【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

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番外編 クライド

10.

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 クライドの腕に自分のものを絡み付け、ナナミは得意げに笑ってみせた。

「ね? やっぱりクライド殿下は私の方がいいって仰ったわ」

 その言葉にアリサの身体が強張った。
(浮気したら破談にするって言ったのに……)
 
 何も言えないアリサにナナミは笑みを深める。

「アドルフってあの容姿でしょう? モテないじゃない? それでも好意を向けるあんたより私を選んだ」

(……)
 アドルフはアリサが初めて姉を羨んだ人だ。アリサにも優しかった人。でもアリサが特別視しているのと、同じものを彼は返してくれなかった。アドルフが選んだのは姉のナナミだったから。
 複雑な思いがアリサの胸を重くした。

「それにエイダン。彼も本当は私が良かったの。アドルフはあの容姿だし、あんたと婚約者を変える事も考えたんだけど、そうなるとあんたが侯爵夫人で、私が伯爵夫人になってしまうでしょう? そんなの冗談じゃないわ。だから両方貰う事にしたのよ」

(……知ってた。お姉様がそんな風に画策しているのを。でもそんなのは大した事じゃないと思っていた)
 政略結婚なのだ。義務だけ果たせばそれでいい。そう思っていた。
 それなのに、いつもは気にならない姉の勝ち誇った言葉がアリサの胸を抉っていく。

「あんたが破談したと聞いていい気味だと思っていたのに。どうして王子殿下があんたなんかに興味を持ったのか……まあいいわ。結局彼も私の方がいいって事だもの! 王族よ?! 彼に愛されて大事にされるのは、私の方が似合ってる! そうでしょう?」

 そう言ってナナミは顔を横へ向け、クライドの綺麗な顔を指先でなぞった。抵抗しないクライドにナナミは顔を近づけていく。

(やめて!)

 美人局をしてやるのだと意気込んでいた。

 けれど、

(お姉様は嫌!)

 いいえ。

(あなたを盗られるのは……誰であっても嫌なの……!)


 ◇


 クライドはよく笑うが、その八割が作り笑顔だ。だからたまに自分に見せる素顔に特別扱いを受けているようで。……嬉しかった。

 フィリアに鈍いと言われてぎくりとした。
 彼の気持ちから目を逸らしている自覚はあったからだ。
 けれど子供の頃から悪意ある感情ばかり受け取っていたアリサは、幼い頃にもう泣き疲れてしまった。臆病にも、結局は目を逸らしてしまう。

 好きかと何度か聞いたけど、結局クライドは言ってはくれなかった。
 ……そう言って欲しかったのに。


「いや!」

 近づく二つ影を全力で振り払い、アリサはベッドから跳ね起きた。

「……アリサ?」

 驚きに目を見開くクライドにアリサは抱きついた。
「ア、リサさん……?」
 動揺し身動ぐクライドをよそにアリサは叫んだ。

「お姉様は嫌!」
「アリサ……?」
「お姉様を選ばないで……っ」
 弱々しい声に連動するように身体が震えた。
 込み上げるものを飲み込んでしゃくり上げる。
 そんなアリサの背中をクライドは戸惑いながらも優しく撫でた。

「……お姉様だけ?」
 アリサは違うと首を横に振る。
「やっぱり誰も選んだら嫌……」
「ふふっ」

 弾んだ笑い声を聞きながら、アリサはクライドの肩に頭を乗せたまま再び目を閉じた。


 ◇


『誰にも媚びない姿勢は君の長所だと思うよ』
 生徒会役員に抜擢されたアリサはその輝くバッチを胸に、誇らしい気持ちで一杯だった。
 けれど思いの外、僻み嫉みは多かった。アリサは高位貴族ではあるけれど、ミレイ侯爵家で存在が薄い事は、社交界では有名なのだ。……他ならぬ姉の吹聴により。

 母からも容姿を理由に家に押し込められていたので、アリサは社交慣れしていない。そんな学園という準社交の場に、アリサは辟易としていた。

 そんな中での会長からの言葉である。
『それに、立場の弱い者に優しいだろう。懐も深いし機転も利く。賢い女性は貴重だよ』
『……』

 そう肘をついて目を細めるクライドに、アリサは押し黙った。
 それは女性というより部下に対しての褒め言葉。
 クライドにとって生徒会員への労い以外の何物でも無いものだ。

『ありがとうございます』
 でもアリサには、初めて自分を受け入れられ、認められた言葉だった。
 だからアリサのクライドへの忠誠心は高い。
 本人が分かっていて言ったのかは分からない。
 でもどうせ知っていたのだろう。
 アリサが欲しがる言葉も名誉も。
 彼にとっては部下の機嫌を取る飴に過ぎない。
 そう思っていた。

『鈍いのね』

 フィリアの言葉が頭に響く。
 
『殿下は私の事を好きなんですか?』

 それが答えで、そう聞いてしまった事が答え。
 知らず自分の望む回答を、クライドに向け差し出していた。

 ──願った答えが返されれば、自分は生涯彼に仕えただろう。愛妾だろうと受け入れた。

 でも望む答えは返って来なかった、だから……本当は僅かに疑念を抱いた。
 それでもその疑念すら捻じ伏せて、自分は女性ではなく、ただの部下なのだと。そう言い聞かせてきた。

 その方が納得できる。
 だって分からない事は不安だから、自分の思考に合うものを受け入れてきた。

(でも、それは……)

 頑なだったんだろうか。
 初めて自分の気持ちに向き合って、アリサの心は少しずつ解れていった。
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