槇村焔

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9章

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「貴方が私に好きだと告げた日、直前まで貴方の身を案じて傍にいたのは、駿だったのよ。

貴方が傍にいたいと、いてくれとあの日約束したのは、私じゃないの。握っていた手は駿だったのよ」





弱っている時に、『もう大丈夫』と励ましてくれた温かな手。

離せないと…、ずっと求めていた手は、まりんではなく駿だった。

ずっと一緒にいると約束した相手は駿だった。

この手しかないと思っていた本当の相手は、ずっと身近にいて、俺を見守っていた。

自分が本当に約束した相手と告げず、遠くから俺の様子をずっと見守ってくれていたのだ。



ずっと俺の心を揺るがしていたのは、駿だったのだ。

俺はずっと握り閉めた手を間違えていた。





「駿が…」

「そうよ。駿なの。私ではなく…」



ーもう、大丈夫だよ。

ずっと一緒にいるよ。

もし、あの時の手が駿だったのだとしたら、あの言葉こそ、本当の駿の気持ちだったのではないだろうか。



ずっと一緒にいるという、あの約束こそ、駿の本心だったのではないか…。



俺は、ずっと勘違いし、大事なものを見落としていた。

あの日した約束も。

駿の気持ちも。





本当に大事なものは目に見えない大切なモノ。

心がポカポカするような、温もり。





 姿は違っても、あの時の温もりはずっと傍にあったのに。あの優しい暖かさはずっと傍にあって、俺を支え続けてくれたのに。

俺はずっと間違っていた。

間違って傷つけてばかりいた。



ずっと一緒にいるよ。

駿は約束を守ってくれていたのに。

破って勝手に傷ついて、遠回りをしていたのは俺だった。



真実に目をそらし、目隠しの恋をしいていたのは俺のせいだった







「貴方と駿がずっと一緒にいるっていうの、私聞いていたの。たまたま、お見舞いにきていて…。

あのときは男同士好きだなんて気持ち悪いって罵ったわ」

「そうか…」

「ひどい偏見だって思う?でも私もその時は子供だったし…。

私も色々な人に裏切られて傷ついていたの。だから言ってしまえば腹いせだった。

あの子、私が仁が男好きだと噂立てられてもいいの?って脅したら、必死になっていったの。



貴方の傍にもうよらないから、貴方を傷つけないで…って。」

「駿が…」

「ええ。貴方が、ただでさえお母さんのことで参っているから…って。

自分をどう言おうとあんたの勝手だけど、仁さんを傷つけるな…って。

普段なにしても私に対して無関心だった駿が、その時久しぶりに私に噛みついたのよ。普段は誰に何を言われても動じない駿が…よ?」

「駿は結構感情豊かだと思うが…」



「あなたの前だけよ。貴方だけに駿は本気になるんだもの。私の前では無関心なのよ」

「……」

「意地悪な私は、駿に約束させた。

仁の傍に近寄らないで、代わりに私は仁を傷つけるようなまねはしないと…。



ずっとただ一人を真剣に思うあの子が憎かった。

それと同時に羨ましいと思ってた。



貴方を奪えば、あの子は貴方を嫌いになって絶望すると思っていたの。

約束を破って別の女に愛を囁く男を幻滅すると思った。

純粋なあの子が嫌いだった。

でも私が思うよりも、もっとずっとあのこは貴方を好きだったみたい…。

あの子はあなたの傍にいないときも、遠くからあなたを見ているようだった」



まりんが傍にいないとき、ふらりと駿が近づいてきたことがあった。

その時も、駿はまりんは俺のことを好きにはならないよ…と何度も忠告をいれていた。

まりんに恋をすれば己が傷つくだけだ…と。

その言葉を聞かず、まりんに惚れぬいて結局傷ついて自分を傷つけた俺。

その時、駿はどんな気持ちで俺を見ていたんだろうか。





「昔トラウマがあって、私あまり人を信じられないの。

いい大人に、騙されて怖いこと沢山あったから。

だから、貴方を好きになれば、駿のように純粋に人を好きになれるんだと思ってた」

「……」

「でも、私は私でしかなくて、駿にはなれなかった。

きっと、貴方も駿と私を勘違いしながらも、心のどこかでは気づいていたんじゃないかしら?あの日安らげた手が、私と付き合っていた時は休めない手だってことに…」

「それは…」





彼女と付き合った時はとにかく彼女を振り向かせたい一心で。心休まる時はほとんどなかった。

まるで、嵐のような恋だったと思う。

しかし、駿といると安心した。

あの約束をした時の手の主のように。

穏やかな波に抱かれているかのように、偽りでもない自分自身でいられた。



約束をしたのがまりんじゃなく駿だったのだとしたら、同じように感じて当然だった。

だって、同一人物なのだから。

手をつなぎ、感じたぬくもりは同じだったのだから。



目に映ったものを真実だと思い込み、本当の温もりに気付けなかった。

真実はもっとずっと傍にあったのに。

ずっと傍で俺を見守ってくれていたというのに。





「教えてくれてありがとう…」

「可笑しな人ね。

私はずっと貴方の本当に求めていた人を知っていたのに。

私は悪い魔女みたいな存在で、貴方と駿を遠ざけたのに」

「それでも、ありがとう。教えてくれて…。

あの手の本当の主を教えてくれて」





あの約束を長い間支えにしていた。

