今宵、君と、月を

槇村焔

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4章

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 先生の担当から外れて、有給をとって、また先生の担当に戻って…忙しかったこの2ヶ月。
注意力散漫でミスを連発していた為、相良先生だけじゃなく他にも何人かの先生の担当から外されていた僕であったが、相良先生の担当に戻るタイミングからしばらくして、他の先生方たちの担当にも戻れるようになった。

 先生の外を出たのを機に、僕も今の仕事について真剣に考えるようになった。 
今の仕事を続けたいのか、続けられるのか、否か。このままやめて後悔しないかどうか。

 考え抜いて、僕は一から仕事に向き合うことにした。

 僕はこの仕事が好きなのだ。
やりたいと思ったから、この仕事に就職したんだ。
誰に決められたわけじゃない。
自分が決めたことなのだ。
これでいいのか…なんて悩んでいても仕方がない。
これでいいのだ、と気弱な自分に言い聞かせてみる。
仕事と本気で向き合って、それでも駄目ならギブアップしよう。
先生だって最初の一歩を踏み出せたんだ。
僕だってやってやれないことはない。

 そんな風に割り切って仕事をしていたら、今までの無気力感はなくなっていったし、仕事に対してやりがいも出てきた。
担当の先生からも、休んでいた期間のことを心配されたし「宮沢さんがいて良かった」と感謝されることもあった。
今までにあった何気ない毎日も、真剣に過ごせるようになった。

自分では気づかぬうちに、僕は不器用は不器用なりに、今まで沢山経験しレベルアップしていたらしい。今までの時間は無駄じゃなかった。
休んでいた期間は自分を振り返るいい機会になったと思う。

 このまま、少しずつ仕事も、プライベートも僕らしく充実させていこう。
そう思っていた矢先のことだった。

 不機嫌を露わにした花蓮ちゃんに呼び止められたのは。


「ねぇ、これ以上好き勝手しないで。
はっきりいって、迷惑なのよ」

先生の家に赴いて、開口一番に言われた。
突然投げられた言葉に、僕はすぐに反応できず戸惑う。


「もうこれ以上、お父さんを外に連れ出さないで」

花蓮ちゃんには内緒で先生を外に連れ出していたけれど、花蓮ちゃんにはやっぱりバレていたようだ。

「でも、先生はこのままじゃ駄目だっていってたよ。
変わりたいって。その気持ちを否定するのは酷なんじゃないかい?
花蓮ちゃんだって、今の家にこもったままのお父さんより対人恐怖症克服したほうがいいだろう?」

先生がトラウマを乗り越えて対人恐怖症を克服するのは、花蓮ちゃんにとってもいいことなはずだった。

「…いいえ。私はこもっていたほうがいいわ」
「今のままで…いいの?お父さんは悩んでいるのに…?」

戸惑う僕に対し、花蓮ちゃんは「だって、お父さんは魔性の男なんだもの」とかえす。


「魔性…?」
「お父さん、凄く綺麗じゃない?
男なのに、女の人みたいに。
ううん。女の人よりふわふわとしていて、危なっかしい…。
なんとかしてあげなくちゃ…って思うオーラ、出しているでしょう。庇護欲刺激する鳥の雛みたいな…」
「…ああ、まぁ…」
「それなのに、お父さん自身、自分がどう見られているかなんてわかってないのよ。
知らずにいるから、不用意に人を寄せ付けて痛い目を見るのよ。
それで過去どれだけ酷い目にあったことか…」

先生は、とても綺麗である。
引きこもっているのがもったいないくらいだ。
僕は男の人に抱かれたいと思うゲイだから、先生といてもどうこうしようなんて思わないが、先生の魅力にふらりときてしまう男の人がいても、不思議ではない。


「お父さんは自分がどう見られているかなんてわかってないのよ。
自分が男の人にどう思われているかなんて。
知らずにいるから、不用意に人を寄せ付けて、バカを見るの」

花蓮ちゃんは、深くため息を落とすと、顔をあげて僕を見据える。

「きっとお父さんのことだから宮沢さんに言っていないでしょうね。
お父さんのトラウマ、なんでなのか知ってる?」
「先生の…?…知らないけど…」

「お父さんのトラウマはね、男なの。
お父さんはね、変な男を引き寄せる体質なのよ。
私が知って知るだけでも、お父さんは5回、過去に男の人とのトラブルがあった…。変な男を引き寄せるフェロモンでも出ているのね。あの性格で変態ばっかり引き寄せるんだから」

どうやら、先生は男の人に好かれるタイプのようで、その好かれた人間はただの好意では終わらず、ストーカーに至るまで盲目的に愛してしまうらしい。
先生を見ているだけでは飽き足らず、先生を自分だけのものにしようと暴走するようで。
ストーカーのようにあとを付けられたり、身体を弄られたり…とこれまでに色々あったようだ。
監禁未遂のこともされたことがあるらしい。


