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「争いねぇ。まぁ、そうだろうなぁ…」
ピリピリとした空気を纏うナトルシュカと違い、男は間延びした口調で答えた。
(この男、馬鹿にしているのか…)
ナトルシュカのような生真面目な男と、対象的なタイプの男。
間延びしたその言い回しは、人を小馬鹿にするような印象を受ける。
男の雰囲気に流されてはいけないと思うものの、ついついペースに呑まれてしまう。
「この国の平和を乱してみろ。容赦はしないぞ」
警戒心を露わにしたナトルシュカに、物騒だな、と男は苦笑した。
「なぁ、若者よ。もう少し冷静に話を聞いてくれないかね。
そんな物騒なことを、俺はこれっぽっちも考えてないんだからよ。
俺たちの国は…、もう俺の国は…ないんだからさ」
男は感傷深く呟く。
「国が…ない?」
「滅ぼされたのさ。ある1人の男によって。
俺たちの国は、あっという間に、火の手で焼け、疫病が蔓延し、人々は飢えで死んでいったのさ。
小さな国だが、戦のない自由な国だった。
俺みたいなならず者も受け入れてくれた、いい国だったよ。
それが、たった1人の男の出現で、全てが無に返った。
だから、俺は単身でやってきたんだ。
俺の国を滅ぼした仇を殺すために。
この国を、俺がいたような国にしないために」
「仇の男?その男がこの国に…?復讐にきたのか?」
ナトルシュカの問に、男は頷く。
「話した通りだ。
俺の国は、ある男と、その男の持ち物の化物によって滅ぼされた。
為す術もなく。
生き残った俺は、ずっと、その仇の男を追っていた。
この国に来て、あと1歩で追いつめられる…、そう思った時には俺の方が追い詰められてたってわけさ。
間抜けな話だよな。
俺はどこか過信していたんだろうな、絶対上手くいく、ってな…。
いつだって、そうなんだ。俺は…。楽天的っつーか…。
ほんと、ザマねぇな…。」
男の口調は明るい。
だけど、一瞬だけ言葉が、震えた。
男はどんな顔をしているのだろう。
あいにく、鉄格子が邪魔で、隣の男に会うことはできず姿は確認できなかった。
「…その話は本当なのか」
「嘘を言ったところで俺の得になるのか?
信じるも信じないも勝手だが、俺が話すことはすべて事実だ。
俺が追っていた男の名前はゾルネス。
この国の中枢にいる男だ」
「聞いたことないな…」
「そうなのか?
最近、第1王子の相談役になっている男だ。
口が回る男で、第一王子は随分ゾルネスを信頼しているらしい。今じゃ、なんでもかんでも頼り切っているらしいぞ。
頭のいいゾルネスを使い、王の座でも狙っているんだろうな。
ゾルネスが来てから、第一王子を王に!って声も王城内で大きくなっているらしい。
それまでは、第二王子への声が大きかったんだがな。
今ではあの男は、この国の影の支配者になっているようだな」
ナトルシュカが独房に入って数年が経っている。
その間に、国の内部が変わっていても、なんらおかしなことはない。
ナトルシュカが得る情報といえば、サティウィンが話してくれるものがほとんどで、ソレ以外の国の現状は、看守から聞く世間話程度で、ほとんどない。
ゾルネスという男が信頼に当たる男であるならば、サティウィンはナトルシュカに男の事を話すだろう。
話していないということは、その人物がサティウィンにとってあまり良くない人間だと推測できる。
「ゾルネスは小ずる賢く隙のない男だ。
その男より更に厄介なのが、淫華パラセクト。絶望の華だ」
「華?男よりも厄介なのか?」
「あいつが持っている華はただの華じゃねぇ。
この世界に存在してはいけない、悪魔の華なのさ。
見た目は、大きな華だ。
いくつもの華を咲かせる、植物だ。
見た目は鮮やかな紫色をしている。
大輪のその華は、綺麗な娼婦のように美しくまた、妖しさを兼ね備えている。
数十本もあるツタは常に床を這い、獲物を狙っているのさ」
「ただの華なんだろう」
「ただの華じゃねぇ。
その華は意志を持っているんだ。人間のように。
意志を持ち、人間を支配しようとしているのさ」
「華が人間を…?冗談はよせ」
「冗談だったら、良かったんだがな…」
