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7. 追分

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 セラは檻に入れられ、物のように運ばれた。
 帰れと言われた。
 あの貴族はまだ自分を探していたのだろうか。

 或いは邪魔な自分をこちらの貴族が向こうの貴族に、恩という名ののしをつけて送りつけたか。

「レイ……」

 一緒にいたい。
 レイがそれを許してくれたから。
 レイと生きる事は幸せで、きっともうそれ以外にセラの生きる場所は無いから。

 馬車が止まり、檻に掛けられた布が剥ぎ取られる。
 飛び込んで来た刺すような光にセラは目を眇めた。
 けれど、その先にいる人物に目を留め、セラは目を瞬かせた。

「レイ!」

 思わず檻に飛びついて、少しでもレイの近くに行こうともがく。
 レイの顔を覗き込む。
 けれど、レイの表情は変わらなかった。

「レイ?」

 不安に声が掠れる。
 目を細めて笑うあの顔が見たい。
 また頭を撫でて欲しい。
 セラはレイを必死に見つめた。

「ふふ、やはり仏魔が効いたのかしら。ねえ、もうこの娘に何も感じないのでしょう?」

 楽しそうに笑う声に振り向けば、レイの婚約者が笑っていた。

「ええ……」

 その声にセラは勢いよく振り向いた。
 そのまま目を合わせたレイの瞳には、何も無くて……
 いつもセラが感じていた温かさはどこにも見当たらなかった。

「どうして……」

「どうしてですって?」

 セラの言葉に、リザリアが怒りと笑いをないまぜにしたような声を出した。

「偉い聖職者に頼んだからよ! 魔に魅入られた彼を助けて貰う為に! 彼は正しく目覚めたの。もうあなたなんかに目を向ける事はないわ!」

 そう言って、リザリアはレイの腕に自らのものを絡ませて、勝ち誇ったように笑った。

「もういいから連れて行って頂戴。変に勘違いされても困るから最後に挨拶だけさせてあげたけど、もうあなたとレイが会う事は無いわ。永遠に」

 ぴしゃりと言い放ち、二人は連れ立って去っていった。

 セラは呆然とした。
 自分は気づかないうちに魔族としてレイを洗脳していたのだろうか……

 (だったらあの……)

 昨日レイが言ってくれた言葉は……
 セラの少ない魔力が見せた幻。

 セラは笑った。

 結局自分は魔族だったのだ。
 しかも好いた相手を都合良く自分に傾倒させるような、つまらない魔力の使い方をする。

 残ったのは、セラの恋慕のみ。
 レイには何も残らなかった。


 ◇


 船に乗り、数ヶ月前にレイと歩いた道を馬車で進む。
 悪路だが、近いのだろうか。
 ガタガタと揺れる馬車にお尻が痛くなり、そろそろ限界を感じていた頃、降りるように指示された。

 護送の兵士たちは、いつか見たセラを取り囲んだ聖職者たちと同じ目をしていた。

『好きにしていいわ。でも最後は馬車ごと崖から落としてしまいなさい』

「綺麗な女だなあ。婿養子の立場だろうと手を出したくなるのも良く分かる。お嬢様が嫉妬するのもな」

 いやらしい笑みで近づいてくる男達を見て、セラは────
 彼らを殺した。
 触れられたくなかった。
 それでもレイ以外には。

 彼らの返り血に涙が伝い、セラは気がついた。
 
 (魔力が上がっている)

 セラは自嘲気味に口元を歪めた。
 こんな方法だったのか。
 人を害す。それが魔族が魔族たる証を手取り早く手に入れる方法。

 そしてそれはセラを人から────レイから遠ざけた。
 レイはもうセラに背を向けている。
 そして今セラはレイに背を向けたのだ。
 
 もう二人の道が交わる事は無い。
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