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2章 隣国ノウルでの役割

39. ティリラ妃

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 離宮の中は人が少ないようだ。
 今回マリュアンゼとシモンズの為に人を用意してくれたようだが、そもそもこの離宮には使用人が何人いるのだろう。
 そういえばセルル国にいる時もロアンの周りにいた使用人は限られていたし、護衛も少なかったように感じる。

(人材も困窮しているのかしらね)

 女性不信だけでなく人間不信でもあるのかもしれない。

(親しい人が少ないなんて、どうしよう、凄く共感できてしまうわ)

 マリュアンゼがひっそりと失礼な事を考えていると、エンラと名乗った年配の侍女がニコニコしながら口を開いた。

「もうすぐ新しく奥方を迎えられると聞いて、皆で喜んでいたんですよ」

 どう反応していいか分からず、口元だけ何とか綻ばせてみせる。

「突然お訪ねして申し訳ありません。ご迷惑をお掛けします」

 その言葉にエンラは感動したように胸に手を当ててみせた。

「ロアン様も、ようやっとまともな奥方を娶られるようで、ホッとしました」

 マリュアンゼは動揺を表さないよう、軽く微笑んでみせる。

「まだ正式な話ではありません」

「それでもここまでご足労頂いているんですから、ロアン様の心象も悪く無いのだと思いますわ。ああ本当に良かった。元々女性に苦手意識がある方でしたが、あの婚姻ですっかり女性を寄せ付けないようになってしまいましたから」

 しみじみと喜ぶ侍女に申し訳無く思いながら、マリュアンゼは躊躇いがちに口を開く。

「恋愛結婚と聞いておりますが……」

 エンラは下げていた眉を上げ、厳しい顔で首を横に振った。

「いいえ、あれはどう考えてもロアン殿下を牽制する為の婚姻でした。奥方が養子縁組をしたお家も王妃様の派閥でしたから……ですが今ではその家も勢力を落としているのです……」

 エンラの話にマリュアンゼも察するところがある。
 ティリラの養子縁組先の家には、王家に嫁す家として、可も無く不可もない家が選ばれたのだろう。
 不都合があった時に切り捨てやすく、かと言って王族へ嫁ぐに値する家柄。
 難しいところではあるが、恋愛結婚を全面に押し出せば演出は可能だろう。実際マリュアンゼもセルル国に都合の良い条件で選ばれたのだし。

(……駒のような扱いに何とも思わない訳では無いけれど)

 目的の為には仕方が無い事があるのも事実だ。
 マリュアンゼの場合は、騎士になりたいという、自身の希望に基づきロアンに協力する事に決めた。

 ティリラは王子妃になった。
 けれど手段を選ばなかったから、夫からの情や、権力を持ち合わせる事が出来なかった。

 何となく居心地が悪く感じる。
 自分本意な理由には変わりないのに、こうして歓迎を受けると複雑に思う。
 それにもし目的を果たせなかったら……

 例えば騎士になれなかったら。
 例えばこのままロアンと結婚する事になったら。
 例えばフォリムがもうマリュアンゼをそばに置いてくれなかったら。

 何の為にここに来たのか分からなくなって、きっと動けなくなる。
 嫌な考えに飲み込まれる前に頭を振り、急いで思考を切り替えた。

「そうですか、とにかく今はロアン殿下のご迷惑にならないよう気をつけますわ」

 取り繕うように微笑めばエンラは涙目になって頷いてくれた。主人思いのいい人だ。あの性格だ、きっとロアンには友達もいないのだろう。
 一人うんうんと頷き、そう言えば自分も人の事を言えなかったと軽く落ち込んでから、ふと思い立つ。
 禁止されてはいなかった。

「ねえエンラ、ティリラ妃には会えるかしら?」

 もしかしたら、何か情報を引き出せるかもしれない。或いは第二妃扱いという立場であるからこそ、何かを得られるかもしれないじゃないか。けれど振り向いた先のエンラは目を見開いて固まっていた。




 ◇




「面倒臭いです」

 シモンズに同席を頼めばそんな返事が返ってきた。
 部屋に収まり、ひと段落したところでティリラ妃に会ってみたいと告げれば、返ってきたのはそんな反応で。
 他の使用人が相席してもマリュアンゼの部屋に入りたがらないシモンズに、何故かマリュアンゼは廊下で説教されている。まあ人も少ないし、誰に見咎められる訳では無いのだけれど……

 確かに計画上、特に関わる必要が無い人物なのだ。
 けれど彼女は大事な証人の一人でもある。
 だからこそ切り捨てられる可能性もあった為、現在幽閉に近い状況で離宮の一部に隔離されている。

 実は少しだけ同情してしまった。
 夫に会って貰えないなんて。
 自分もジェラシルと婚姻を結んでいたら、同じようになっていただろうから。

 婚姻に対する経緯は褒められたものでは無いが、もしかしたら彼女はただロアンを好きだったからこそ便乗したのかもしれないし……
 何が出来る訳では無いが、拗れているだけなら誤解が解ければロアンだって離縁の必要は無くなり、そうなれば女性不信も改善するかもしれない。
 例え離縁が覆せなくても、彼女に害意が無いのなら、手厚い待遇を受けられるだろう。

 ふと目を伏せ思い悩めば、シモンズがあからさまな溜息を吐き出したので、ぎょっと身を起こした。

「面倒臭いです」

「え? 何で二回言ったの? そんなに大事それ?」

「あなたはフォリム殿下の婚約者なんですから、それ以外の事を考える必要はありません。いいですか? 馬鹿な考えを起こしたり余計な事を口にしたりしないようにして下さい」

 温度の無い視線でじろりと睨まれるも、心当たりのない言葉に思わず首を傾げる。

「思い当たらないなら取り敢えずティリラ妃に会っても何も言わないで下さい」

「酷くない!? 会いに行くのに無理じゃない?!」

「面倒臭いです」

「まさかの三回目!? ちょっと!」

 本気で面倒になったらしいシモンズは、頭を抱えるマリュアンゼに先立ち、廊下をすたすたと歩いて行ってしまった。
 もう離宮の地図は頭に入っているらしい。そしてどうやらティリラ妃への面会に同行してくれるようだ。

 親切なのかただ意地悪なだけなのかサッパリ分からないが、少なくともフォリムには善く支えているし、フォリムもシモンズを信頼している。

 全くもうと思いながらも、マリュアンゼはシモンズに続いた。とにかく今は頼りになる侍従だと思い決めれば、何故かシモンズの背中がぶるりと震えた。
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