【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

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3. どうやら観光は続行するようです

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「実はその。靴を、壊してしまったので……」
「はあ?」
「……」
 仕方なしに足を持ち上げて、その場に靴底だけ残る無残な姿を示した。
「……はあっ?」

 同じ反応を二度されたので、こちらも同じ事を二度してみる。さっきとは左右を逆にして。

「ちょっ……待てあんた、何やのそれ? 言えやって、そんなん……まあ、そうか。うん……流石に俺も予備の靴は持ち歩いてはいないけど……」

 そう言って男の人は口元を覆い屈み込んだ。何となく震えて見えるのは気のせいだと思いたい。
(ああ、恥ずかしい……)

 史織の足を凝視するその姿に羞恥が込み上げる。
「あの、それで恥ずかしくて……すみません、言えなくて……」
 視線を逸らしつつ、何とか口にする史織の言葉を全て聞く前に、男性はくるりと後ろを向いた。

「……そっか、ほな」
 そうして彼はそのまま史織に背を差し出してきた。
「……?」
「おぶってやる。乗り」
「……! や、それはちょっと!」

「いーから乗れゆうてる、知り合いが近くにいるから履物くらい何とかなるやろ」
「えっ、あ……」
「ほらっ、この体制は疲れる。はよ乗れって」
「うう……はい。ありがとうございます」
 言われるままに肩に手を掛けて、体重を乗せた。

「重っ」
「ごごごめんなさい……」
 とは言えズボンで良かった。内心でホッと息を吐く。
「すぐそこのホテルや」
 けれどその言葉にびくりと反応してしまう。
「……連れ込もうだなんて思っとらんから安心せえ」
 見透かされたような冷ややかな空気に史織は羞恥で縮こまった。
「……ごめんなさい」

 背中に乗ってゆらゆら揺られ。通りにある大きなホテルに入るとフロントから人が出てきた。
「葵さん」
 男性が史織をソファに下ろしていると、落ち着いた風貌のコンシェルジュが声を掛けてくる。

「あのさ、こいつに何か履くもの用意してやってくれん? それからタクシーの手配」
「畏まりました」
 一つも淀む事なく綺麗な礼を返し、立ち去るコンシェルジュを目で追ってから。史織は葵と呼ばれた男性を振り返った。

「あの、本当にありがとうございました」
「礼なんていらん。……あんた観光客やろ。こっちは地元民なんやから当然や」

 史織はきっとそんな様子だったのだろう。だから彼は声を掛けてくれたのだ。
 それに、注意深く観察してみると、ふいと目を逸らす仕草といい、つっけんどんな物言いといい……実は好んでそうしているようには見えない。
 立ち往生して困った様子の観光客を放っておけないと思ったのではなかろうか。

(良かった、優しい人みたい……)
 そんな葵に人の良さを感じ、史織はふっと息を漏らした。

「いえ、ありがとうございます。親切に対応して頂いたお陰で、旅の良い思い出になりましたから」
 にこりと告げれば、少しだけ意外そうな顔を返された。
「タクシーのご用意ができました」

「あ、ありがとうございます」
 何か言おうと口を開きかけた葵が再び口を閉じる。
 コンシェルジュが用意した履き物を借り、史織は彼にもお礼を言った。……申し訳ないが古い靴の処分はお願いしてしまう。
「ありがとうございます、履き物は明日返しに来ますので」
「ええ。いつでも大丈夫ですから、災難でしたね」

「いえ……」
 コンシェルジュは曖昧に笑う史織をタクシーの元まで案内してくれた。むすりと押し黙ったままの葵も後をついてくる。

 普段ならタクシーは大袈裟な気がするが。知らない街を夜に一人でそぞろ歩くのは、今はご遠慮したい。

「……ライトアップでも見に来たん?」
 タクシーに乗り込んだどころで、葵がドアに手を掛けた。
「え? ……はい。折角京都に来たので、行ってみたかったのですが……」

 残念ながら明日には東京へ帰る予定だ。旅行の予定は二泊三日。初日は疲れてしまい、夜出掛ける元気が無かったから、ライトアップは今日しか行かれなかった。でももうそれはまた、来年にでもくればいい。

 旅行は楽しかった。まだまだ見られなかった場所もあるし、今回はここら辺でまた次回に持ち越そう。
 そんな思いを込めて見上げれば、葵はタクシーのドアを引いて車の中にその身を押し込んだ。
「──詰めて」
「えっ」
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