【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

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番外編 ベリンダ

08. 完

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 差し込む朝日の眩しさに、ベリンダは目を開けた。
 瞬きをするとしぱしぱと重たい。自分の目が腫れぼったいのが分かる。けれど不思議と心は軽かった。
 
 ベッドから身を起こし、ぼんやりとしていると横から声が掛かった。

「おはよう」

 ハッと意識を戻せばヘルマンがソファで新聞を読んでいた。
 一人ベッドを占拠している状況に気付き、ベリンダは慌てた。
「へ、ヘルマン様……まさかソファで寝ましたか?」

 ヘルマンは新聞から顔を上げて苦笑する。
「流石に遠慮した」
「……」

 ベリンダは何だか寂しい気持ちになった。
 自分たちは昨夜、お互い心の内に触れ合って、距離が縮んだと思っていたのに。あれは初夜が見せたベリンダの願望だったのだろうか。明ければ夢から覚めたように儚く消え去ってしまうような……

「君は新聞を読むか?」
 そう問いかけるヘルマンにベリンダは首を横に振った。
「……いいえ、読みません」
「そうか、私は読むんだ。王都から距離があるから最新とは言えないが、情報は掴んでおかないといけない。それにここは王都だけでなく他国の情勢にも気を配らなくてはならない」
 そう言って再び新聞に目を落とすヘルマンにベリンダはハッとした。
「それなら、わたくしも読みます!」

 ぎゅっとシーツを握りしめ身を乗り出すベリンダに、ヘルマンは優しい眼差しで頷いた。
「ああ、そうしてくれると助かるな」

 距離があると思うなら、縮める努力をしなければ駄目だ。
 
 ヘルマンと婚姻を結んだが、これからどうなるかまだ分からない。けれど彼の傷に触れた時、心地よいと思うと同時にベリンダは確かにそれを癒したいと願ったのだ。共感を感じる彼に幸せになって欲しいとも。

 やがてその役目は誰にも譲らず自身の手で行いたいと、そう自分の気持ちを自覚するようになるのは、今からまだもう少し先の話。けれど──
 

 ◇


 握られた小さな手にリマは涙を溢れさせた。
「なんて可愛い……」

 無事に出産を終えた母子への手当で、まだ医師たちは慌ただしいが……母親となった彼女の顔はすっきりとして、それでいて慈愛に満ちている。

「ありがとう……」

 父親となった彼は情け無い顔をして妻の手を握りしめた。縋るようなその手をしっかりと握り返して、彼女も弱々しく笑みを返す。

 お互いの存在を確かめるように寄り添う二人に、リマは神に感謝した。
 一度は自分から全てを奪った相手だけれど、その祝福を大事なに授けてくれた。リマの最後の願いを叶えてくれた。

「もう何も……」

 思い残す事はない。
 そう身体の力を抜くリマを見透かしたように彼女は口を開いた。

「長生きしてよね、

 もうずっと呼ばれなかったその呼び名に、リマはびくりと身体を揺らした。隣で彼女の夫も力強く頷く。

「ああ、この子の祖母として永く健やかにいて欲しい。誰がなんと言おうと、あなたは妻の母で、私の義母だ」

 震える手の中で赤ん坊の掌が開き、リマの指をきゅっと握った。
「……っ」

「ほら、この子もお婆ちゃんに長生きして欲しいって。ね、あなたもよ。二人共、長生きしてくれないと困るわ」
「ああ……当分は死ねないな」
 そう肩を叩かれた夫は苦笑して、妻と産まれたばかりの息子の額に口付けた。

 死ねない。

 それはリマにとって呪いのような言葉だった。
 けれど今は温もりに包まれたように胸を満たしていく。

「愛しているわリマ。ずっとわたくしの傍にいてくれて、ありがとう」
「じ、嬢ちゃま……私こそ……っ」

 こんなに愛に満ちた場所で、どうして不幸を望めるだろう。だからいつかと、リマは遠く亡くした家族に手を合わせた。

 天寿を全うするまで、自分はここで母として祖母として生きていくからと。束の間になる別れを亡き家族に惜しみ、リマは再び涙を零した。

 雲一つない青空の下。朝陽を弾く辺境伯城から、家族への祝福のように光が降り注いでいた。





※ ベリンダの事はリマに免じて許して下さい……

※ 次回クライド編を投稿予定。よろしければお付き合いよろしくお願いします。
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