どうしてあの時約束したのにまりんは他の男に目移りするんだろうと、いつも切なく思っていた。

きっと、駿も同じように思っていただろう。



掴むべき手を間違えた俺を、切なく思いながらずっと傍にいてくれたんだろう。





真実を知った今、今度は掴むべきはずの手を間違えず握り閉める事ができる。

あの約束した日から、だいぶ経ってしまったけれど。もうあの手を離さない。

手に握り閉めたら、ずっと…-。



今度は俺が追いかける番だ。





「今から、駿を探しにいくよ…。

もう部屋でじっとはしてられない…」







今すぐ、駿を抱きしめたい。この部屋を出て、探して、捕まえて、今まで言えなかった言葉を伝えたかった。





「今度は逃げられないようにするよ。今度こそ…」

「そう…。あの子の傍にいるのね…。



ねぇ、仁。わかってる?

あの子が世間の目を怖がっていること。

あの子と一緒にいるということはそれをひっくるめて愛さないといけないのよ。

それができる?



あの子と一緒にいれば、必要以上に周りが咎め反対されるかもしれない。

けして幸せだけじゃないのよ。



それでも…」





まりんの問いかけに、微笑んで、しっかりと頷く。



「それでも、俺は愛してる。

誰に何を言われようと…後ろ指さされても、俺は駿が好きだとはっきりと言えるよ。



普通のありきたりな恋愛がしたいわけじゃない。愛している人をちゃんと愛せるような恋愛がしたいんだ。



自覚するのが遅すぎたけど、もう迷わずに自分の心を偽らずに言えるんだ…。駿を愛している、と…」





これからは、俺が駿を支えたい。

いや、支え合っていきたい。

お互いがお互いを思い合えるような、そんな(番)のような対になる存在でいたい。

離れる事なんてできない。

絶対に、もうあの温もりを離すことはできない。



誰に何を言われようと、駿がいなければ俺は幸せにはならない。俺の心の隙間のピースを埋めてくれるのはただ一人、駿だけだ。





「君と一緒にいけなかった海も、駿とならいくことができたんだ…。

海のさざ波を見て、心穏やかでいられる自分がいると気付いた。

その時、本当は気づくべきだった。

どんなつらい思い出も、塗り替えてしまえるほど大事な存在であったと…」





 海を見ると泣き出したい気持ちになってずっといくことができなかった。

俺たちを捨てた父親の思い出が蘇って海を見ることもできなかった。



海があんなに広くてきれいに澄んでいると知ったのも、あの日駿が隣にいてくれたからだ

った。

穏やかに凪いだ海を見つめていたら、父親への呪縛が解かれた気がした。



これからはあの海に何度も駿といきたかった。あの青い海を二人でみながら、ずっと俺の隣で楽しげに笑っていてほしかった。





きっと世間は俺が思うよりも厳しくて、それで辛いことも沢山あるかもしれない。辛くて逃げ出したいことも沢山出てくるかもしれない。

穏やかな波のような感情だけではいられないはずだ。時には嵐のように激しい気持ちに苛まれるかもしれない。



それでも駿には傍にいてほしかった。

隣で笑ってほしかった。

辛いことがあっても、きっと二人でなら乗り越えていけると思うから。



何度だって、二人で歩いていけると思うから。

何度傷つけあい、喧嘩をしても、握りしめたては離さないから。







「こんなに人を想える気持ちが自分の中にあることにびっくりだけど…、もう離せないんだ…離れていたくない…」

「そう…」

「だから、探しにいく…。駿を捕まえる為に…また一緒にいてもらうために…」



まだ、間に合うだろうか。

駿はまだ俺をゆるしてくれるだろうか。約束を破り、傷つけた俺を…。

許してくれなくても、どうか気持ちだけは伝えさせてはくれないだろうか。





まりんに別れをつげると、身支度もそのままにすぐに家を飛び出した。



駿に会いたい。

会いたくてたまらなかった。

一秒だって離れていたくなかった。



会って、謝って、キスをして、それから…。





駿がいきそうな場所、全て探した。駿といった居酒屋、駿といった映画館、駿といったショッピングモール。

仕事帰り、時間が許す限り駿を探す時間にあてた。



しかし、どこを探しても駿の姿はなく…。

アカリの灯ってない家に帰り、その度に落胆した。



しかし、落ち込んだままでもいられなかった。

駿がまたこの家に戻ってきたとき、まりんと別れたときのように酷い有様だとまた呆れられ、家から出ていってしまう。

仕事と駿を捜索する合間、自分なりに部屋がちらかぬよう、自分の事は自分でやってみた。

本当は出不精で、家事なんか得意じゃなかったが、それでも駿が帰ってきたときのことを考えれば、下手は下手なりにあたふたしながらやることができた。



部屋のベッドに置いてあったもう一つの写真立ても、まりんに渡した。



ただの写真立てだったのに、その写真立てを渡した瞬間にこの部屋からまりんが一片のかけらもなくなったような気がした。写真の中のまりんに見られていたような気分になっていたのだろうか。



まりんの思い出のないこの部屋を駿に見てほしかった。

俺も彼女の思い出を捨てられたんだぞ…って、少し偉そうに駿に言いたかった。

きっと駿はその偉そうにいう俺の言葉にクスクス笑うだろうな。笑ったあとに、ご褒美のようにキスをくれるだろう。
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