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第7話 婚約破棄のハードルが高いです
しおりを挟む殺気と共に放たれる拳を顔の前で受け、フォリムはふと微笑んだ。
相変わらず良い腕だ。
目を向ければ三角に釣り上がった燃え盛る瞳とかち合う。
「何であんな事を言うんですか! 国王の前で! 誤解されるじゃないですか!」
「婚約者だと言っただろう」
「お断りした筈です!」
この際母の期待は見なかった事にする。
「お前は確か先日ジェラシルに婚約破棄をされたばかりだろう? もう他に相手がいるのか? それとも好いた相手でも?」
マリュアンゼはぐっと詰まった後、気まずそうに目を背けた。
「しかしですね、こういう事は……」
「先程アッセム夫人に会った際、君をよろしく頼むと言われたんだがな」
「母は誰にでも言うんです!」
思わずジト目で即答する。
実際、ジェラシルにも言った。彼の人となりは気にせず……というか見えていなかったのだろう。
見目の良い彼が微笑めば、大抵の女性はくらりとくるらしい。
アッセム家の事業は順調だ。
領地経営も兄が実力を発揮し、父は城で役職に就いている。
実は名家なのだ。
それでも、脳筋と呼ばれる自分を貰うのは不名誉を賜るのと等しい。名家の令息が金に目が眩んだと言われるのを良しとする筈がない。だから自分の元に来た求婚は、切羽詰まった家からのものばかりだった。
けれど父はそんな縁談を認めはせず、自分を守ってくれた。
(お父様みたいな人が良かったわ)
そうしてやっと見つけた家がフォンズ伯爵家だったのだ。
同等の爵位に、表立った疵もない。彼は嫡男だし、マリュアンゼが嫁ぐ事に何の問題も無かった。
母は必死に父を説得して、父も伯爵やジェラシルに会って、良しとしたのだ。
(でも結局あの親子は第一印象が凄く良いだけの……)
会う度に感じる違和感はマリュアンゼしか感じていなかった。親同伴で婚約者に会うなんて普通はしない。
ふつふつと湧くこの鬱屈は、家族や友人からも時々受けるものに似ていたから、だから、我慢して取り繕った。
本来なら婚約期間とはお互いを見極める時間。それに目を背けた結果、こうなった。
実は婚約破棄後に母が泣いてた事も知っている。
自分とジェラシルの相性が良くないのでは無いかと、時々気にしていたことも。
彼は華やかな人だったから、とぼけた感性で猛獣のようにダンスフロアを走り回るマリュアンゼを嫌った。美味しそうにお菓子を食べれば窘められた。劇を見に行って好ましい感想を言えないと疎んじた。……自分たちは、合わなかった。
けれど一度家同士で結んだ縁を切る事がどんな影響を与えるか……多分家よりもマリュアンゼの方を心配して悩んでいたと知っている位には、母の事を分かっているつもりだ。
それでも脳筋に、婚約破棄と行き遅れという醜聞を加えるよりも、継続を選ぶべきだと判断した。……何も間違えていない。
「それならこうしよう」
むすりと口を引き結び思考に暮れるマリュアンゼに、フォリムは人差し指を立てた。
「婚約期間中に、君が私を倒せたら────参ったと言わせたら、この婚約は白紙に戻そう」
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