19 / 35
19. 黄昏時
しおりを挟む「……」
薄らと目を開ければ、朱に染まる室内が視界に飛び込んできた。……どうやらあれから随分時間が経っていたらしい。
イーライ神官の馬車に乗ったところから記憶がないから……あれこれあったせいだろうとは思うが、タイミングはよろしくない。……ここはどこだろう。
広々としたベッドから身体を起こし、くらりと起きる目眩に頭を押さえると、横から逞しい腕が伸びてきた。
「レキシー、大丈夫ですか?」
「……っ、イーライ神官様……?」
気遣わしそうなその顔を見れば、先程の情景が目に浮かぶ。
再び滲む涙を誤魔化す為に目をきつく閉じて、頭を振った。
私は自分の道徳心とかけ離れた、ずっと現実味の無いところで生きてきた。
自分で道を切り開くしかないと思っていたのだけれど、その結果、実の家族も失った。
……捨てられた、というべきだろうか。
今のこの状況は、紛れもない現実。
思わず涙が滲む。
「レキシー、……もう大丈夫です。何も心配しないで」
優しく包み込むような言葉に益々涙が溢れてくる。
思えばこの人の前では落ち込んで泣いてばかりだ。自分は間違っていただろうかと、思い詰めては神殿に通うあの日々から。
いつものように頭を撫でて欲しくて項垂れれば、イーライ神官の腕が背に回り、しっかりと抱き寄せられた。
「イーライ神官様っ?」
驚きに喉が詰まってしまう。
今まで私がどれほど泣こうと吐き出そうと、彼が触れるのは、私の頭に掌を置くだけだった。それが今日は、しっかりと抱きすくめられている。
……そういえば頭を撫でられるのもそうだけど、こうして抱きしめて貰う事も、私の人生には無かったなあ、なんて。場違いながらも嬉しさと切なさを噛み締めてしまう。
「遅くなってすみません」
「……え?」
ぼけっとする私にイーライ神官は不思議な笑みを浮かべていた。
「本当はもっと早く言うべきだって、分かってたんです。でもあなたは忙しいからと。きっと前夫が亡くなったばかりで、口にしても受け入れてくれないだろうと。勇気が出ない事に言い訳を連ね、あなたを傷つけてしまった。もっと早くこうして囲い込めばよかったのに……」
「囲い……?」
何やら神職らしからぬ発言が聞こえたような気がするが、気のせいのようなので黙っておく。
「一線を引く為といいながら、家族の為に懸命なあなたを優先したかったのもあります。でも……自信が無かった。あなたは私を頼ってくれたけれど、それはセセラナ教のイーライ神官としてだったでしょう? その信頼を裏切って、あなたから距離を取られたらと思うと、怖くて……」
下げていた視線を上げ、イーライ神官と目を合われば、苦しげに歪められた表情とぶつかり、動揺に胸が騒ぐ。
どくどくと鳴る心臓が先程の会話を思い出させた。
──結婚。
でも……そう、言っていた。私に会いにきたと、結婚すると……
思い出して頬に熱を感じ、そわそわと視線を彷徨わせる。
「あの……イーライ神官様……ですよね?」
そっくりさんではなく。
それとも、もしかしてこれは夢だろうか。
「そうですよ、レキシー? 可哀想に、まだ混乱しているのですか? もう大丈夫、これからは私があなたを支える夫となります」
私はびくっと身を震わせた。
だってそれは、多くを失った私が可哀想だからでは無いのか。こんな状態の私を見過ごす事が出来なかったからでは……? だってイーライ神官だ。ずっと優しくて温かく見守ってくれた、私の支え……
驚きに固まる私の手を捉え、イーライ神官はふっと口元を綻ばせた。
まるで小さな子供に言い聞かせるように、イーライ神官は優しく口にする。
「言わなければ伝わらないのだと分かっているつもりでしたが……伝わるととても幸せな気持ちになると知りましたから」
あっと息を飲む。
「それは、その……私の気持ちが……」
あの挙動不審な様子から、知られてしまったのかと思うと急に恥ずかしくなってきた。それにどうせならきちんと伝えたかった、ような気がする……
「はい。だから今度は私の話を聞いて欲しいのです。あなたが私に話してくれたように。今度は私の話を聞いてくれませんか? あなたに私を知って欲しいのです」
穏やかなイーライ神官の表情に私は瞳を瞬いた。
「イーライ神官のお話?」
そう口にして、私はこくりと頷いた。
だって知りたい。聞かせて欲しい。
イーライ神官の半生なら、見たい、触れたいと思った。
そんな私にイーライ神官は、ふふっと笑みを零した。
「そうですね、どこから話しましょうか……?」
26
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
転生令嬢は腹黒夫から逃げだしたい!
野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
華奢で幼さの残る容姿をした公爵令嬢エルトリーゼは
ある日この国の王子アヴェルスの妻になることになる。
しかし彼女は転生者、しかも前世は事故死。
前世の恋人と花火大会に行こうと約束した日に死んだ彼女は
なんとかして前世の約束を果たしたい
ついでに腹黒で性悪な夫から逃げだしたい
その一心で……?
◇
感想への返信などは行いません。すみません。
サバ読み令嬢の厄介な婚約〜それでも学園生活を謳歌します!〜
本見りん
恋愛
療養中の体の弱い伯爵令嬢と、4つ年上の庶子の姉。
シルビア マイザー伯爵令嬢は生まれつき体が弱かった。そんな彼女には婚約者がおり、もうすぐ学園にも通う予定だったが……まさかの駆け落ち。
侯爵家との政略結婚を断れない伯爵家。それまで病弱で顔の知られていなかった妹の代わりに隠された庶子の姉フィーネがその身代わりになり学園に通うことに……。
まさかの4歳もサバを読んで。
───王立学園での昼下がり、昼食の後お喋りに花を咲かせる令嬢たち。
「───シルビア様は、本当に大人びて……いえ、……落ち着いていらっしゃるわねぇ」
「ま、まあ……。そうですかしら? うふふ?」
……そりゃ、そうですわよね。
だって本当は私、貴女方より4歳も年上なんですもの……!
今日もフィーネは儚げな笑顔(演技)で疑惑を躱しつつ、学園生活を楽しむ。しかしそんな彼女の婚約者は……。
サバ読み令嬢の、厄介な婚約の物語
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる