【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

文字の大きさ
3 / 39

03.

しおりを挟む
「リエラ! どういう事だ!」
「──はい? お兄様のせいでございましょう?」
 王宮勤めのお兄は、帰るなりリエラの部屋に乗り込んで憤怒している。
 したかしないか分からないようなノックの後、直ぐ部屋に飛び込んで来た為、ソファで腹ばいで寝転んでいた姿を直す暇もなかった。
 その様子に一瞬気を逸らしたので、違う雷が落ちるかもという希望が頭を掠めたが、ブレずに本題に進んでしまったのを残念に思う。

 そして兄が怒りを露わにする醜聞。……それは、
「平民女に婚約者を取られたとはどういう事だ!?」
 というものだった。

 ──いや、婚約していませんから。

 と、聞いた瞬間リエラは呆けてしまった。
 はっと意識を取り戻した後に教えてくれた友人たちに真実を話してきたけれど……
 ゆっくりと身を起こし、兄──レイモンドに付き合う為に座り直す。
(……私に友好的な彼女たちは噂を否定してくれるでしょう)

 とは言え、自分の方がムカついているというのに、何故兄に怒鳴られなければならないのだろうと、こめかみに青筋が浮かびそうである。

「あの席は第三王子殿下の計らいで用意された場なんだぞ!」

 ……だから。
(だからなんですよ、お兄様!)
 リエラは、はぁと溜息を吐いた。

「……お兄様、あの席はロイヤルシートでした」
「だ、だから何だ。王子殿下のご厚意で……」
 リエラの怒りを感じ取ったらしいレイモンドが、僅かに気勢を削がれた。

「王家御用達の、貴族も利用するレストランの、皆が注目する席でしたのよ?」
 あの目立つ席で騒ぎ立てれば、そりゃあ醜聞もあっと言う間に広がるというものだ。

「な、何だとっ」
「ご存知で無かったのですか? あの店のロイヤルシートは王族の姿を非公式で拝める場所としても人気ですのに」
 そう、お見合いの席は中二階の高さにある、とても目立つ場所だったのだ。当然他の席より一段も二段も高い。
「……というか、そんな我が家の醜聞に第三王子殿下を巻き込んでしまった事はきちんと謝ってらしたのかしら?」
「そ、それは……」

 ──兄は目に見えて焦っている。

 セドリー伯爵は王族の名前で縛って、絶対に息子を貴族女性と婚約させようとしてたんだろう。確かにあの男が平民を妻にすればセドリー家の未来は良くて没落、悪くてお取り潰しだ。

 そんな親の心子知らずである。
 あの馬鹿息子は父親の放った難球を打ち返し、あろう事か王族に怪我をさせてしまった。

 ……という訳で、「第三王子殿下の為にお願い!」というリエラのを友人たちは張り切って叶えてくれているところである。上手くいけば殿下に名前を覚えて貰える。ついでにリエラの名誉も回復してくれる筈だ。友達なので。



「──その話は明日王城でするつもりだよ」
「あら、お父様」

 リエラは顔を綻ばせた。
 腹ばいを止めておいて良かったと思う。大好きな父に眉を顰められるのは流石に悲しい。

 既に開いていたドアを軽く叩き、父──アロット伯爵はリエラに優しく微笑んだ。リエラもにこにこと笑顔を返す。それから父は兄に困った顔で向き直った。

「レイモンド、もう少し相手を選びなさい」
 そう言われ、兄の動揺は増した。
(ふ、ざまあみなさい。お兄様って容姿はお父様に似て素敵なのに中身はイマイチなのよね)

 兄は眩い金髪に深い青の瞳で、羨ましいくらい父と母のいいところ取りの容姿なのだ。
 父の整った容姿に母の美しい色彩。リエラは父親似全開で、顔立ちは祖母に似て色彩は父と同じである。
 父親が大好きなのであまり悲観した事はないのだが、羨ましく思わない事はない。

(まあ、でも人間中身よね。そうなのよ……)

 レイモンドに余計なお世話だと叱られそうなので口にした事は無いけれど。リエラは内心で溜息を吐いた。

「しかし、殿下の名を出されては……」
「そうだとしても相手の素性を調べはするものだし、あちらが王族という訳ではないのだから、断る事も出来ただろう」

 ……どうやら父にはお断り案件だったようだ。王家の名を出されては無理かと思っていたけど、やっぱり流石は我がお父様である。
 私のお父様、素敵とニコニコしていたら、父がくるりとこちらに向き直った。
「リエラ、お前も明日一緒に王城に来なさい」
「え? わ、私もですか??」

 貰い事故である。
 リエラが驚きに固まっていると、兄のせせら笑いの気配を感じた。

「勿論私もレイモンドも行くけれど、殿下がお前に謝りたいそうだからね」
「えっと、私は別に……殿下からの謝罪を受け取るような立場ではありませんもの……お父様とお兄様だけでよろしいのでは?」

(行きたくない……)
 リエラは異性限定で人見知りだった。
 それなのに第三王子殿下だなんて……不敬を働いたら大変な事くらい理解できる。

「そういう訳にはいかないよ、こちらの不手際も否めない状況ではあるけれど、心無い噂に殿下は心を痛めていらっしゃるようだからね。当事者の君の謝罪は必要だよ。分かるね、リエラ?」
「、はい……」

 父はここぞという場で有無を言わせない雰囲気を作るのが上手い。そんな圧力に小さくなって頷くリエラに満足そうに頷いて、退室して行った。
 兄もちらりとリエラを見てその後に続く。
 ついでにボソボソと謝罪の言葉を口にしていたけど、場違いに怒っていた時の声と声量が全然違った。……いいけれど、別に。

 ただ、だからモテないのよお兄は、なんて悪態を内心で吐いておいたのは内緒である。まあ人の事も言えないし。

(それにしても明日、王城かあ)
 気が乗らない。行きたくない。
 ──とは言え父に迷惑を掛ける訳にはいかない。
(淑女スマイルを一日頑張って、何とか乗り切ろう) リエラはぐっと拳を作った。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

愛のある政略結婚のはずでしたのに

ゆきな
恋愛
伯爵令嬢のシェリナ・ブライスはモーリス・アクランド侯爵令息と婚約をしていた。 もちろん互いの意思などお構いなしの、家同士が決めた政略結婚である。 何しろ決まったのは、シェリナがやっと歩き始めたかどうかという頃だったのだから。 けれども、それは初めだけ。 2人は出会ったその時から恋に落ち、この人こそが運命の相手だと信じ合った……はずだったのに。 「私はずっと騙されていたようだ!あなたとは今日をもって婚約を破棄させてもらう!」 モーリスに言い放たれて、シェリナは頭が真っ白になってしまった。 しかし悲しみにくれる彼女の前に現れたのは、ウォーレン・トルストイ公爵令息。 彼はシェリナの前に跪くなり「この時を待っていました」と彼女の手を取ったのだった。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~

Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。 だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと── 公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、 幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。 二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。 しかし、リリーベル十歳の誕生日。 嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、 リリーベルを取り巻く環境は一変する。 リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。 そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。 唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。 そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう…… そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は─── ※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』 こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。 めちゃくちゃチートを発揮しています……

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...