鬼畜狼と蜂蜜ハニー《隼人編》

槇村焔

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2章

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「は?」

 夕飯後、俺は兄ちゃんの部屋に来ていた。
 引っ越し後の兄ちゃんの新しい部屋は、先生が昔使っていた部屋で、1階南側の日当たりの良い場所だ。
一人には、少し広すぎる部屋。
俺の部屋は2Fにあって、今までと違って夜寝る時まで一緒っていうわけでもない。
それに、部屋を決めた時に母さんも「そろそろお兄ちゃんだちしないとね」って言ってたし、隼人さんも兄ちゃんにベッタリな俺じゃ、呆れられちゃうかもしれないし。
何より先生が、兄ちゃんにアタックする機会を俺が邪魔しちゃうかもしれないし。
新居を機会に、独り立ちしなくてはと意気込む俺なんだけど。

「宮根春彦…さん、今うちに来てんの?隼人さんに会いに?」

 兄ちゃんは教科書を本棚に並べながら、俺に聞き返した。

「うん…でね? なんか変な感じなんだ、俺」
「変?」
「なんかね、隼人さんと春ちゃんが一緒にいるともやもやしてて…。それから、なにか大事なこと、忘れている気がして」
大事なこと。
あの男の人のこともそうだし、隼人さんのことも。
ソレ以外のことも忘れている気がする。
気の所為、だろうか。

「大事なこと?」
「うん。俺にとってとても大切な…ーー」

思い出せない。
そう、なにか。
とても大切な〝なにか〟を忘れているような、感覚。

それが、何だったか…どうして忘れているのか…
思い出せない。
 この歳で俺、ボケてしまったんだろうか。
おっちょこちょいなポケポケの鈴ちゃんって言われてるけど、それが洒落にならないレベルにまできてしまったんだろうか。


「…疲れたんだよ鈴。今夜こっちで寝る?」
兄ちゃんは、そういって俺を自分のベッドへと手招いた。
兄ちゃんの部屋の、ちょっと大きめのベッド。

「良いの?」
「ん」
「やったね。兄ちゃん、大好き」

 俺は喜々として兄ちゃんに抱き付いた
兄ちゃんといると安心する。
心がほっこりするんだ。
独り立ちを決意してたけど、それはまた明日から頑張ろう。


「別々に寝るの、高熱出した時だけだから。
これから別々になっても平気にならなきゃな。
鈴は慣れなきゃ駄目だぞ?」
「うん…今日だけ。おやすみ、兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」

 ごろごろ、と猫のようにすり寄ると、兄ちゃんは優しく俺の髪を撫でた。


『正しい道を選ばなければ、皆不幸になる。
近々、貴方は、記憶に苦しめられる。
そして、選ぶことになるの。2つに、1つを。選び取らなくてはいけない』
2つに1つ。
記憶に苦しめられる。
 あの時占い師から告げられた占い。
あのときの占いの結果を思い出したのは、引っ越しがおわり初めて新居で寝ていたときのことだった。

 

 小さい頃の俺が、ランドセルを揺らしながら、隼人さんの家へと小走りに走っている。
小さい頃の俺が持っているのは苦手な数学のテストだ。
 いつも夢を見ているときは、夢と現実なんて気づかないのだが、今回ばかりは自分は夢の中にいるんだ、と俺は不思議と今見ている光景が夢だと認識できていた。

「褒めてくれるかな?」
 苦手な数学のテストだったけれど隼人さんが教えてくれたから、当時満点赤点の俺が90点も取れたのだ。
隼人さんに、俺もやればできるんだということを見てほしくて。
よくやったね、って優しく頭を撫でてほしくて、俺はサプライズでびっくりさせようと、そっと足音を忍ばせて隼人さんの部屋の前へと向かう。


「…あれ…?」
 ほんの少し、開いたドア。
中から声が聞こえたのでこっそりと覗き込むとそこには…

「あ…あっ」
 裸の春ちゃんと、隼人さんがいた。
「せんぱ…っ…んん…そんなついちゃ…。はげし…ーー」

春ちゃんは、隼人さんに馬乗りになっていて、隼人さんは春ちゃんの激しく揺さぶってーーー
二人は、激しく口づけを交わす。
春ちゃんの甘い喘ぎ声。
獣のように、激しい交わり。
 顔をあげた春ちゃんが、ドアの隙間から見ていた俺に気づいたようにそっと微笑んでーーー

