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余話
おまけ 優しい人 下
しおりを挟む帰宅途中の回廊で、令嬢の集団に会った。
「まあ、フェルジェス卿!」
嬉々として寄ってくる彼女たちの心情が知れない。
面白い話など何も出来ず、取り柄は家柄と皇族の乳兄弟だけだと揶揄されている事は知っている。それでもその二つが欲しい彼女たちは、自分の本心を偽りフェリクスに擦り寄って来る。そんな将来の侯爵夫人になりたい者たちの筆頭が突撃して来た。
「何か?」
「まあ、そんな。愛想の無い事をおっしゃらないで」
こちらは特に用も無いので、口に出来るのはそれ位だ。
「それより聞きましたわ、ウィリス子爵がまた新たな快挙をなさったとか。羨ましいわあ、あんな素敵な叔父様がいて。我が家も今後産まれ持つ魔術の素養を磨いていく方針が決まりまして。もしよろしければ……」
「本人に言ってください」
話が長いので途中で止めさせて貰う。
遮られた令嬢は目を丸くして固まっている。
「その方が喜ぶと思いますよ」
「あ、いえ……私が言いたいのは、そう言う事では無くてですね。つまりフェルジェス卿も……」
「そうですわ! フェルジェス卿もお詳しいでしょうから、是非魔術の手解きを!」
「そうそう、皇族も推進なさっているとは言え、魔術に明るい方ってなかなかいなくて。お願い出来ませんか?」
何とか取り繕う令嬢たちは必死だ。
ねえ、と頷き合う令嬢たちを相手にフェリクスは静かに嘆息した。
「俺には魔術の素養はありませんので無理です」
ビシリと令嬢たちが固まる。
先程の主のようだ。
所詮彼女たちには、フェリクスにくっついてくる肩書きしか見えていないのだ。
「お役に立てそうも無いので、これで失礼します」
そう言ってさっさと歩を進めた。
◇ ◇ ◇
屋敷に帰れば父が、げんなりとした顔で出迎えに出てきた。嫌な予感しかしない。
執事にコートを渡しながら父の様子を伺う。
「フェリクス、お前あの令嬢に一体何を言ったんだ」
「どの令嬢です?」
「とぼけるな! 先日の見合い相手のエリアーナ嬢だ! アイナダ伯爵家の!」
正直最近見合いづくしなので、どれの事を言っているのか検討がつかない。
「お前の物言いに傷ついて、部屋に引きこもってると苦情が来たんだぞ!」
フェリクスは首を傾げた。
「伯爵家からですか?」
意外に思う。我が家は侯爵家だ。
「アイナダ伯爵は家族思いの良い方だからな」
「……」
自分に対する当て擦りだろうか。
「別に。頭に結んだ、でかいリボンは|蟹(かに)ですか? と聞いただけですよ。あとは、赤いリボンに原色の紫のドレスは色彩が奇抜過ぎて、一緒に歩くと目が潰れそうだど言いました。ついでに首飾りが黒だったので、随分大きなホクロがあると勘違いしたと……」
「もういい! 分かった! もうやめてくれー!」
叫び父は頽れた。
「旦那様! お気を確かに!!」
執事や女中頭がよってたかって慰めている。まるで俺が父をいじめているみたいじゃないか。聞かれた事に答えただけなのに。
「何故こんな、人の心を鑑みない子に育ったんだ」
項垂れる父に、いくつかある心当たりを伝えたら、失神してしまうような気がする。
何かを察した執事が、絶対に口を開くなと睨みを効かせてきた。言わないが、別に。
「一体これで、何件目の見合いが……フェルジェス家が途絶えてしまう! ああ! 我が家の救いの女神はどこだー!」
玄関先で喚く父を放っておき、フェリクスは自室へ向かった。
結婚も子作りも一人では出来ない。
もう誰でもいいとも思うものの、元々乗り気で無いものを、更に悪化させるだけのような気がする。
自分の事なのに、隣に並ぶ伴侶に望むものがさっぱり分からなかった。
◇ ◇ ◇
翌日の登城で令嬢が待ち構えていた。
誰だったかと思ったが、昨日自室まで突撃してきた父に散々絡まれた為、記憶に新しい人物だったと思い出した。
