22 / 35
22. 黄昏時②
しおりを挟む「それから直ぐにレキシーの事を調べました」
労るように背中に当てた手を滑らせ、イーライ神官は話を続けた。
罪悪感、か……
「そんなものを抱えてらっしゃったのですね……」
申し訳ない気持ちに駆られ、胸に手を置いて項垂れた。
ウィリアムが人の心につけ入る事を平気でやってのけるとは知っていたが、神職にすらそうだとは。何て恐れ知らずな。
思わず項垂れれば、イーライ神官がその頭を優しく撫でた。
「……今私は、あなたが私の話をきちんと理解してくれているのか非常に不安に思っていますが。取り敢えず話を進めると、私はこの十年あなたを見てきたんです。あなたを支えたいと、甘やかしてあげたいと思っていました」
「……え」
私は思わずイーライ神官を振り仰いだ。
──ウィリアムの牽制を、イーライもまた利用していた。
神職という肩書きに、領主の婚儀を行った事を理由にドリート家に近づいて。レキシーを屋敷から出られるよう取り計らってきたのだ。
だから、レキシーの事はよく知っている。
「慣れない地でたった一人、領地に馴染もうと奮闘してましたね。乗り気じゃなかった婚家のご両親との関係改善にも一生懸命取り組んでました。……得られないものに縋る事なく、何かを見出そうと奔走するあなたを見て、私はずっと勇気を貰っていました」
「……あんな、姿を?」
滑稽だと笑った妹に対し、怒りと同意の感情が沸いた。抗えず、反論すら出来ない自分に憤りしか感じていなかったのに……
「あなたは──」
そんな私の様子を見たイーライ神官は、握っていた私の手に恭しく唇を落とした。
「ずっと、あなたが好きでした」
──それを努力だと認めてくれるのか。
労ってくれるのかと、そう思うだけで、ビビアの時とは違う涙が零れ落ちる。
「ありがとうございます……私、なんかにっ」
「こら、そんな言い方は止めて下さい。私はあなただからそう思ったのですから」
ゆっくり背中を撫でていた手を回し、イーライ神官は私の身体を抱き寄せた。温かい胸に頬が当たり、ふっと力が抜ける。
「自分で全てを担おうとするのは、あなたの性分なんでしょうかね。ご家族の事も、本当は私が何とかしたかったのに……」
「いいえ、だってそれは我が家の事なんですから」
「それ以前にあなたは私のものだと言っているんですよ」
相変わらず柔和な笑顔で、飛び出す台詞は何だか不穏だ。
「な、何故……?」
「……」
赤くなった私の頭を無言でよしよしと撫で、イーライ神官は私を再びベッドに横たえた。
「誓いを……いえ。まだ顔色がよくありませんね、もう少し休んで下さい。落ち着いたら部屋を移動しましょう。急だったもので客間しか用意できずにすみません」
見下ろすイーライ神官に緊張しつつ、気になっていた事を口にする。
「あの、そういえば、ここはどちらでしょう?」
「ラッセラード家のタウンハウスです。私はまだ神殿住まいなので……ああ、先程エルタとマリーも着きましたよ。お気に入りの侍女でしょう? 後で来させますが、今はゆっくり休んでくださいね」
眩く笑うイーライ神官に私はこくこくと頷いた。
……落ち着くどころか、動転してばかりいるような気がするけれど。
イーライ神官の話を思い返せば、どんどん頬が熱くなっきてしまう。また気が遠くなりそうなので、私は手の甲で視界を覆い、かろうじて、ありがとうございますと口にした。
「それでは後で」
ふっと額に感じる柔らかさに驚いていると、目を細めたイーライ神官と視線がかち合う。
はわわと顔を赤らめる私に、してやったりと口端を吊り上げ、彼はそのまま退室していった。
そこではたと目を瞬かせる。
「あれ……?」
どこか既視感のようなものが頭を掠めたが、思い出せない。まあ今のこの、茹だった頭では仕方がないとも思うけれど……
思わず額を抑えるが、イーライ神官とそんな記憶は無い。ある筈もない。
私は布団を被り、羞恥をやり過ごした。
15
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
団長様、再婚しましょう!~お転婆聖女の無茶苦茶な求婚~
甘寧
恋愛
主人公であるシャルルは、聖女らしからぬ言動を取っては側仕えを困らせていた。
そんなシャルルも、年頃の女性らしく好意を寄せる男性がいる。それが、冷酷無情で他人を寄せ付けない威圧感のある騎士団長のレオナード。
「大人の余裕が素敵」
彼にそんな事を言うのはシャルルだけ。
実は、そんな彼にはリオネルと言う一人息子がいる。だが、彼に妻がいた事を知る者も子供がいたと知る者もいなかった。そんな出生不明のリオネルだが、レオナードの事を父と尊敬し、彼に近付く令嬢は片っ端から潰していくほどのファザコンに育っていた。
ある日、街で攫われそうになったリオネルをシャルルが助けると、リオネルのシャルルを見る目が変わっていき、レオナードとの距離も縮まり始めた。
そんな折、リオネルの母だと言う者が現れ、波乱の予感が……
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?
崖っぷち令嬢の生き残り術
甘寧
恋愛
「婚約破棄ですか…構いませんよ?子種だけ頂けたらね」
主人公であるリディアは両親亡き後、子爵家当主としてある日、いわく付きの土地を引き継いだ。
その土地に住まう精霊、レウルェに契約という名の呪いをかけられ、三年の内に子供を成さねばならなくなった。
ある満月の夜、契約印の力で発情状態のリディアの前に、不審な男が飛び込んできた。背に腹はかえられないと、リディアは目の前の男に縋りついた。
知らぬ男と一夜を共にしたが、反省はしても後悔はない。
清々しい気持ちで朝を迎えたリディアだったが……契約印が消えてない!?
困惑するリディア。更に困惑する事態が訪れて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる