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番外編 クライド
02. episode-1
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クライドにとってアリサは良くできた部下だった。
優秀な成績、性別に捉われず物怖じしない態度。……それでいて下の者への配慮も欠かさない。
彼女はよく気が利いた。
(女性らしいってこういう事を言うんだろうな)
侍従たちにはない彼女の目線と行動力に、クライドは良い駒を見つけたと、ただ喜んでいた。
「……そんなに仕事を詰めると明日に支障があるんじゃないか?」
クライドが生徒会長になったばかりの頃は、同じくアリサもまた副会長に就任したばかりだ。
慣れない作業は忙しく、時間も掛かった。
そんな生徒会の執務室で、書類を抱えるアリサにクライドは何とはなく聞いた。
「明日……とは」
アリサはふと書類から顔を上げて首を傾けた。高い位置で一つに縛った焦茶の髪が、サラリと同じ角度に流れる。
「明日はリビーヨ侯爵家の夜会だろう。君も出るんだと思っていたから」
アリサの姉の婚家である。
当然招待状が届いているだろうし、王家も縁があるからと、兄ウィンガムが参加する。
「……ああ」
けれどアリサは興味を無くしたように再び書類に目を落とした。海のように真っ青な瞳が、色を無くしたように褪せて伏せられる。
「私は行きません。元々姉とは仲が良くありませんし、その日は婚約者も都合が悪いようですから」
「……そう」
(そう言えばそんな話を聞いた事もあるような……)
確かミレイ侯爵家の姉妹は性格が対照的だが、何故か型にはまらぬまま反りも合わないのだ、と。
(ふうん)
他家の事情に首を突っ込むつもりの無いクライドは、その話はそれで終いにした。
けれど残念ながら話はそこで終わらなかった。
夜会へ参加予定だったウィンガムに急な公務が舞い込んだ。そこで代役としてクライドが出席する事になってしまったのだ。
未だ婚約者のいないクライドは、この手の夜会は苦手であった。
(面倒臭いなあ)
齢十五歳にして人に囲まれる煩わしさを感じる根本は、やはり病に囚われていたからだろう。不自由な生活ではあったが、クライドはすっかり静かな時間に慣れてしまっていた。
幼少期には歯牙にも掛けなかった者たちの掌返しは鬱陶しい。まともに成長した点、第三王子とはいえ兄弟仲がよいところから、何某かの恩恵を得られるのでは、とつまらない期待を寄せる者は多かった。
挨拶に来る者や、紹介される令嬢へとにこやかに応じ、やがて疲労を感じ始めた身体を庇うべく、場を離れた。
(兄上たちって凄いよなあ~)
テラスを経由して庭園へと降り立ち、クライドは夜空を見上げて独りごちた。
兄王子たちはクライドとは次元の違う厳かさがある。愛想良く振る舞うクライドに比べ、彼らは一線を画した雰囲気を持っていた。そんな理由でクライドの方が取り入りやすい貴族もいる。
(所詮、第三王子でもいい、なんて輩は取るに足らなけどね)
それでもクライドにはまだ彼らを跳ね返す力は無い。
仕方なしに受け流しその場を凌ぐのだが、それはそれで疲れるものだ。
「君も大丈夫?」
クライドは後ろを振り返った。
そこには慣れない夜会に青褪めるシェイドが、ふらふらとクライドの後から続いていた。
「だい、じょうぶ……です……」
「……そう?」
学園で目を付けてから連れ歩くようにしているが、流石に学業とは勝手が違うらしい。こっちも少し休ませてやるかと踵を返し、クライドは庭園奥へと足を向けた。
風を浴びてホッと息を吐くシェイドから少し離れ、クライドは庭園にぼんやりと目を向けた。
