【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

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16.

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「リエラ」
「あ! お父様!」

 嬉しそうなシェイドのエスコートを受けた庭園の出口の先で、不機嫌そうな父と出会した。
 殿下とのお話は終わったのだろう。しかし表情を見るに、思ったより良い話合いが出来なかったのだろうかと思う。
 珍しいなとリエラは首を傾げた。

 そういえばあれから随分時間が経っている。
(お兄様はどうしただろう? ……まあいいか)
 このまま父と一緒に帰れそうだなと笑顔を向けると、何故か父の顔は複雑そうで、リエラは慌ててシェイド様を紹介した。

「あの、お父様。こちらはシェイド・ウォーカー子爵令息様です。庭園を案内して頂いておりましたの」
「……知っとるよ」
 溜息混じりに口にするその返事に、シェイドの纏う空気もどことなく固い。
 そう言えば自分には男性の友人もいなかったから、こういう時はどうしたらいいのか分からない。

「あの、アロット伯爵……」
 躊躇いがちに声を掛けるシェイドに、父がじろりと視線を向ける。それから面白くなさそうに顔を背けた。
「私は娘の意思を尊重する」
「……!」

 それだけ唸るように告げたと思いきや、アロット伯爵はシェイドからリエラを引ったくった。
「だが婚約者でもない男に娘を預ける気はない。娘と過ごす時間が欲しければ、正式な手順を踏んでから出直して来い」
「お、お父様?」
 婚約? 
(それは何というか……嬉しいような、気が早いような……)

 困惑するリエラを他所に、シェイドは感極まったように一瞬震え、深く頭を下げた。
「はい、後日改めてお伺い致します。その時はどうぞ、よろしくお願い致します」
「!」
「ふん!」

(ちょっとお父様!)
 頭を下げたままのシェイドに父は鼻を鳴らし、リエラの手を取りその場を去る。
 頭を下げたままのシェイドを振り返りながら、リエラはムッと父を見上げた。

 確かに供もいない状況でシェイドと二人きりになってしまったけれど……シェイドはクライド殿下の側近だし、父も兄もいなくなってしまったからじゃないか。

「そう睨まないでくれ」
 唇を尖らせていると、娘の不満を横顔で受け止めた父が拗ねた口調で口を開いた。
「ですがお父様、シェイド様は何も悪くありません」
 その言葉にぶすりとした顔を向け、父ははぁと溜息を吐いた。
「仕方ないだろう。いくら幸せを願ったところで……これは娘を持つ父親の正当な反応だ」
「……もう」

 過保護なお父様。
 内心で溜息を吐きつつも、リエラは嬉しくなる。
(でもシェイド様はまた会いに来て下さると仰られた。……私との未来を見据えた話をしに……)
 


『──ついてくんな!』
 十歳の頃。デビュー未満の貴族の子女のお茶会で。
 それはリエラにとっては初めての社交デビューの日。兄レイモンドに邪険に突き放されて、リエラは途方に暮れていた。
 
 見渡しても知ってる顔はどこにもない。
 親たちは自身の社交に精を出していた。
 唯一頼りにしていた兄は、男同士の集まりに妹を連れて歩くのを恥ずかがり置いて行ってしまった。両親に妹の面倒を見るようにと言いつけられていた筈なのに。
 
 会場にぽつんと一人取り残されて、リエラは居た堪れずに会場の端に寄った。
 する事も無く一人、楽しそうな他の子たちを眺めていると不安が込み上げてくる。ここに来るまでは楽しみにしていたのに。着るのが嬉しかった筈のドレスの裾をきゅっと握りしめた。

『どうしたの?』

 静かな声音にハッと息を詰める。
 そっと視線を向けば気遣わしそうな眼差しとぶつかって、リエラは身じろぎした。
『あ、あの……私……』
『気分が悪いの?』
 ふるふると首を横に振れば、目の前の子は優しく笑った。
『そうなの? ならそんな端っこにいないで一緒に話そう。美味しいお菓子もあるよ』
 そう言って手を引いて、その子は端で蹲っていたリエラをあっさり連れ出してくれた。

『美味しい?』
『お茶もあるよ』
『これもどうぞ』

 リエラはこくこくと頷いて、ただ食べるだけだったけれど。
 楽しそうに笑うその子の笑顔にホッとして、嬉しくて。兄に置いて行かれた時は耐えられた涙が込み上げてきそうだった。

『もう大丈夫かな?』
 お茶を飲んで一息ついて。そう問われこくりと頷けば、その子はふわりと笑顔を見せた。陽の光を受けて輝くその様に、リエラは思わず見惚れてしまった。

