【完結】出戻り令嬢の奮闘と一途な再婚

藍生蕗

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24. 黄昏時④

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『ウィリアムを嵌める。……レキシーにも、そう勘違いしてもらう』

 マリーは自分がドリート家に入れたメイドであったけれど、エルタはレキシーの乳母で、母のような存在であると聞いている。だからこそ説得にも時間が掛かった。

 けれど自分と接するレキシーの様子や、彼女自身の口から出る自分への印象は悪いものでは無かったようで。最終的にはレキシーを守るのだと同意してくれた。

「──私はあなたではなくレキシーお嬢様を主人と思っています。だから、これが将来お嬢様を傷付けずにいるというのなら、必ずレキシーお嬢様を幸せにして下さると、そう約束して下さい! そうでなくては……これだってむごいでしょう……子供を亡くしたと思わせるなんて……」

 肩を震わせるエルタに跪き、必ず迎えに来る事、幸せにする事を誓った。
「だから今はどうか、信じて下さい……」
 そうして、ぐずぐずと鼻を鳴らすエルタは震える手で薬を受け取り、レキシーの飲み物に薬を混ぜた。

 閨の恐怖でがちがちに固まったレキシーに、落ち着くようにとエルタがお茶を淹れ、意識を混濁させる薬を盛る。そのままレキシーには数日間寝込んで貰った。
 ウィリアムの方は酒と媚薬を与え、レキシーに似た娼婦で満足させた。
 ウィリアムにレキシーを手に入れたと勘違いさせるのは非常に不本意だったが……

 一つ屋根の下で暮らすのに、盛ったウィリアムを躱すのは容易ではない。タイミングが難しかったが、レキシーには暫く病に伏せって貰い、その間に月のものを遅らせる薬を飲ませた。
 それから主治医を買収し、懐妊の知らせをさせた後……ほどなくして流産と伝えさせた。

 思った通り、泣き濡れる女にうんざりしたウィリアムはレキシーに手を出すのを止めた。
 こいつの事を殺してやりたいと思ったが、レキシーにこんな思いをさせる自分も、いっそ死んでしまいたいと思う気持ちが込み上げた。

 これが正しい事かも分からない。
 真実を知った時、自分の手を払い退けレキシーが怒りを見せる姿が目に浮かぶ。
 だけど一縷いちるの望みに縋ってしまったのだ。

 もしレキシーが自分を許し共に歩くと決めた時、ウィリアムとの事を後ろめたいと思って欲しく無かった。そんな思いは自分だけが背負いたい。

 仮にこれが枷となってレキシーを縛るとしたら、生涯を懸けて罪を償うからと、いくらでも誓えた。

 ──それに、
 確かに一方的なものであったけれど。
 けれど、あの夜レキシーと誓いの口付けを行ったのは自分だ。
 婚儀でウィリアムとレキシーは誓わなかった。
 だから自分がレキシーが初夜として臨んだこの場で。永遠と、必ずここから連れ出す事を誓った。
 

 結局ウィリアムは再びナリアの元へ通い出したが、彼女の相手をするのが次第に面倒になってきたらしい。助けられた恩義も感じずに、不平不満ばかりを口にする女。
 暫く捨ておいたようだが、ナリアが屋敷に子供を抱えて乗り込んできた事で、逃げきれないと渋々関係を続ける事になった。

 元が幼馴染だったから、ナリアの顔を知る者は屋敷に多かった。結果両親にもばれ、怒られたものの、子は婚外子として認知される事となった。けれどナリアはそれが益々気に入らない。

 子供の頃は可愛がってくれた人たちだ。
 それなのに何故自分を認めないのか、急に他所から来た女が夫人の座に収まり、自分を見下ろしてくる。聞くところによると、彼女は彼に愛されるようになったらしい。
 ──このままでは子供だって、いつか出来るかもしれない。

 嘘つき。
 ずっと愛するって言ったくせに──

 ナリアの憎悪はウィリアムに向かった。少しずつ毒を盛り、自分の子を後継者に据えようと目論んだのだ。
 そうして身体が弱ったウィリアムは時間を掛けて儚くなっていった。

 イーライは屋敷にマリーたちからウィリアムの病状を聞き、詳細も手にしていたが、放置していた。
 やがてウィリアムが死に、自分の子供の将来を期待していたナリアは憲兵に捕まった。

 平民が貴族を害せば、斬首か絞首刑と決まっているのを知らないのか。ナリアは自分は貴族だと訴えていたが、貴族だとしても、同じ貴族を殺害したのなら有罪である。いずれにしても裁きは下る。

(馬鹿な女だ……)

 ドリート家の顛末を聞いた後、マリーが申し訳なさそうに口にした、「レキシーが家から追い出された」という報告を受け取ったイーライは、神殿のあらゆる権力を使い、かの家を追い詰めた。

 神職である自分を謀り、結婚を詐称した事。
 領民からの税を愛人に注ぎ込んでいた事。
 醜聞を隠蔽し、腐敗させる体制。

 女神セセラナの不興を買うに充分。加えて貴族として領民の手本となるべき心構えからはほど遠く、彼らの信頼は著しく低下しており、その本質は疑わしい。国家の恥と考える。とまで書き連ね、王都にある神殿本部に報告した。

 十年の神殿への献身と、自身が登り続けてきた階級が物を言いイーライの報告は王家にも届いた。そして宰相主導による調査が進み、ドリート家は没落寸前まで追い込まれる事となったのだ。

 当主の不在の混乱から家政も乱れ、人心が離れると、あっという間に財政は逼迫ひっぱくしていく。
 築くのは難しいが崩壊は呆気ないのはどれも似たようなものだ。
 ……ここから建て直しが図れるならば、それはさぞ見ものだろうと、イーライは意地悪く笑ってやった。
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