すると風に乗り男女の話し声が耳に届いた。
「──は?」
思わず漏れた自分の声に、クライドは慌てて口を押さえ聞き耳を立てる。行儀が悪い事は分かっていたが、それにしては聞き捨てならない台詞が聞こえてきたのだ。
「まあ嫌だわ。そんな言い方をしては私の方が良かったと聞こえましてよ? あの子が可哀想」
「いや、そんな。別にそういう訳では……」
たおやかに微笑む貴婦人と、彼女をエスコートする背の高い紳士──
男は否定しているが、彼の赤らんだ顔を見るに満更でも無いのだろう。
人目を忍び、ウットリと見つめ合っているのはリビーヨ侯爵夫人と……間違えがなければエイダン・ロイダーヌ。アリサの婚約者である。
クライドは静かに目を眇めた。
(姉妹仲が悪いとは聞いていたが)
アリサと正反対とは、こういう事かと呆れてしまう。
義姉弟とこんなところで親密な雰囲気を出していて、人目に付けばどう取られるか……少し考えれば分かるだろうに。
(……)
栗色の髪に翠の瞳のエイダンは、貴族としてはごく普通の顔立ちであるが、整ってはいる。それにスラリと背が高く、スタイルはいい。
(少し気が弱そうだけど)
対してリビーヨ侯爵は人好きのする顔ではあるが、ふくよかな体型だ。
どうやら丁度、アリサと仲が悪いという夫人が、妹の婚約者に粉を掛けている最中に出くわしてしまったらしい。
(アリサが来たがらない理由が分かったよ)
クライドは溜息を吐いた。
婚約者が来ないという発言の真偽は置いておくとして。あの様子では来たところで歓迎されない事は明白だし、婚約者は当てにならないと分かっていたのだろう。
悪人では無さそうだが、アリサが彼を頼りにしていない事は理解できた。
(なるほどね)
迂闊で、安易な男。
(けど)
お互いの相性以上に家の利を取るのが政略というものだ。
クライドには相手を選ぶ余裕があるが、家によってはそれが許されない。
気の毒には思うが、自分に出来る事はないと、クライドはその場を後にした。
優秀な成績、性別に捉われず物怖じしない態度。……それでいて下の者への配慮も欠かさない。
彼女はよく気が利いた。
(女性らしいってこういう事を言うんだろうな)
侍従たちにはない彼女の目線と行動力に、クライドは良い駒を見つけたと、ただ喜んでいた。
「……そんなに仕事を詰めると明日に支障があるんじゃないか?」
クライドが生徒会長になったばかりの頃は、同じくアリサもまた副会長に就任したばかりだ。
慣れない作業は忙しく、時間も掛かった。
そんな生徒会の執務室で、書類を抱えるアリサにクライドは何とはなく聞いた。
「明日……とは」
アリサはふと書類から顔を上げて首を傾けた。高い位置で一つに縛った焦茶の髪が、サラリと同じ角度に流れる。
「明日はリビーヨ侯爵家の夜会だろう。君も出るんだと思っていたから」
アリサの姉の婚家である。
当然招待状が届いているだろうし、王家も縁があるからと、兄ウィンガムが参加する。
「……ああ」
けれどアリサは興味を無くしたように再び書類に目を落とした。海のように真っ青な瞳が、色を無くしたように褪せて伏せられる。
「私は行きません。元々姉とは仲が良くありませんし、その日は婚約者も都合が悪いようですから」
「……そう」
(そう言えばそんな話を聞いた事もあるような……)
確かミレイ侯爵家の姉妹は性格が対照的だが、何故か型にはまらぬまま反りも合わないのだ、と。
(ふうん)
他家の事情に首を突っ込むつもりの無いクライドは、その話はそれで終いにした。
けれど残念ながら話はそこで終わらなかった。
夜会へ参加予定だったウィンガムに急な公務が舞い込んだ。そこで代役としてクライドが出席する事になってしまったのだ。
未だ婚約者のいないクライドは、この手の夜会は苦手であった。
