アルカシア

槇村焔

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3章

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「鼠が侵入したと伝令が入りましたが、やはり貴方がたでしたか……。無駄だというのが、わかりませんか?」

黒いローブを纏う男は、アルジスたちが到着するのを見越して待ち構えていたらしく、複数の弓兵を従えていた。手にはあの禍々しい黒本を握りしめ、男はすぐに詠唱を始める。

「詠唱を止めさせるんだ!ファミリア」
「わかっている。だが敵が多すぎる。せめてあの本さえ取り押さえられれば。一瞬でいい。やつにスキができればーー」
エルザにアルジスを任せ、ギルクはファミリアと前線で応戦を開始する。しかし、敵はまさに待ち構えていたかのように連携が完璧で、隙は一切見当たらない。何より数が圧倒的だった。

「アルジス様、しっかりしてください!」
「…ーーっぐーーーあああああーーー」
ローブの男の詠唱が終わると同時に、耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が辺りに轟き渡った。

苦しげな叫びとともに、アルジスは白獅子の姿へと変貌する。
唸りをあげて暴れるその姿は、まるでただの獣そのもので、ファミリアですら思わず後ずさりするほどだった。
その変化を見たローブの男は薄く笑みを浮かべる。しかし、その笑みこそが油断を生んだ。
アルジスは勢いよく男に襲いかかり、牙を立てて一瞬で絶命させる。男の手から黒い教本が転げ落ち、周囲は鮮血に染まった。
だが誰もその本に近づけない。白獅子と化したアルジスは、まるで狩場を楽しむ獣のように、恐怖に怯える敵を次々と蹴散らしていくのだから。

赤く燃える瞳は血に染まったかのように鋭く光り、獲物を狙う姿はまさに獣そのもの。アルジス本人の意識はなく、剣を向けられ、弓矢で射抜かれてもなお、殺戮の興奮に身を委ね続ける。
味方であるファミリアやギルクに対しても、躊躇なく攻撃を繰り出す。

「ギルク、お前ゼントフェレスの宝玉を持っていたな?宝玉を持ったまま、私に力を送れ」
「は?俺にそんな器用なことできる力なんてあるわけないだろう。俺はもう力なんてーー」
「いいからしろ。やれるやれないじゃない。それに、宝玉には力がある。
私だって、儀式を受けて力を得た。だから…私を信じろ」
「…上等だ。やってやるよ、お姫様」

ファミリアの指示通り、ギルクは持っていた宝玉を懐から取り出すと、強く握りしめ、もう一方の手でファミリアの手を取った。すると、それまで反応しなかった宝玉が淡い光を放ち始めた。
ファミリアが持つ北の国の宝玉も同様に輝きを帯びている。

「おそらくアルジス王は、あの黒い教本によりあの姿へと変化させられた。
だから、今まで通り攻撃してもアルジス王に傷を与えることはできない。だが、教本と対抗できる力がある宝玉であれば、きっとその力を無にすることができるはずだ。
宝玉1つが無理でも2つなら…」

ファミリアの言葉通り、宝玉の力を得たファミリアの魔法攻撃はアルジスにダメージを与えた。
アルジスはしばらく地面をもがいた後、元の姿に戻った。
大勢いた敵は、アルジスが半数以上を倒し、生き残った者たちも戦う気力を失い、一目散に逃げ去っていく。

ファミリアは一通り残敵を片付けると、床に落ちていた黒い教本を手にした。

「ーーこれは…ーーー」
「どうした、ファミリア?」
「この本は私が持っていていいものではない。
これを扱えるのは、この世界でただ一人、神子…静流だけ。静流だけがこの本を処分できる
こんな危険なものは、必ずこの世界から取り除かなくてはいけない」
「…?それは…ーー」

ギルクが問いかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。
冷たい空気が、身を震わせるほど漂っているのを感じ取ったからだ。
ファミリアとギルクは顔を揃え、冷気が立ち込める方へ視線を向けた。

