【完結】出戻り令嬢の奮闘と一途な再婚

藍生蕗

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18. レキシー

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 恵まれて、与えられて。幸せに育ったその立場には運もあっただろう。
 けれど見たくなかった。全て運が悪いからだと、だから自分は得られないのだと。そんな現実に打ちのめされて膝を突くのも嫌だった。
 
 元夫のウィリアムは、そんな私に声を掛けてきた。
 貴族らしからぬ価値観を持っているようで。結局は貴族だった、そんな人。

 彼には平民の幼馴染がいた。元々貴族だったけれど、親が破産して、彼女は平民として生きていかなくてはならなくなったのだそうだ。

 けれど元貴族が平民として生きていくのに、世間は甘くない。ウィリアムは儚い彼女を見かね、手を差し伸べずにはいられなかった。

 しかし彼女は平民。元貴族とは言え、結ばれたいと望んでも彼の両親の許しは降りなかった。だから、

 彼女を守り、添い遂げる為に私に仮初の妻になって欲しいとは、彼の意向だった。
『あなたも没落間際なら彼女の気持ちが分かるでしょう。勿論お話をお受け頂ければ支度金もお支払いします。きっとお互いに良い取引となるでしょう』
 
 当然エルタは反対した。
 もっと良い縁を結ぶのだと、諦めないで欲しいとは、彼女の望みだったけれど。
 ……私は、私なりに結婚相手を探す努力をしてきた。けれど望むような結果が得られず、私と縁付きたいと思う者はどこにもいなかった。

 名前だけが立派な旧貴族の娘。長子であるが、その相続権は父が既に親類に売り渡してしまっており、かの家の令息が成人すれば、我が家はブライアンゼ家の分家扱いとなる。かろうじて領地に住む事が許され、幾ばくかの収入を得られるだけの没落貴族。
 そんな家の娘にどこの物好きが好んで声を掛けるだろう。

 せめて美しければと、妹の綺麗な色彩を羨んだのは仕方がない事だと思う。私が躍起になって結婚相手を探している間、両親は現実から目を背けるようにビビアを可愛がる事に夢中で……不満を覚えるのもまた、当然だった。

 そんな中で見つかった結婚相手に、私は自分の価値などこんなものなのだと諦めたのだ。

 背に腹は代えられ無かった事もある。
 二十歳になるまでに結婚出来なかったら、遠縁を頼り見つけた相手の、三人目の後妻にならなければならなかったから。
 当時、両親が用意できる私への縁談はそれしか無かったのだ。

 老人の後妻か、恋人のいる男との結婚か……
 貧乏貴族らしい結婚先に悩む中、両親は私が後妻に収まるのを楽しみにしていた。お金を貰える約束でもあったのだろう。そうして家族で幸せに暮らす算段でもつけていたのか。
 結局両親への反発心から、私はウィリアムを選んだのだ。

 後から考えれば、後妻の方がすぐに死別となるのでは、なんて不謹慎な事を思ったりしたけれど。
 結局ウィリアムの方が先立ってしまったのは何の因果だったのだろう。

 ……彼は確かにいい人だった。その幼馴染にとって。
 けれど、歪な家族関係を築く為には、結局犠牲者が必要だった。それが私というだけだ。

 愛の無い結婚生活を過ごしながら、そんなもの今までも誰からも与えられなかったじゃないかと、何とか自分を奮い立たせ、立ち振る舞ってきた。

 そうしてまた壁にぶち当たる。
 愛などなくても、相手に恋人がいても……子供を産まなくてはいけないのかと、打ちのめされた。

 
『跡取りは君が産まなきゃならないだろう』
 その言葉にどれほどの絶望を感じたか。
『でも……でもウィリアム様は、ナリア様の子を私が産んだ事にすると仰っていました……』
『君とナリアじゃ容姿が全然違う。いいか、これは妻の義務だ。断る事は許さない』
『そんな……』

 ……ずっと放っておいて欲しかった。
 愛なんていらないから、家の中の事なら何でもやるから……
 結婚当初、妻にも家族にもなれない関係が辛かった時間は確かにあった。けれど今はもう、それすらない。あなたとの子供なんて欲しくない。それなのに……

 ウィリアムの顔が初めて醜悪に歪んで見えた。
 結婚後三年経ってから行われた初夜は恐ろしく、私は気を失い、混濁した意識の中、数日間寝込んだ。

 ……歪んだ笑み、獣のような息遣い。
 けれど気を失う直前、額に受けられた口付けだけが優しく私の記憶に残っている。それでも、

 欲しいと望めなかった。
 そしてそんな精神状態だったから産めなかったのだと思うと、小さな命に申し訳なくて、悲しくて。でもやっぱり受け入れられなくて……

 いつまでもぐずくずと泣く私をウィリアムは鬱陶しがっていたっけ。
 だから泣く場所も、弱音を吐く場所も、私には一つしか無かった。

 子供を産めなかった時に一度だけ。あの人は恐る恐る手を伸ばして、私の頭を撫でてくれた。温かい手が胸に染みて、私は余計に泣いてしまったので、その人は慌ててしまって。
 その様子を見て、ほんの少しだけ笑えた……

 そういえばいつも気張っていた私が、ほっと笑えたのは、あの場所が初めてだったかもしれない。
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