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さむい、寂しい、会いたい。
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「おかえりなさい、黒沢くん」
店のカウンターから、少年と同じバーテン服をきた人間が、菜月たちに声をかけた。
黒い髪をひとつに束ねた、ミステリアスな美人さんである。
漆黒の髪に、薄暗い店内でも目立つ白肌は、日本人にしては白すぎて、作り物のような整った顔立ちは生気を感じさせない。精巧にできた人形のようでもあった。
中性的なその容姿は、薄暗い店内では女にも男にも見え、すぐにどちらの性別か判断するのは難しかった。
そのどちらともつかない性別不明の容姿と、時間を止めたような店の雰囲気が、よりミステリアスな空気を漂わせた。
「あ、マスター。今戻りました。
あ、あとお客さんも確保しちゃいました」
「お客様…?黒沢君、まだお店は…」
「ああ、僕が直々に料理作りますから!
マスターはのんびりしていてくださいよ!」
「そんなこといって、またフライパン焦がして物体X作ってしまうんじゃないですか?
いいです、私が作りますから」
「やった…!マスター大好き!」
カウンターにいるのは、この店のマスターらしい。
菜月を店に招いた少年はまるで子犬のように元気で活発であったが、この店のマスターは年のわりに随分と落ち着いている。
「急いでなにか作りますね。黒沢君、お客様に席を…」
「ん~、カウンターでいいんじゃないですか?まだお客さんいないし。こっちの席なんて、どうです?」
そういい、少年…、黒沢君というらしい。
黒沢君は、菜月にカウンター席をすすめた。
菜月は言われるがまま、その席に座る。
店のマスターは、菜月が席についたことを確認すると、すまなそうな顔で、口を開いた。
「今日は黒沢君が、無理にお客様を誘ったんじゃないですか?
彼、よく開店前なのに呼び込みでお客様を捕まえちゃうんです。お時間は大丈夫でした?」
「僕はこの店の売り上げに貢献しているんですよ!
お昼はこの店、閑古鳥ないてますし!
それにお客様、具合悪そうだったし…」
「具合?ごきぶんでも悪いんですか?」
マスターは心配そうな顔で菜月の顔を覗く。
菜月は大丈夫です、とへらりと笑った。
「えっと…久しぶりに長く歩いたので、ちょっと具合悪くなっちゃったみたいで…。
服を着込みすぎだったのもいけなかったのかもしれません。酸欠みたいになってました…」
「そうですか。久しぶりに歩くと体力使いますもんね」
菜月の言葉に、マスターは穏やかな口調で返しながら、菜月の前にメニューを差し出した。
菜月はメニューを見ながら、何気ない会話を続ける。
「実は今日は、昔のバイト先に挨拶にいく予定だったんです。
ここから少し先の、【エネオリガソリンスタンド】なんですけど…」
「ああ。あそこですか。
あそこ、春は綺麗な桜並木になりますよね。
公園にいく傍ら、私もよく通りますよ」
「あ、じゃあ一度お見かけしてるかもしれませんね…!俺、あそこの花、見るの大好きで」
「綺麗ですよね、あそこの花。
桜だけでなく色々と植えられていて、春が待ち遠しくなりますよね」
マスターのその穏やかで柔らかな空気と、洒落た室内の空気に、酒も飲んでないのに自然と口が軽くなっていた。
他愛ない会話を続けても、マスターはきちんと聞いてくれて、反応してくれる。
その反応が心地よくて、ついつい会話が長引いていく。
マスターが出してくれた珈琲も、インスタントのものと比べて数倍滑らかで味もよかった。
少年黒沢君は、店の味を一度でも味わったら虜になるから…、といっていたが、それが過剰評価ではないくらい、舌触りがよく飲みごたえがあった。
気づけば、時間を忘れてマスターと黒沢君とお喋りを続け…ようやく席をたつころには時計は5時を回っていた。
古いアンティーク調の時計は沢山店内に飾られていたのに、ついついお喋りに夢中になり、時がたつのを忘れてしまったらしい。
「ごめんなさい…長居してしまって…」
「いえ…こちらこそ、とても楽しいお喋りをありがとうございました。とても楽しかったですよ。君みたいな若い子、なかなかお店にはきてくれませんから…」
そんな言葉を呟くマスターも、若そうな容姿であった。
見た目は20代にしか見えないのだが、実際はもっと年がいっているのだろうか。
そんな風に思い、菜月がじっとみやれば、
「私の顔になにかついてます?」
「いや、綺麗だなあ…って」
「ふふ。お世辞も上手いんですね。ありがとうございます」
「いえ…、お世辞ではなくほんとに。本当に綺麗ですから…!」
そう菜月が強く言い返せば、マスターは照れたように、もう一度菜月に礼を言う。
「それに、お世辞が上手いのはマスターですよ。
俺の話が楽しかったなんて。
俺の話なんて、ほとんどマイナス思考の自分の愚痴ばかりで…全然面白くもなく、退屈だったでしょ?」
「いえいえ。そんなことはないですよ」
「だって、俺の話なんて悩みだらけで、内容もなかったし…。
楽しませる内容でもないし。
いらっとしませんでしたか?」
話し下手を自覚しているからこその、菜月の言葉に
「大丈夫ですよ。卑屈な人間は、貴方が思うよりずっとたくさんいるんですよ。ただ、みんな上手に隠してうまく演じているだけなんです。
みんな誰でも幸せそうに見えて、実は幸せなふりをしているだけだったりするんですよ」
マスターはカウンターから少し身を乗り出して、にこりとほほえんでみせた。
店のカウンターから、少年と同じバーテン服をきた人間が、菜月たちに声をかけた。
黒い髪をひとつに束ねた、ミステリアスな美人さんである。
漆黒の髪に、薄暗い店内でも目立つ白肌は、日本人にしては白すぎて、作り物のような整った顔立ちは生気を感じさせない。精巧にできた人形のようでもあった。
中性的なその容姿は、薄暗い店内では女にも男にも見え、すぐにどちらの性別か判断するのは難しかった。
そのどちらともつかない性別不明の容姿と、時間を止めたような店の雰囲気が、よりミステリアスな空気を漂わせた。
「あ、マスター。今戻りました。
あ、あとお客さんも確保しちゃいました」
「お客様…?黒沢君、まだお店は…」
「ああ、僕が直々に料理作りますから!
