵐を起こさなかった王と、 その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...