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第6話 模索と言う名の迷走のようです
しおりを挟む皆が一斉に声が聞こえて来た方を見る中、マリュアンゼは一時ジェラシルの剣に目を留めてから、そちらを向いた。
ジェラシルの一人二人、武器を持って掛かってこようと怖くは無いが、抜刀でもされて面倒事に巻き込まれるのは御免である。
改めて入り口付近のその人を見遣れば、息を切らしたオリガンヌ公爵がこちらにつかつかと歩み寄って来ていた。
「兄上! どういう事です!」
「ど、どうとは??」
玉座に張り付く様に座っていた国王は、今度は身体を強張らせ弟の言動に警戒している、というか────怯えている。
「彼女を伯爵家に迎えに行ったら、既に別の馬車が来て連れて行ったと。馬車にカサブランカの家紋があったから公爵家のものと勘違いしたそうですよ」
キッと睨むフォリムに国王は目を泳がせた。
「わ、私はヴィオリーシャが、お前の恋人を見たいと言うから……」
「仮にも一国の王が、くだらぬ事に時間を費やすべきではないでしょう。私が誰と婚約をして、あなたにどんな迷惑を掛けると言うのです? 二度としないで頂きたい」
そう言うとフォリムはマリュアンゼの手を取り、恭しく口付けた。こちらが目を丸くしている間に玉座を振り返り、その口で言う。
「……という訳なので、私の方の心配は無用ですのであしからず」
にやりと笑い、颯爽とその場を立ち去った。勿論マリュアンゼを連れて。
◇
(やっと解放された)
フォリムは馬車の中で背を預け、深く息を吐いた。
ヴィオリーシャとは長年婚約関係だった。
子どもの頃一目惚れをされて、ずっと付き纏われていたのだ。
こう言う言い方をすると万人に非難されるが、こちらとしてはその通りなのだから、仕方がないと思うのだ。
愛せなかった。
何かしらの情を示す事にも苦痛を感じ、何度も逃げたくなったが、彼女は有力公爵家の令嬢で、無碍には出来ないまま時間だけが過ぎて行った。
けれど、いよいよ結婚まで秒読みと言う段階で、兄がずっとヴィオリーシャに恋心を抱いていたと聞き、驚きと同時に嬉しかった。
ああ、やっと解放されるのだと。
ヴィオリーシャもまた喜んだ。
何故なら彼女は、自分がフォリムに好かれていないと分かっていたからだ。それでもフォリムに執着していた。それがまた重かった。
けれど、人から受ける愛────愛される事を知った彼女は、フォリムへの執着をあっさり捨て、直ぐに兄と婚約を結び直した。
そして彼女はそのまま変な方向へ行った。
兄と出会った事で、愛される自信がついたのだ。
それが何故か、フォリムも本当は自分が好きだったのだと言う解釈になり、今に至る。
愛されなかったが故に愛に溺れた。
今も一人もがいているように、フォリムには見える。
必死に伸ばす兄の手に目もくれず、未だ血走った目で自分を捉え続けている。
そろそろ勘弁して欲しい。
そう言う意味で自分もさっさと結婚したかったが、見渡す女性がほぼ、ヴィオリーシャに見える程に末期症状だった。
友人であるアーノリルズに話を持ちかけたのは、そんな事が理由だ。彼の妹────
武芸に秀でた脳筋令嬢。
馬鹿の方が扱いは楽だと踏んだ。
また、アーノリルズの人柄には助けられる事が多く、そんな奴の妹であるなら、ヴィオリーシャや他の令嬢に持てなかった何らかの情を抱けるかもしれないと考えた。
なんかもう行き詰まっていた。
友愛でも親愛でも家族愛でも何でも良いから、愛しいと思える存在を探していた。
例え相手が熊のような友人と生き写しの妹であっても……あの時は何とかなるような気がしたのだ。
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