マスターはのんびりしていてくださいよ!」
「そんなこといって、またフライパン焦がして物体X作ってしまうんじゃないですか?
いいです、私が作りますから」
「やった…!マスター大好き!」
カウンターにいるのは、この店のマスターらしい。
菜月を店に招いた少年はまるで子犬のように元気で活発であったが、この店のマスターは年のわりに随分と落ち着いている。
「急いでなにか作りますね。黒沢君、お客様に席を…」
「ん~、カウンターでいいんじゃないですか?まだお客さんいないし。こっちの席なんて、どうです?」
そういい、少年…、黒沢君というらしい。
黒沢君は、菜月にカウンター席をすすめた。
菜月は言われるがまま、その席に座る。
店のマスターは、菜月が席についたことを確認すると、すまなそうな顔で、口を開いた。
「今日は黒沢君が、無理にお客様を誘ったんじゃないですか?
彼、よく開店前なのに呼び込みでお客様を捕まえちゃうんです。お時間は大丈夫でした?」
「僕はこの店の売り上げに貢献しているんですよ!
お昼はこの店、閑古鳥ないてますし!
それにお客様、具合悪そうだったし…」
「具合?ごきぶんでも悪いんですか?」
マスターは心配そうな顔で菜月の顔を覗く。
菜月は大丈夫です、とへらりと笑った。
「えっと…久しぶりに長く歩いたので、ちょっと具合悪くなっちゃったみたいで…。
服を着込みすぎだったのもいけなかったのかもしれません。酸欠みたいになってました…」
「そうですか。久しぶりに歩くと体力使いますもんね」
菜月の言葉に、マスターは穏やかな口調で返しながら、菜月の前にメニューを差し出した。
菜月はメニューを見ながら、何気ない会話を続ける。
「実は今日は、昔のバイト先に挨拶にいく予定だったんです。
ここから少し先の、【エネオリガソリンスタンド】なんですけど…」
「ああ。あそこですか。
あそこ、春は綺麗な桜並木になりますよね。
公園にいく傍ら、私もよく通りますよ」
「あ、じゃあ一度お見かけしてるかもしれませんね…!俺、あそこの花、見るの大好きで」
「綺麗ですよね、あそこの花。
桜だけでなく色々と植えられていて、春が待ち遠しくなりますよね」
マスターのその穏やかで柔らかな空気と、洒落た室内の空気に、酒も飲んでないのに自然と口が軽くなっていた。
他愛ない会話を続けても、マスターはきちんと聞いてくれて、反応してくれる。
その反応が心地よくて、ついつい会話が長引いていく。
マスターが出してくれた珈琲も、インスタントのものと比べて数倍滑らかで味もよかった。
少年黒沢君は、店の味を一度でも味わったら虜になるから…、といっていたが、それが過剰評価ではないくらい、舌触りがよく飲みごたえがあった。
気づけば、時間を忘れてマスターと黒沢君とお喋りを続け…ようやく席をたつころには時計は5時を回っていた。
古いアンティーク調の時計は沢山店内に飾られていたのに、ついついお喋りに夢中になり、時がたつのを忘れてしまったらしい。
「ごめんなさい…長居してしまって…」
「いえ…こちらこそ、とても楽しいお喋りをありがとうございました。とても楽しかったですよ。君みたいな若い子、なかなかお店にはきてくれませんから…」
そんな言葉を呟くマスターも、若そうな容姿であった。
見た目は20代にしか見えないのだが、実際はもっと年がいっているのだろうか。
そんな風に思い、菜月がじっとみやれば、
「私の顔になにかついてます?」
「いや、綺麗だなあ…って」
「ふふ。お世辞も上手いんですね。ありがとうございます」
「いえ…、お世辞ではなくほんとに。本当に綺麗ですから…!」
そう菜月が強く言い返せば、マスターは照れたように、もう一度菜月に礼を言う。
「それに、お世辞が上手いのはマスターですよ。
俺の話が楽しかったなんて。
俺の話なんて、ほとんどマイナス思考の自分の愚痴ばかりで…全然面白くもなく、退屈だったでしょ?」
「いえいえ。そんなことはないですよ」
「だって、俺の話なんて悩みだらけで、内容もなかったし…。
楽しませる内容でもないし。
いらっとしませんでしたか?」
話し下手を自覚しているからこその、菜月の言葉に
「大丈夫ですよ。卑屈な人間は、貴方が思うよりずっとたくさんいるんですよ。ただ、みんな上手に隠してうまく演じているだけなんです。
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