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3章 解かれるものと結ばれるもの

55. けれど思いは伝わらない

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「公爵様……」

 不安気で、弱々しくて───
 それなのにその顔を見ただけで安堵が身体を満たしていくのは何故だろうか。マリュアンゼは身体からふらりと力が抜けてるのを感じ、その場に倒れ込んだ。
 けれどすかさずフォリムの手が伸びてきて、マリュアンゼの身体をぎゅっと抱き竦めた。
 
(……そう言えば前にもこんな事があったわ。あの時は、そう……)

「マリュアンゼ、大丈夫か?」

 心配そうに顔を覗き込むフォリムに、マリュアンゼはふわりと微笑んだ。

「オリガンヌ公爵」

 そうしてぴくりと反応し、油断を見せるフォリムの襟首を引っ掴み、ぐっと口付けた。
 はっと驚き固まるフォリムから離れてニヤリと笑ってみせる。

「お返しです、初めて会った時の。あと……私の気持ちです」

 最後は小さく、けれど溢れたのは結局、誤魔化しきれないマリュアンゼの本心だ。

 色んな気持ちがないまぜになった。
 フォリムを好きという気持ち。
 本当の婚約者では無い事。
 ティリラに嫉妬した事。
 それにナタリエやロアンに言ったように、自分の気持ちを大事にしなければという思い……
 
 暗く狭い空間に閉じ込められて、らしからず極限状態という物を感じたのかもしれない。
 確かに不安だった。
 何よりフォリムともう会えないのは、嫌だと思ったのだ。

 けれど───
 マリュアンゼの勝手な気持ちを押し付けられたフォリムはどうだろう……
 はたと気付く。

 彼にとって女性からの好意は、恐らく嫌悪でしかないだろうという事は、この短い期間で薄々察せられるものであったというのに……

 そう思い当たれば身体からさあっ、と血の気が引いていく。
 マリュアンゼは急いで、嫌だったでしょう? と明るい口調で誤魔化したけれど、フォリムはすかさずマリュアンゼに被さり、抱きすくめた。

「ふぐっ?」

 目を丸くするマリュアンゼを離さないまま、耳元でフォリムが告げる。

「君はここが何処か分かっていて、そんな行動を取ったのか?」

 その言葉にマリュアンゼは、はたと固まる。少し視線を逸らせばそこには解体工事現場のような光景が広がっていて……

 つい先程まで存在していた美しい聖堂が見るも無惨な有り様だ。しかも救助に駆け付けた騎士たちの神妙な面持ちが目に入り、マリュアンゼは慌ててフォリムから離れ───ようとしたが、しっかりと背中に回らせた腕でホールドされている為、どんどんと胸を叩いて抗議する。

「本っ当に、大変失礼致しました! レイーズ侯爵が負傷されております! 急いでっ、治療を!」

「待てマリュアンゼ」

 必死でもがき、腕の中から脱出するマリュアンゼの肩を掴み、フォリムは真剣な眼差しでマリュアンゼに向き合う。

「誤解させて悪かった」

 その言葉にマリュアンゼは固まる。

「いえ……その、ごめんなさい。私こそ……勝手な事をしました」

 やはり嫌だっただろうか……当たり前だけれど……
 咄嗟に想いの丈を行動に変え、ぶつけてしまった。
 フォリムの表情を見て、込み上げてくるものがあって……
 それをやり返すという建前で、自分の想いを押し付けてしまい……

 恥ずかしさと居た堪れなさでつい瞳を伏せては、自分勝手な理由でツンと痛む鼻の奥が情けなくて、必死に奥歯を噛みしめた。

「違うっ、私にはティリラ妃の不正を見極める必要があった。あなたの気持ちは、その、とても……」

 フォリムのその言葉にマリュアンゼの胸がどくんと音を立てる。
 
「その……つまりフォリム殿下はティリラ妃に恋をしていた訳では無い、と?」

「当然だ」

 マリュアンゼの問いかけにフォリムは決然と言い切った。
 自分の顔がぱあっ、と明るく上気するのが分かる。
 我ながらなんて現金なんだろうと思うけれど、それでも嬉しいのだから仕方が無い。

「けれど、それを理由にあの時あなたを一人にして、すまなかった。あと私は、私も……」

「あ……」

 あの時、とは、きっと生垣の向こうでティリラと逢瀬をしていた時の話だろう。
 フォリムは本当はマリュアンゼを気遣っていてくれたという事だろうか……
 悔恨が滲むその眼差しに、マリュアンゼの頬は熱くなる。
 あの時はして貰えなかった───倒れないように抱きしめて貰えた事を、改めてとても嬉しく思う。

 けれどそれはどういう感情で?
 フォリムは元々面倒見の良いタイプで、マリュアンゼは彼から弟子認識をされているという見解も、きっと間違っていない。
 それは今のマリュアンゼには物足りなく寂しい感情ではあるけれど。

(つまり公爵様は、私をどう思っているの……?)

 とは言え今はこの話を長考する場面では無い事だけは確かで。
 マリュアンゼは急いでフォリムと距離を取り、きりりと眉を吊り上げて見せた。

「わ、分かりました。ですがその話は後で」
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