『あら、リエラ』
『ここにいたのね』
 そしてちょうどリエラの友達が見つかって、同時にその子も他の女の子たちに囲まれた。
『あ……』
 人垣に飲まれ背中すら見えなくなっていく。
 優しい眼差しの、笑顔がキラキラと眩しい人。
 男の子だ、と後から友人に教えて貰うまで、性別に気付かないくらい愛らしい顔立ちをしていた。服装にも気が回らなかったくらい、夢中になっていた。
 
(でも……)
 兄やその友達のような男の子は苦手だけれど。
 あの子から仲良くできるかな。
 あの子と仲良くしたい。
 その頃のリエラにはまだ異性を意識するような自覚はなくて。純粋に、仲良くなれる友人になりたかった。


(それなのに、いつの間にか……)
 赤くなる頬を抑え、リエラはにっこりと笑った。
 父に連れられながら、こちらを見送るシェイドを振り返る。
 その時は──シェイドが来る時は言わなくてはならない。
 私もずっと、目を逸らせないくらいあなたを好きだったのだ、と。


 ◇


 半年後、王家が所有する聖堂の一つで、身内だけのささやかな婚約式が開かれた。

 そこに第三王子であるクライドと、その婚約者であるアリサ・ミレイ侯爵令嬢が列席してあったとあり、彼らの婚約は注目されるものとなった。
 アリサはびしりと姿勢が良く、初対面でもスパスパものを言う令嬢だが、不思議とリエラに向けられる眼差しは優しいものだった。


「リエラ、とっても綺麗だ」
 幸せそうに顔を蕩かせて、シェイドはリエラの腰を引き寄せた。
「シェイド様も、とっても素敵です」
 嬉しそうに笑いかけるシェイドの身なりからは野暮ったさが抜け、輝くような容姿は聖堂で際立っていた。

 伊達眼鏡のシェイドに慣れてしまったリエラには思うところがあったのだが、シェイドは譲らなかった。
『誰にもつけいる隙を与えたくないんだ。もし完璧無比な相手が現れたとしても、絶対に君に選んで貰えるように努力するけれど』

 嬉しくて恥ずかしくて、自分もシェイドの隣に立つに相応しい人になりたいと、苦手だった社交を頑張ろうと意気込んだのだが、程々でいいと複雑な顔をされた。

「社交に出たら、君は注目されてしまうだろう? それは嫌なんだ……」
「……シェイド様ったら」

 自分たちは何て似た物同士なんだろうと笑ってしまう。
 一番好きだから、一番不安で……

「あなたにの隣に、堂々と立ちたいのです。私もあなたを愛しているから」

 そうして真っ赤になったシェイドの頬に唇を寄せた。

 背中にシェイドの腕が周り、ギュっと抱きしめられた。
「もうこのまま永遠の愛を誓ってしまおうか……」
 縋るような声に笑い、リエラもシェイドの腰に腕を回す。
「駄目です。半年後に素敵な式を挙げるのを楽しみにしているんですから」
「はあ。そうだな……今から既にお義父上が不機嫌そうだ……」

 列席者の中にシェイドの両親はなく、彼の弟が婚約者と共に参列していた。
 リエラは婚約を結ぶ際に一度だけ彼の両親に会った。
 息子をダシに楽をする事だけを考えるような人たちで、シェイドが会う必要はないと何度も拒んだ理由が理解できた。

 それと同時に彼の幼少期のやるせなさを改めて垣間見てしまい、その日リエラはシェイドを長い時間抱きしめた。

『あなたは凄いわ。自分の信念を曲げず、大事な一部を切り捨てた。そんな事、誰でもできる事じゃない』

 親に逆らえない人なんて沢山いるし、ただ楽な道を選ぶ人だっている。
 ウォーカー子爵家で、子供だったシェイドは自分を守るのがやっとだったのではないかと思うと、リエラは胸が詰まって苦しかった。

 家族になるからと会いに行ったが、その次はもう無かった。そしてシェイドは両親の列席を拒んだ。事実上の絶縁宣言。
 やがて第三王子の側近であるシェイドとの仲違いにより、彼らは王都にはいられなくなり、領地へ逃げるように去って行った。

 せめてもの救いはシェイドと弟の関係が良好な事だ。次期ウォーカー子爵領は、きっと安定基盤のもと栄えていける事だろう。
 きっと大丈夫。
 だから……

「早く君と結婚したい」
「はい、私もです」

 両手を繋ぎ、神父の向かいに二人並び立ち。
 お互いの気持ちに喜び照れながら、婚約式の宣誓を告げた。



※ おしまい
お付き合い頂きありがとうございました^_^




※ 書くのを忘れていた小ネタ
アリサは普段眼鏡を掛けているのですが、夜会のような公の場では外すようにしています。
エスコート必須な状況がクライドはたまらんらしいです。
…………最終話に書く話だったかなとは思いましたが……(^^;
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