(面倒臭いなあ)
齢十五歳にして人に囲まれる煩わしさを感じる根本は、やはり病に囚われていたからだろう。不自由な生活ではあったが、クライドはすっかり静かな時間に慣れてしまっていた。
幼少期には歯牙にも掛けなかった者たちの掌返しは鬱陶しい。まともに成長した点、第三王子とはいえ兄弟仲がよいところから、何某かの恩恵を得られるのでは、とつまらない期待を寄せる者は多かった。
挨拶に来る者や、紹介される令嬢へとにこやかに応じ、やがて疲労を感じ始めた身体を庇うべく、場を離れた。
(兄上たちって凄いよなあ~)
テラスを経由して庭園へと降り立ち、クライドは夜空を見上げて独りごちた。
兄王子たちはクライドとは次元の違う厳かさがある。愛想良く振る舞うクライドに比べ、彼らは一線を画した雰囲気を持っていた。そんな理由でクライドの方が取り入りやすい貴族もいる。
(所詮、第三王子でもいい、なんて輩は取るに足らなけどね)
それでもクライドにはまだ彼らを跳ね返す力は無い。
仕方なしに受け流しその場を凌ぐのだが、それはそれで疲れるものだ。
「君も大丈夫?」
クライドは後ろを振り返った。
そこには慣れない夜会に青褪めるシェイドが、ふらふらとクライドの後から続いていた。
「だい、じょうぶ……です……」
「……そう?」
学園で目を付けてから連れ歩くようにしているが、流石に学業とは勝手が違うらしい。こっちも少し休ませてやるかと踵を返し、クライドは庭園奥へと足を向けた。
風を浴びてホッと息を吐くシェイドから少し離れ、クライドは庭園にぼんやりと目を向けた。
すると風に乗り男女の話し声が耳に届いた。
「──は?」
思わず漏れた自分の声に、クライドは慌てて口を押さえ聞き耳を立てる。行儀が悪い事は分かっていたが、それにしては聞き捨てならない台詞が聞こえてきたのだ。
「まあ嫌だわ。そんな言い方をしては私の方が良かったと聞こえましてよ? あの子が可哀想」
「いや、そんな。別にそういう訳では……」
たおやかに微笑む貴婦人と、彼女をエスコートする背の高い紳士──
男は否定しているが、彼の赤らんだ顔を見るに満更でも無いのだろう。
人目を忍び、ウットリと見つめ合っているのはリビーヨ侯爵夫人と……間違えがなければエイダン・ロイダーヌ。アリサの婚約者である。
クライドは静かに目を眇めた。
(姉妹仲が悪いとは聞いていたが)
アリサと正反対とは、こういう事かと呆れてしまう。
義姉弟とこんなところで親密な雰囲気を出していて、人目に付けばどう取られるか……少し考えれば分かるだろうに。
(……)
栗色の髪に翠の瞳のエイダンは、貴族としてはごく普通の顔立ちであるが、整ってはいる。それにスラリと背が高く、スタイルはいい。
(少し気が弱そうだけど)
対してリビーヨ侯爵は人好きのする顔ではあるが、ふくよかな体型だ。
どうやら丁度、アリサと仲が悪いという夫人が、妹の婚約者に粉を掛けている最中に出くわしてしまったらしい。
(アリサが来たがらない理由が分かったよ)
クライドは溜息を吐いた。
婚約者が来ないという発言の真偽は置いておくとして。あの様子では来たところで歓迎されない事は明白だし、婚約者は当てにならないと分かっていたのだろう。
悪人では無さそうだが、アリサが彼を頼りにしていない事は理解できた。
(なるほどね)
迂闊で、安易な男。
(けど)
お互いの相性以上に家の利を取るのが政略というものだ。
クライドには相手を選ぶ余裕があるが、家によってはそれが許されない。
気の毒には思うが、自分に出来る事はないと、クライドはその場を後にした。
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