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25. なんか来た
しおりを挟む「それは良かったですねとしか……弱ってる今がチャンスでしょうに。さっさと押し切ってものにしてしまったらどうですか。叔父上の遠回しなやり口は焦れったくて仕方ありません」
「……」
淡々と告げる甥に、今迄込み上げていた思いが鳴りを潜めた。
こいつは本当に十七歳だろうか。自分が十代の時はもっと健全だった。
ふと、フェンリーと婚約者になったアリーゼ嬢が頭を掠める。
「お前、アリーゼ嬢の事はどう思っているんだ? ビビア嬢の時と態度がさっぱり違うが……」
それを聞くとフェンリーは面白くないとばかりに口をへの字に曲げた。
「心外ですね、俺が叔父上の為にアリーゼに尽くしているように見えますか? 確かに叔父上のように何年も懸想してきた訳ではありませんが、その分これからの時間を深く共有していきたいと、彼女に対してはそう望んでいます」
まるでそうでなければ婚約なんてしない、と言わんばかりの態度である。前の婚約者への対応との違いを指摘したくもあるが、事の発端である自分には言いづらい。
「……成る程?」
結局こんな言葉で誤魔化す事しかできない。
まあ、ビビア嬢と築けなかったものがあったからこそ、アリーゼ嬢に見出したものが光り輝いているのかもしれない。とか、前向きな解釈で良心の咎めを和らげるのも、心の平穏を保つ秘訣だろう。
アリーゼ嬢は今後こいつの捻りの入った重たい愛情を、あの細っこい身体で受け止める事になるのかと思えば気の毒ではあるが……
いやフェンリーはきっと一途で愛情深いので大丈夫だろう。
嫉妬深くてねちっこい欠点などものともしない筈だ。
「そんな胡散臭い目で見られる筋合いはありません。叔父上だって本当は負債免除の条件として、レキシー様に結婚をつきつけるつもりだったくせに」
「なっ、人聞きの悪い言い方をするな! 『結婚を申し込む』つもりだったんだ!」
「言い方を変えただけだと思いますけどね」
「……」
あっさりと言ってのける甥に、はあっと息を吐く。
こいつに口で敵う気がしない。
これだから貴族はと頭をがしがしと掻いた。
「まあお前にも面倒を掛けたな。ビビア嬢との縁は薄かっただろうが、婚約者だった事には変わりない。すまなかった」
それを言うとフェンリーは大きく目を見開いた後、盛大に吹き出した。
「やめてくださいよ! 僕があんな女に未練があるみたいじゃ無いですか! 言ったでしょう? 会って名乗ったのに俺が誰かも分からなかったんですよ。
ついでに言うなら月に一度の手紙のやりとりですら、その内容から読み取れるものはあるものです。
無教養、見栄っ張り、傲慢、僕への手紙に、どこぞの令息から囁かれた愛の言葉まで綴ってきたのですよ? ふしだらで身持ちも悪い。流石の僕も叔父上の頼みとは言え、考えを改めたくなりましたから」
「そ、そうか。それはすまなかったな……」
「ええ、だから、叔父上にはちゃんと幸せになってもらわないと僕が納得出来ないんですよ。しっかりして下さいね? 僕に横槍を入れられるなんて、叔父上だって嫌でしょう?」
「……そ、そうだな」
凄い脅迫を受けた気がする。
フェンリーはビビア嬢に求婚に行った際、断られる確信があったらしい。何でも少し前、彼女の友人の令嬢が、妙齢の女性の羨望を集める、エレント公爵の嫡男と婚約を発表したのだとか。
その令息──クリフォード様にはビビア嬢もご執心だったらしく、手紙にも名前が度々出ていたのだそうだ。だからフェンリーは自分が会いに行ったところで、一蹴されると踏み、決行したというのだから凄い胆力だ。
「ん?」
「──何だ?」
違和感にふと振り返る。屋敷内に緊張が走った気がする。
しゃがみこんでいた身を起こし、ざわめきに神経を澄ませた。
「……そういえば馬の嘶きが聞こえたような気がします」
ふと表情を消しフェンリーが呟いた。
「誰か来たのか?」
思い当たる人物はいるものの、あまり会いたいとは思えない。
「ねえちょっと! だから私はフェンリー様の婚約者なんだってば!」
玄関の方から聞こえる声は、ついさっき覚えた二度と聞きたく無い声である。
礼儀という言葉を知らないのだろうか。
「何しに来たんでしょうかね?」
「全くだ」
チッと舌打ちをして騒ぎの方に足を向ける。
きっちりと引導を渡されないと、その錆びついた頭には何も響かないのだろうか。
忌々しげに歯噛みする自分を他所に、何故かフェンリーが楽しそうな事には納得がいかなかった。
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