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21. イーライ②

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「結婚式を挙げてくれませんか」

 着いた先の町は、そこそこ大きく活気があった。
 成る程そんな行事も頻繁に起きるだろう。

 着任当初ならいざ知らず、今なら神職の仕事で分からない事はほぼ無い。
 村でも結婚式を挙げた事はあるが、一生に一度の新郎新婦より、自分の方が緊張していた自信がある。

 あの時はどうすればいいのかと、どこかに手順書なぞないかと小さな神殿の書物を片っ端から漁って回った。最終的には王都から冊子を送ってもらったが。

「結婚式ですか」
 まあ結局どこの世界もそうなのだと。にこやかに笑えば大抵の事は乗り切れると学んだ。
 加えてこの顔立ちは人を惹きつけるらしく、話を都合よく纏めやすい。

「ええ……妻と、家族だけで挙げたいのです」
「……」
 多くを言わずとも察してしまう。訳ありだ。
 改めて目の前の青年に目を向ければ、白いシャツに黒のトラウザーズは、良質な素材で出来ている。加えて姿勢や立ち振る舞いも洗練されており、貴族かそれに準ずる者だと窺えた。

(事情を聞かずに引き受けてもいいものか……)
 
 しかしどうやら既に花嫁の準備は済んでいるらしく、何となく断り辛い。駆け込みという奴だ。
「結婚証明書はいりません、ただ私たちは神の前で誓いを立てたいだけなのです!」

 熱心に頼み込む青年にイーライは白旗を上げた。準備を終えた新婦とベールを持つ母親らしき人物が礼拝堂に入ってきた為だ。

 まあいいか。と、イーライは挙式の真似事をし、言葉だけで二人を祝福する。
 幸せそうに寄り添う新郎新婦と、目を潤ませる母娘を見て、イーライもまた満足した。
 
 ◇

 けれどそれから三ヵ月後、同じ顔をした新郎が、違う新婦を連れて再び挙式を挙げる場に居合わせた。
 一族総出の祝いの場で、新郎の顔は作り笑いだとすぐに分かる。
 ──あの時の輝くような笑顔とは打って変わっていたから。
 新婦もまた、薄らと口元に刷いた笑みとは違い、瞳には翳りがあった。

(何だ……)

 嫌な予感が胸に迫る。
 自分がしでかした事に、胸が潰れそうな焦燥感を覚えた。


「どういう事か、ご説明頂きたい!」
 神職の役得というやつか、披露宴から新郎を無理やり引っ張り出す事は容易に出来た。
 責めるような眼差しを向ければ、新郎はどこか不貞腐れたように口を閉ざしたままだ。
 勧められた酒をそこそこ飲んだのだろう。赤みを帯びた目元を揺らし、彼──ウィリアムはイーライの憤りを一笑した。

「来たばかりの司祭様なら、分からないと思ったんだよ!」
 耐えられないとばかりに吹き出すウィリアムに、イーライは一瞬飲まれた。
「うちの領地じゃの事は皆知ってるからね……前の司祭様は難色を示してたんだけど、彼女が……ナリアが、どうしてもウエディングドレスを着たいと言うから……」
「……」

 大事な相手を思って頬を染めるその姿が醜悪に見えるのは何故だろう。勝手に巻き込まれた事に憤りを感じているからか。けれど訳ありと気づきながら確認もせず、流されたのは自分だ。
 本来なら、まあ仕方がないと上手くやり過ごしていただろう……だけど、

「……今の奥様は、ご存知なのですね」
 溢れる言葉に新婦の姿が頭を掠め、胸がじくりと傷んだ。
「知っている、だから問題ない」
 ひらひらと手を振るその様子にぴくりと顳顬こめかみが反応した。
「彼女は僕たちを祝福する為だけにこの場にいる」
「……」

 ひっそりと佇む新婦が浮かび上がる。彼女は笑っていた……とても寂しそうに。大勢に囲まれて祝福の言葉を受けながら、それが自分のものではないと知っていたのだ。

「……っ」
 ぐわんと、頭が鳴った。
 自分は何も考えず、目の前の男と愛人の挙式に応じてしまった。
 寂しげに揺れる新婦の瞳が何かをイーライの胸に訴える。

「あなたも貴族ならば分かるでしょう、結婚はお互いの利を得る為の取引です」
「……けれど、それは心を弄ぶ契約であってはなりません」
 唸るように告げればウィリアムは僅かに目を見開いた。
「他者を利用する為に詭弁を使い、相手の弱みを突いているだけではないですか。こんな事をして、一体彼女にどんな利があるというのです」

「……少なくとも老人の三人目の嫁になる事はありませんでしたよ」
 にやりと笑う新郎にイーライは開きかけた口を閉じた。
「良縁でしょう? そもそも愛人なんて貴族なら公然としたものだ。嫁ぐ前から話している僕の誠実さを彼女も買ったのですよ」

 ぐっと握った拳でこいつの頭を打ち付けたい。
 こんな奴の口車にあっさり乗った自分が許せない。
 必死に奥歯を噛み締めていると、ウィリアムはふっと息を吐き、撫でるように語った。

「僕たちの幸せの邪魔をしないで下さい。あなたもこの地に当面留まるのですから、仲良くしましょう。きっとも喜びますから」

 いやらしく響く声に耐えきれず、反射的に足を踏み出しそうになった時、涼やかな声が耳に届いた。

「ウィリアム様」

 思わずはっと息を飲む。
 誓いの場でもその声を聞いた筈なのに、あの時は目の前の異様な光景に動揺が走ったせいで、次第を追うのがやっとだったのだと、そう思っていた。
 だから、

「どうしたレキシー?」
 親しげに声を掛ける新郎に掴みかかりたい衝動を知り、気付いた。自分は、ただ聞きたく無かったのだと。二人が夫婦の名で呼び合う様に耳を塞ぎたかったのだと。たった今、気が付いた。

「私はもう退席します。後はどうぞごゆっくりお過ごし下さい」
「そうか、君もお疲れ様。僕は今日は戻らないから、夜はゆっくり過ごしなさい」

 その言葉にレキシーと呼ばれた女性は、ちらりとこちらに視線を送った。どきりと跳ねる胸は、きっと罪悪感からだ。身を竦ませるイーライにウィリアムは楽しげに口にする。

「司祭様は僕たちの事情をご存知だ。君も何か困った事があれば彼を頼ればいい」
 ウィリアムに視線を戻し、夫人はそうなんですかと口にする。じっとこちらの様子を窺ってから、レキシーと呼ばれた人は口元を綻ばせた。
「……分かりました。よろしくお願いします、司祭様」

 こちらの気も知らないで……
 イーライは戸惑いながら目礼を返し、けれどすぐにそれを逸らした。
 取り繕う事は得意だ。
 笑って済ませば大概は事なきを得る。
 なのに、何故と。
 そう思ってから己の心を知るまで、然程時間は掛からなかった。

 眩しそうに目を細めるレキシーに、最初に目を奪われた時だった。
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