「どうも」
一つ頭を下げて通り過ぎようとすれば、小さく声を掛けられた。
「フ、フェルジェス卿。その、少しだけお時間を頂けませんでしょうか……」
父を避ける為、朝早くに出てきたので余裕があった。
「ええ、構いませんよ」
謝るか。フェリクスは嘆息した。
人通りのある、回廊を抜け、まだ朝露が瑞々しく葉を滑る庭園にやってきた。
「あ、いえ。ここで。それ程長い話ではありませんので……」
「分かりました」
前を歩いていたフェリクスは、そのままクルリと反転し、エリアーナと対面した。そわそわと落ち着かない様子で、彼女はまず深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「は?」
その様にフェリクスは面食らう。
「ご指摘頂き、ありがとうございました……それに……」
エリアーナは、すっと顔を上げ、微笑んだ。
「フェルジェス卿の言葉を聞けて、私、強くなれたような気がします」
「……」
────君は何故そんな自分に似合わない物ばかり身につけて、自分をごまかすんだ。別に好んでそうしている訳じゃないんだろう?
────わ、私は……
────侯爵夫人になるなら、強い女性でなければならない。君では無理だ。道化を演じ自分の弱さを隠すのはべつに構わないが、君の|欺瞞(ぎまん)に付き合わされる者全てが、君に不誠実だと思い混んでいる時点で、君こそ彼らに不誠実だと自覚した方がいい。
……それにこのままでは彼女たちも、変に勘違いして、つけあがる一方だろう。君が何を望んでいるのか知らないが、つまらない見世物として飼われる事が生き甲斐ならば止めないが────
嫌だと思っているなら、さっさとやめた方がいい。
────あ、あなたに何が分かるんです! 私は、私はこうして笑われていないと、誰からも相手になんかされなくて! だから……!
────だから、そんな事をしなくても共にいられる。その相手を探しているんだろう? なのに自分を偽るなんて、何の意味も無い。
────っ。
────失礼する。
「両親も、私の様子を心配しましたが、私はこうしているのが好きだと言い聞かせて……でも、本当はこんな自分嫌で……」
そう言ってエリアーナは、泣き顔を食いしばり笑ってみせた。
「変わりたいって、強くなりたいって思ったんです」
「……」
「今はまだ、生意気だなんて言われていますが……いつかきっと本当の自分で、分かり合える人と巡り会えたらいいなって思っています。だからきっかけを与えて下さったフェルジェス卿に、感謝を」
そう言ってエリアーナはにっこりと笑った。
「エリアーナ嬢、今日のドレスは君にとても似合っている」
その言葉にエリアーナは目を丸くした。
比較的簡素なものではあるが、淡い黄色の上品な形のそれ。
「君の銀髪にはどんな色でも似合うと思うけれど、その色を選んだ事は、俺に対する意思表示だろうか?」
今度は首を捻るものの、フェリクスが言わんとする事に、はたと気がついたようで、エリアーナは首まで真っ赤に染まった。
「いえ、全然違います! すみません、そんな押し付けがましい物では無く……ただ、今日あなたに、会うと……あれ?」
うろうろと彷徨わせ困惑するエリアーナに、フェリクスは首を振った。
「いえ……すみません。困らせるつもりはありませんでした」
「あ、いえ! こちらこそお引き留めして申し訳ありませんでした! し、失礼します」
わたわたと立ち去る背中を見送り、フェリクスは思った。
父にエリアーナ嬢ともう一度見合いをさせて欲しいと頼もう。
自分が断じた、フェルジェス家は女運が無いと言う宿命。
だけどもしかしたら────
将来自分の伴侶となる女性が、慈しみ支え合える人であって欲しいと願う。
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