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終章 辿り着く場所

62. マリュアンゼの悩み

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「フォリムの為に近衞騎士を目指すなんて、マリュアンゼは意外と健気なのね」

 くすりと笑みを漏らすヴィオリーシャにマリュアンゼは急いで言い募る。

「わ、私は別に。恩義のあるオリガンヌ公爵の役に立ちたいと思っただけです。実力を公爵に認めて貰うには騎士として近くに立つ事が一番早い、ですからっ」

「頑固ねえ」

 ふっと笑うヴィオリーシャからマリュアンゼはそっと目を逸らす。

 ───フォリムが好きだから騎士になったなんて、言えない……

 とはいえあの神殿のドタバタした最中に実は告白していたなんて、フォリムはきっと分かっていない筈だ。
 黙っていれば誰にも悟られない話だろうと思っている。

「でもそれもあと半年程だから頑張らないと、先にあなたが王族として、守られる立場になってしまうわね」

 ヴィオリーシャのそれには答えず、マリュアンゼは微笑で返した。
 フォリムとマリュアンゼの婚約破棄は周知される事が無かったので、秘密裏に結び直されてしまったのだ。

 最初の婚約から四か月で、残り八か月程。破棄出来なくなる前に早く勝たないと、と思っていた期限まであと二か月だ。途方にくれたような気持ちになる。

 近衛騎士の仕事の合間に王太后からお茶会へ招待を受けたり、教育係を付けられて作法や心得を学んでは、着々と妃教育を進めている。

(だけど……)

 そっと目を伏せる。
 離れてただ相手の幸せを祈る───
 自分はそんな性分では無いのだと、改めて気付かされた。
 だからその為に自分が出来る事をする。
 例えフォリムとの婚姻が無くとも……

 マリュアンゼはフォリムとの婚姻が本当に成り立つのか、未だ疑問に思っている。
 理由はフォリムがずっと言っている、人を好きになれないというものだ。
 マリュアンゼと結婚してしまったら、フォリムは恋をする事もなく既婚者となる訳で……

(結婚後に相手を見つけてしまって恋愛されると、私が辛いのだけれど……)

 フォリムに勝てると盲信していた、あの頃の自分を詰りたい。あの時何がなんでも婚約破棄を勝ち取っていれば、今こんな思いをしなくても良かったのに。

 しかも悪い事に、どうやらフォリムは自分が恋をしない事に相当自信があるらしく、マリュアンゼとの結婚に否と言わない。相手が誰でもフォリムは構わないのだろう。

 マリュアンゼの方はフォリムと結婚して一緒にいるようになれば、勘違いをする自信しかないというのに……
 確かに人を好きにならないと公言したフォリムなら、本当に生涯そのままかもしれないけれど……マリュアンゼとしては万が一にも、妻として、その瞬間に立ち会いたくないのだ。
 
(それならまだ、婚姻前に他に好きな人を見つけて貰った方が、私は……)

 じっと見つめるヴィオリーシャに微笑を返し、マリュアンゼは掌を胸元に手を当てて礼を取る。

「今は精進するだけですので」

 やる気で誤魔化すマリュアンゼに、ヴィオリーシャは優しく笑いかけた。

「そうね、まあ色々頑張ってね。フォリムも頑張ってるみたいだから」

 ヴィオリーシャはそう口にして、じっとマリュアンゼを見つめた。

「マリュアンゼ、リランダ嬢を覚えている?」

 懐かしい名前にマリュアンゼは少しばかり目を見開いた。
 マリュアンゼの元婚約者、ジェラシルの恋人だ。

「はい」

 どう答えていいのか分からないので、完結な返事を口にする。
 ロアンに不敬を働いた後、平民となったのだと、教えてくれたのは誰だったか。
 城内は噂話が好きな輩が多い。
 伯父である宰相の耳に入らないようにしつつも、今尚その話は口の端に登るようで……

(結局皆、羨ましかったって事よね)

 平民出身でマナーもなっていないのに、宰相である伯父の威光をチラつかせ好きに振る舞っていた、いけすかない娘だと。だからこそ盛大に転んだ様を影で笑い、憂さ晴らしでもしているのだろう。

(浅ましいわ……)

 リランダの事を気の毒に思う訳では無い。
 ただ明日は我が身でもあるマリュアンゼには、この手の話は胸を塞ぐものがあった。
 実際この話をマリュアンゼに語って聞かせた誰かは、マリュアンゼもそのうちこうなるのだと、その語り口からそんな心持ちにさせてくれたのだから。なんとも話し上手な事である。

 きっと見回せば皆、フォリムの婚約者の立場から、いつマリュアンゼが転がり落ちてゆくのかと、その時を楽しみに待っているのだろう。
 
(貴族というのは、本当に面倒ね)

 ひっそりと溜息を漏らすマリュアンゼにヴィオリーシャが首を傾げれば、絹糸のような髪がさらりと流れた。

「実はね……」

 その様子に気を取られていたマリュアンゼは、ヴィオリーシャが語り始めた話を、受け止める損ねてポカンと固まる。

「リランダ嬢は、あなたが将来浮気をするって、牢屋で散々喚き散らしていたそうなのよ」

「……へ?」
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