『キミの王子様ハ、モウイナインダヨ…。
コノヒトは、キミにはアゲナイヨーーー』
『キミの王子様は、ニセモノダヨーーー』
『キミノスキは、オママゴトナンダヨ…ーーー』
『タダノカンチガイナンダヨ』

ぐにゃり、と視界が歪んでいく。
これは。
この記憶は…昔あったこと。
この映像は、夢じゃなくて、過去の出来事…ーーー。
封じ込めた記憶。
春ちゃんと、隼人さんは昔抱き合っていた。
 濃厚な愛の営みを二人で行っていた。
まるで獣のように、激しいセックスだった。
俺と隼人さんがやるような、生ぬるい触りあいっこのような愛撫じゃない。二人がしていたのは、本当のセックスだった。

『……貴方が邪魔なのよーー』

「ひっ!?」
 
ベッドから飛び起きた俺に、兄ちゃんも驚いて心配しかけよってくる。
べっとりと額が汗で濡れていて気持ち悪い。
胃がグルグルして、猛烈な吐き気がこみ上げる。

 俺をスキだと言っていた唇が、他の人間にキスをする。
俺がしらない行為を二人はしている…。
俺の知らない間に、二人は俺を出しおいて…。
俺はずっと二人のおじゃま虫になっていた…??
大学時代、笑顔で接してくれた二人は、俺に内緒でずっとああいうことをしてきたの?

「鈴?具合悪いのか?」
「に…ちゃ」
激しい吐き気に、今度こそ耐えきれなくなって、俺はトイレにかけこんだ。 

「鈴!?大丈夫か?今、隼人さん呼ぶから…」

兄ちゃんがそういって、トイレから出て隼人さんを探しにいく。
やめて。行かないで。
隼人さんなんてよばないで。
 隼人さんの顔、今は見たくない。
兄ちゃんと、離れていたくない。
怖い。

グラグラと自分の中の何かが崩れ去っていく。
同時に、チカチカと大量の映像が俺の頭の中に入ってくる。
 泣いている俺。
誰かに向かって必死に走っている俺。
走り疲れて動けなくなった俺。
 ずっとせき止めていたものが、溢れてしまったように忘れていたはずの記憶が蘇ってくる。
見ないふりをしていた記憶の一部が…ーー
溢れかえってくる。

「鈴!?」
 兄ちゃんが隼人を連れて戻ってきた。
「何があった?」
「寝ていたら急に魘されて、飛び起きたらトイレに駆け込んだんです」
 隼人さんは俺の背を擦る。
だけど、隼人さんのふれたところがゾワリと嫌な感覚がせり上がり
「う、げぇっげっ」
 俺はトイレで何度も吐き戻す。
もう吐くものがなくなっても、せり上がってくる吐き気がなくなることはなかった。

「鈴、大丈夫? 水を…」
「急に具合が悪くなったのかい?」
「鈴、夕飯で食べた物意外に何か口に入れた?」
 遠くで、兄ちゃんと隼人さんがなにか言っている。
だけど、耳に入ってこない。
ちゃんと頭で考えることができない。

「診察室へ連れて行こう。里桜は鈴の上着を持って来て」
「はい」
「鈴、直ぐに良くなりますからね? 鈴?」

 隼人さんが俺を抱き上げようと、膝裏に手を入れる。
それに、俺は駄々っ子のように抵抗した。
隼人さんの腕から落ちて、床に身体を打ち付ける。
痛みに構わず、俺は兄ちゃんに手をのばす。

「や…だ、に、いちゃん! 兄ちゃん何処っ!? 置いてかないでっ」
 
置いてかないでーーー。
俺は兄ちゃんがいないと……ーーー。
兄ちゃんがいなくちゃ……ーー。

何度か兄ちゃんは俺を隼人さんのほうへ渡そうと試みるが、その度に俺は暴れ隼人さんのてから逃げた。


「なんだ? どうした?」

 騒ぎに気づいた晴臣医院長が、俺を見るなり、医者の顔になって兄ちゃんたちに問いただす。

「診察室へ連れて行こうとしたら、鈴が急に暴れて」

「鈴君、私が判る?
震えているな。大丈夫かい?診察室へ行こうか」
晴臣医院長は優しい言葉をかけて、そのまま俺を抱き上げた。
隼人さんのときと違って、晴臣医院長に触られても、背筋からゾクリとする悪寒はなかった。
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