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おまけ
レイモンド 前編
(結婚、とは……何だったか……)
最近のレイモンドの葛藤である。
家の繁栄とか、その為の繋がりとか、それが貴族の務めで義務なのだと、レイモンドは疑いもなく育ってきた。
だから当然の事だと妹にも説いてきたのだけれど……
ふいに溜息が零れる。
第三王子の執務室に招かれるようになり、現実を目の当たりにし戸惑っているからだ。
貴族らしからぬ気配に……
貴族の繋がりと言ったら手堅い手段は婚姻である。
家同士の契約に信頼関係が生まれ、絆は強固なものとなる。
だから愛情は抱かなくとも大事にすべきだし、そう思える相手を見繕うのが婚姻だと思っていた──ので、
「リエラが可愛いのです」
「ふーん」
デレデレと顔をにやけさせるシェイドに、つまらなそうに相槌を打つクライド。しかしその顔には自分の婚約者の方が優れているという不満がありありと浮かんでいる。
「……」
クライドの仕事の一端を任されるようになり、浮かれながらも気を引き締めていたレイモンドは、この執務室とは場違いな雰囲気が色々と居た堪れない。
一人は妹の婚約者だからだろうか。自分の妹への惚気話など聞いてて恥ずかしい。……かと言ってそれだけでもない。
(違う)
単純にそう思った。
レイモンドは嫡男であるが故、厳しい家庭教師をつけられてきた。自分の意思より優先すべき事を叩き込まれ、それを全うするのが当然と説かれてきた。
伴侶に対する愛情は、そこに含まれていなかった。
──というより、恋情に浮かれ自分の立場を見失う危険について、教師からは何度も念を押された。
『ご両親は政略結婚だが仲が良ろしい。お互いを尊重し、愛情も持ち合わせている』
だからこそ危険なのだと教師は言った。あなたの両親のような間柄は稀なのだと。それは本来、幻想に近いもので当然と思ってはならない。
そして幻想を追い求めた挙句、良家の令息を簡単に転落させる毒に掛からぬよう、常に己を律する必要があると、そう叩き込まれてきたのだ。
だから……
「リエラがこの間お菓子を作ってくれたのです。上手く出来なかったと恥じらって。確かに形は歪でしたが味は美味しくて……」
「何だ、不器用自慢か。ならアリサが負ける筈が無いだろう。手先どころか内面の規格外な鈍感力を舐めるなよ」
「……え。また伝わらなかったんですか、殿下」
「うるさいな」
(違う、よな……?)
自分に与えられた仮の机。そこに書類を掴んだ拳を置きながら。
執務室全体に広がるお花畑を振り払うべく、レイモンドはキツく目を瞑った。
どう見ても シェイドもクライドも浮かれている。
かといって自分の妹が毒婦なのかと言われたら違うと言える。
妹は実の兄に対し、確かに辛辣だ。たまに漏らす、「だからモテないのよ」という心外な一言も、本人は気付いていないようだがちゃんと兄の耳には届いている。
ではクライドの婚約者であるアリサはどうかと言うと、レイモンドを虫ケラでも見るような冷たく見る時があり、その冷ややかさが背中に張り付き凍えそうになった事がある。……浮かれるような事は一切無かった。
だが二人は浮かれている。
この浮ついた雰囲気が違うとはとても思えない。
家に利が無いかと言えばそんな事もなく、二人ともその垣根を越えるようなしてもいない。
(……分からん)
今迄自分が確信してきた結婚という義務。それが目前で打ち砕かれ、レイモンドは組んだ両手に額を沈ませ、呻いた。
そんな中、父から縁談を言い渡された。
正直レイモンドは戸惑いを隠せない。
父は学園卒業時に婚約のこの字も口にしなかった。
てっきり引退するまで、レイモンドは結婚する必要がないのだと思っていた。それに父が自分を未熟と見ている事にも気付いている。それが何故急にどうしてと、疑問は尽きない。
……けれど家長の命である。
そこもまたレイモンドに染み付いた貴族令息としての教育が、疑問を残す頭を抑え、背中を押した。
そういえば正式な縁談は初めてだ、と。ふと思い立つ。
先に席に着いて待つ場所はアロット伯爵家の庭園の一角。使用人たちが奮闘したのか、普段より花が多く飾られていて、食器からクロスまで女性受けしそうな装いだ。
そんないつもより彩り華やかな庭園で、レイモンドは自分がどう振る舞うべきかと考えていた。
父から縁談の話を言い渡されたのは一週間前。
その時聞いた名前はララート伯爵家。
レイモンドでも聞き覚えのある。醜聞のあった令嬢だった。
ただ彼女が悪いかと言われれば、レイモンドはそうとも思わない。
ようは、彼女の婚約者であった侯爵令息が浮気をしたのだ。それをレイモンドも在園時に、学園のどこか、人目のある場所で、何故か令息の方がララート伯爵令嬢を糾弾したのだそうだ。
人伝にそんな話を聞いてはいたものの、レイモンドには意味が良く分からなかった。ただこういった場合は女性の方が泥を被るようで、在園中彼女は小さくなって過ごしていたような気がする。
(確かに私も、リエラが平民に婚約者を奪われたと聞いて、責めたしな)
でも何故彼女? とレイモンドは首を捻る。
アロット家の事を考えれば、何も醜聞を抱えた家を選ばなくともと思う。ただアロット家ならララート家の醜聞などものともせず、元々あった利だけを得られるとも思った。
父はそれを見込んで自分に励めと言ってるのかと自問しようにも、どうもしっくりこない。それに、
家の為なら自分の感情など消せる。
そう思っていたレイモンドだが、どうにも最近調子がおかしい。
それは多分、自分の周りの人間がレイモンドが思い描いていた貴族とは違うから。けれどそれが間違いだと、そう拒絶できない何かを、レイモンドに抱かせているからだ。
縁、結婚……
自分の持つ意味と、目の当たりにしている現実の齟齬に、レイモンドの思考は全くついていっていなかった。
「お会いして頂いてありがとうございます」
そう柔らかく微笑むのはララート伯爵令嬢、コリンナだ。
「こちらこそお会いできて光栄です」
ごく当たり前の礼節に、コリンナは嬉しそうにはにかんだ。
……一度汚名を被ると貴族というのは手厳しい。彼女がそんな手痛い扱いを受けていたのは知っていた。だから自分の型通りの扱いにも、これほど嬉しそうにしているのだと、そう思った。
「ずっとお礼を言いたかったのです」
そう切り出されるまでは。
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