「お父さんが引きこもった原因は、ある男から逃げるため。
それすらも忘れて、外に出ようとするなんて。
我が父親ながら呆れるわ」
「先生も、今の自分がダメだと思っているからで…。
このままじゃ、花蓮ちゃんにも迷惑かけるからって思っているからなんだよ…」

先生は頑張っているのに、それを否定しないであげてほしい。
僕が反論すると、花蓮ちゃんは僕を睨んだ。

「それが、嫌なの。
私は、もうお父さんに傷ついてほしくないの。だって、私のお父さんは、私の唯一の肉親なのよ?私には、お父さんしかいないの…。私には…」

花蓮ちゃんは、「お願いだから、私からお父さんを奪わないで」と泣き出しそうな声でつぶやいた。


「花蓮ちゃん…」
「宮沢さん、大好きな人が突然、笑わなくなった経験、ある?
笑顔が消えて、無表情になっている経験ある?
そんな家族を見て、何もできない自分を歯がゆく思ったことは?」
「……」
「私は、もう二度とあんな経験したくない。
そして、お父さんにも、そうなってほしくない。
だから、もし、宮沢さんがお父さんを私から奪うなら、その時は…」
「花蓮ちゃん…」
「ねぇ、宮沢さん。
お父さんのこと、責任持てないなら、これ以上、私達の問題に口を出さないで。愛してないなら、なにもしないで。お願い…」


普段強気な花蓮ちゃんの、必死な訴えに、僕は何も言えなかった。
たった1人の花連ちゃんの肉親。
もし、先生を傷つけてしまったら…花蓮ちゃんはとても傷つくし、僕を許さないだろう。
他の男から僕が先生を守ってみせる、なんてそんな無責任なことも言えない。
僕と先生はそんな恋人同士のような間柄でもない。
だから大丈夫だよ、なんて口が裂けても言えなかった。


「花蓮ちゃん…」
「だから、これ以上、お父さんを変えないで。今のままで私はいいの。お父さんにとっても、このままが1番いいのよ。
ねぇ、宮沢さん。宮沢さんはお父さんを守れる自信、ある?
一生面倒見てくれるくらい、愛してくれる?
ないなら、これ以上お父さんに関わらないで。
お父さんを守れないようなら…、これ以上危険に晒さないで…!
今のままでいいの。もう、変わりたくないのよ」

花蓮ちゃんはそういうと、2Fの自分の自室へと戻っていった。

先生の身の危険。
そんなこと、考えていなかった。
ただ、トラウマが克服できれば、それでいい…ってそう思っていた。

僕が今やっていることは、先生を危険な目に合わせるだけなんだろうか…。よかれと思っていたことは…。
今までのことはすべてムダだったのだろうか…ーーー。


「ごめんね…」
「…!」
背後からかかった申し訳なさそうな声に、身体が跳ねた。
振り返ると、ドアの影から先生が姿を現した。


「聞いていたんですか?」
尋ねると先生は首を縦に振った。

「花蓮に、やっぱり反対されちゃったね…」
「先生、花連ちゃんの話は…」
「本当の話だよ。
若い頃に、色々あってね。
自分の気持も、人の好意も凄く怖くなってしまったんだ…。
だから、家に引きこもって、必要以上に他人に関わらないよう過ごしてた」
「先生…」

「宮沢さん、僕のトラウマを克服させようと頑張っていたのに。
僕自身がこんな体質なのがいけないんだ。
宮沢さんが僕を外に出してくれても、きっとまた僕は変な男の人を惹きつけてしまう…。そして、また勝手に一人で傷ついてしまうんだ。こんな僕に付き合わせてしまってごめん…。おこがましいよね、こんな体質の僕が変わりたいなんて…」

「い、いえ…」
「花蓮には、僕が不甲斐ないせいで、いっぱい傷つけてしまったから…。親失格だよね…。こんなの…」

先生は、寂しそうに微笑んだ。
花蓮ちゃんも、先生のためを思っている。
そして、また先生も。
自分の娘の花蓮ちゃんを誰よりも誇っているし、そんな彼女が恥じることない立派な親で有り続けようと藻掻いているのだ。

先生は花蓮ちゃんの為にも、自立しようとしているのに、花蓮ちゃんは先生の為にこのままでいいという。
お互いがお互いを思っているのに、どうしてこう、うまくいかないんだろう。

このままでいるのが、先生にも花蓮ちゃんにとっていいんだろうか。
また、同じようなトラウマになる出来事がないとも限らない。
傷つかないためには、傷つかないように閉じこもっているほうがいいんだろうかーーーー。


「だけど、不思議なんだ。宮沢さんには…怖いだとか思わないから…。ずっと、不思議だったんだ。でも、この間、僕を公園で見つけてくれた宮沢さんを見て、思ったんだ。
僕は、宮沢さんのことを…もしかしたら、好きになっているんじゃないかな…って…」
「え…」
「僕は…君を好きになりたいのかも…」

先生は呆然とする僕を残して、フラリと書斎へ消えていった。

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