「ガルシア…さん……」
「ようこそ、ファミリア様、ギルク様。
ずっとこの日を待ち望んでいました。
貴方がたと出会った日から、ずっと…」

現れたガルシアは、ファミリアたちの前に立ち、いつもと変わらぬ柔らかな笑みを浮かべていた。
裏切りが知られても動揺など一切みせず、こうして平然と姿を現したガルシアに、ギルクは苦悩の色を浮かべていた。

「俺は、未だに信じられない。
ずっと俺とファミリアを支えてくれたあなたが…、親代わりとしてずっと守ってくれていたあなたが、ずっと、裏切っていたなんて。
なぁ…、どうして、俺たちを裏切ったんだ。何故…ーー」
「そうですねぇ…、私にも目的がありましたから…」
「目的?」
「ギルク様、目に見える事実が事実だとは限らない。
いつも私は常々、あなたに言ってきましたでしょう。
あなたが見ている真実というものは、ごく一部でしかない。
真実は見えない部分に隠されている。
あなた方が見てきた私というのは、所詮作られた一部に過ぎなかった。それだけのことですよ。
私の真意を見抜けなかった、貴方方が愚かだったということ」
「俺たちを裏切っているこの姿が、あなたの本当の姿か。あなたの姿が偽りだなんて、今だって俺は信じられない…。信じていたくない」
「どれだけ、言葉を連ねようと、事実は事実。これ以上、貴方のような生易しい男の御託を聴くのも飽きました。さっさとケリをつけなければ。急がねば、貴方がたの大切な神子様も危ない。
あの人を傷つけるのが大好きな男は、いたく神子様をお気にめした様子でしたから、傷つくのは時間の問題ですよ。さぁ、早く私に剣を向けなさい」

迷っている暇もなかった。
ギルクは、ガルシアから譲り渡された“不老不死の双剣”を手に取り、覚悟を決めてガルシアに挑んだ。
二人の剣技の力量はいつもほぼ互角だった。
だが、今回はギルクの手に迷いがあった。
その甘さをガルシアが見逃すはずもなく、一瞬の隙を突いて、ガルシアはギルクの首筋に剣先を突きつけた。

「手を緩めてしまいましたね、ギルク様。貴方は優しすぎます。
その優しさこそ、貴方の仇になる。優しさだけでは生きていけないのですよ」
「知っている。
だけど、そんな俺でもいいと肯定してくれたのは、他でもないあんただったはずだ。ガルシアさん。
俺は、あんたに本当の強さを教えてもらった。
だから、ずっと俺が目標にしてきたアンタに殺されるなら、本望だよ」

ガルシアの言葉に、ギルクは口元を緩めて微笑んだ。
ガルシアは「馬鹿ですね」と小さく呟き、ギルクの首に押し当てている剣に力を込める。ギルクの首筋から一筋の血がしたたり落ちた。

「待て。ガルシア。お前の相手は私がする…もし、今ギルクに手を出せば私は絶対にお前を許さないし、私もここで命を絶つ。いいのか。
“お前自身の手で”、私を殺したかったのだろう?
私を王にし、復讐をしたかったのだろう?」

ファミリアの言葉に、ガルシアは静かに剣を下ろした。
ファミリアはギルクに近寄り、怪我がないか確かめると、ギルクから不老不死の剣を受け取った。

「ファミリア様。儀式を終えられたのですね」
「ああ。」
「貴方なら、儀式は失敗しないと信じておりました…」
「だろうな。そして、私がこうしてお前の前にやってくることも、お前ならばわかっていただろう?ずっと親として、共にいたのだから。そして今、私が、お前を殺す気でいることも…」

ガルシアはゆっくりとファミリアの言葉に頷いた。
ファミリアは、酷く落ち着いた様子でギルクにエルザとアルジスを連れて先に行くよう指示した。

「やれるんだな」
「ああ…。私は私のけじめをつける。だから、お前もお前の敵を討て」
「わかった。先に行って待っている。お前がくるのを、ずっと…」

ギルクはそう言い残すと、アルジスを肩に抱き、エルザとともに城の奥へと進んでいった。

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