【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

文字の大きさ
32 / 39
番外編 クライド

08.


「お目付役が出来て良かったわ」
 そう、おっとりと笑うのはウィンガムの婚約者、フィリアだ。
 クライドの婚約者として七ヵ月。あの騒動があってから三ヵ月が経っていた。
 兄王子たちもあの誓約書に納得してくれたようで、アリサとしてはひとまず胸を撫で下ろしている。

 そうはいっても、取り敢えず王子妃教育は続けられるようで……
 王子妃教育の一環として登城する中で、こうして王族の婚約者同士の交流も設けられていた。
 正直、品行方正とは言い難い自分が受け入れられるとは思わなかったが、兄王子の婚約者たちはいずれも寛容な方々で、アリサを喜んで迎え入れてくれた。

 実の姉との関係を考えると不思議ではあるが、アリサの心は温いもので満たされていた。

 コンラッドたちの結婚式まで半年を切っていた。
 それで多忙な王太子の婚約者、ローデは本日のお茶会は欠席だ。アリサはフィリアと二人、向かい合って互いの近況を語り合っていた。



(それにしても絵になるわフィリア様。本当、淑女って感じ)
 紅茶を淑やかに口に運ぶフィリアに、思わず溜息が漏れそうになる。
 
 光が零れるサロンで手入れをされた花々に囲まれ、自らも丁寧に磨きあげられた尊い貴婦人。

 反面、アリサは場違い感に居た堪れなくなっていた。
(殿下も、もう少し容姿を重視して選んだらよろしいのに……)
 自分は図太い方だと自覚はあれど、そんなものは時と場合による。ドレスや宝飾はクライドの計らいで充分過ぎるものを身につけているが、そういう事ではないというか……流石に普段手入れを怠っている自身を顧みて、今は少し恥ずかしい。

 そもそもアリサは容姿に興味がなかった。
 磨いたところで姉のような華やかな顔になる訳ではないし、母の言う通り眼鏡が化粧や装飾品の邪魔をする。婚約者や好意を抱いた男性から見向きもされなかった過去に捉われたまま。どうにも諦めの気持ちの方が勝ってしまう。
 
 そんなアリサの葛藤を他所に、フィリアはアリサに向けて優しい笑みを向けた。
「ウィンはいつもクライド殿下を心配していたの。ほら、殿下って少し子供っぽいところがあるでしょう? 良い相手が見つかるといいな、ってずっと思っていたから、アリサさんが婚約者に決まって凄く嬉しいわ」

 アリサは成る程と背筋を伸ばした。
「……勿体無いお言葉です。この身に恥じぬよう、クライド殿下の婚約者として、今後も日々邁進していく所存──」
「もう、いやだわ。部下じゃないんだから」
(いや、部下なんですよ)

 くすくすと笑うフィリアに合わせ、アリサは曖昧に笑った。
 フィリアは柔らかな印象の淑女だ。色彩も淡く、妖精のように可愛らしい。
「でも、そういうところがいいのでしょうね。クライド殿下には……」
 そう含み笑いをするフィリアに、アリサは内心で申し訳なくなる。少なくともフィリアの目には、謎なくらいクライドとアリサの関係は良好なようだから。
(ただの上司と部下なのにな)

 確かにクライドは余程兄王子からの叱責が堪えたのか、あれ以来、過度な程にアリサを大切にしてくれている。……それこそ本当の婚約者のように。

 婚約者がいるといっても流石は王族で、アリサなど眼中にない令嬢は後を絶たない。けれどどの令嬢にもクライドはきっぱりとした態度でそれを断るのだ。
 婚約者が決まるまで、のらくら躱しているのを見ていたアリサは戸惑ってしまう。
 クライドの性格や悪行に慣れている筈なのに、彼のその様子に勘違いを起こしそうになるのだから大概だ。
 いつまで続くのやらと思う反面、差し出される手や腕に慣れそうになる自分がいる。柔らかく目を細めるクライドが、今では嫌ではないとすら思ってしまっている程に。

(この先どうなるのかしら)
 誓約書にサインをしてから、まだ三ヵ月しか経ってないのに。このままではクライドに良い人が見つかる前に自分の方が……なんて思考が頭を掠め慌てて首を横に振った。

(でも、私が殿下の隣なんて……)
 それに兄王子たちとの約束もある。
 アリサは零れそうになる溜息を飲み込んだ。

 
「……あとは、そうね。お節介かもしれないけど。アリサさんは少し自分に向けられる感情に疎いように思うの。だけどリビーヨ侯爵夫人の妹と聞いて、少し納得してしまったわ」
「──え。あの、姉が何か……」

 思わぬ所で出た姉の名にアリサは動揺した。
 アリサは慣れているが、もし自分と同じような態度で、王族の婚約者に不敬を働いていたらと思うと目眩がする。
 そんなアリサの心情を察するように、フィリアは優しく微笑んだ。

「あなたを責めているのではなくてよ。ただ……あの方ってほら。感情が豊かでしょう? たまに夜会で会うくらいの私でもそう感じるのだから、妹のあなたはさぞ大変だったんだろうなって思ってしまっただけ。……きっと、家族にああいう方がいると、鈍くいないと疲れてしまうでしょうね」

 ……大分オブラートに包んだフィリアの言葉に、アリサは目を白黒させた。
「だけどあなたがクライド殿下に三年も猶予をあげたと聞いてホッとしたのよ。それだけあれば、あなたの感覚も戻っていくと思うしね」

 どうやらフィリアの誤解は果てしないようだ……
「ご心配頂きありがとうございます?」
 首を傾げるアリサにフィリアは困ったように眉を下げた。

「仕方のない人ね。気付いてないかもしれないけれど、あなたはとても魅力的な人よ? 凛として、それでいて儚げで。目が離せないもの」
「は、はあ……」
 何を言っているのか分からないが、取り敢えず相槌らしきものを打っておく。これは褒め言葉の一種だろうか……

「あとは、そうねえ……」
(え、まだあるの?)
 ぎくっとするアリサにフィリアは意味深な笑みを深め、小首を傾げた。
「殿下方は一途というか、粘着質というか……いずれにしても目をつけられたら逃げられないから、自衛だけはしっかりとね」
「……」

 やっぱり意味が分からない。
 純粋ねえ、と笑うフィリアに曖昧に微笑んでいる間に、やがてお茶会はお開きとなった。
感想 55

あなたにおすすめの小説

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました

チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。 そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。 そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。 彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。 ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。 それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…