植物に意思があるなんて聞いたことがない。
突拍子もない話だ。
ナトルシュカは、男の話を作り話しだと判断し、鉄格子から離れ、牢屋の隅に腰掛ける。
ナトルシュカが離れた気配を感じ、男は慌てて、「俺の話は嘘じゃないぞ」と、大声をあげた。
「そんな大声出すな…。看守に気づかれる」
「お前さんが、俺の話を聞かないからだろう」
「信じるも信じないも俺の勝手だと言っただろう。
あいにく、妄言は聞かないことにしている」
「妄言じゃない。事実だ」
「華が意思を持つなど、どうして信じられる?華だぞ?植物が人間のように意志を持つというのか?」
「俺だってそうさ。はじめは信じられなかった。
だが…。
これからは、俺の独り言だ。信じるなり好きにすればいい。だが、後悔するのはお前だぞ。俺の話を聞かなかったばかりに、大事なもの失ってもしらないんだからな」
「……」
ナトルシュカは男に何も答えることなく、瞳を閉じる。
男はナトルシュカの反応など気にせず語り始めた。
「その華は、最初は美しい華だった。
お披露目と称して皆に見せられた時、皆その華にすぐに視線を奪われた。
しかし、その華はただの華ではなく、不思議な力を持っていた。
心を奪ったものに寄生するってな。
やつらは寄生主に幻覚作用を見せる。最初は華に対して嫌悪していた人間も、その幻覚作用で受け入れ、やがてその華の虜になるのさ。華を守るためならば、命すらも投げ捨ててしまうような奴隷にな。
華のためだけにいき、華のために暴走する…。
心が弱い人間なんか、すぐあの華の餌食になっていった。
そうして、人々の心は華に魅入られ虜になっていき、争いが絶えない国となり、やがて滅びたんだ…。
にわかには信じられないだろう。
だが、これは事実だ。
俺の話に嘘偽りはない。あの華のせいで、国一つ消えた。
そして、次の華の狙いはこの大国なのさ…」
「人々を寄生していった、と?」
無視を決め込むと決意したのに、男の物騒な言葉にナトルシュカはつい反応してしまった。
にわかには信じることはできない。
だが、偽りにしては男の言葉は熱がこもりすぎていた。
「何故、この国を」
「あの華は意志を持っているといっただろう?
あの華はより、強い絶望を望むのさ。
おそらく、絶望を撒き散らすことが、あの華の狙いなのさ」
「なんの意味がある…」
「さてね。
華の考えなんてわからねえし、わかろうとも思わないがな。
華に寄生させられた人間しか、その気持ちなんてわからないだろうよ。
ただ1つ確実に言えるのは、あの悪魔の華を、あのままにはしてはいけないと言うことだ。絶対に…。
これ以上…あの国のような国を増やしてはならない」
段々と間延びしていた男の言葉が、真剣なものに変わっている。
最初は絶対に有り得ない話だと聞く耳もたなかったナトルシュカも、話を聞くに連れて段々とではあるが、男の話を信じ始めていた。
男は、延々と自分がしる華についての事柄をナトルシュカに聞かせた。
「以上が、俺が知るあの華に関する事柄だ」
男の話をまとめると、男の国を滅ぼした原因の男と華が、現在この国を狙っているということ。
華は、より大きな絶望を求めて、この国に行き着いたのではないかということ。
その華は寄生すると、幻覚作用を寄生主に見せる。
強い神経毒を少しずつ寄生主に注入し、刺激的で強い興奮作用を与え、理性を欠落させるらしい。
中には寄生されている事実も知らずに、寄生されている人間もいるようだ。
理性を欠落させ、自分の理想を魅せ夢を叶えてくれる。
その神経毒に侵されると身体の細胞が活性化し、潜在能力以上の力を引き出すこともあるらしい。
寄生主は精神毒により常に幸福感に陥り、華に手を出そうものならば、死ぬものぐるいで華を守ろうとするらしい。
ときに、自身の命を落としてまでも。
「そんな恐ろしい華ならば燃やしてしまえばいいだろう?
寄生などされる前に」
「そう簡単な話ではないんだ。
この華は、寄生主の望みをかなえてくれる。
寄生主は命をかけて華を守ろうとするし、華も自分に危害を加えたものに寄生しようとするんだ。
俺の知り合いも寄生されてな、最期の時にこう言っていたよ。
華に寄生されるのはとても気持ちが良かった、とても楽な気持ちになれて望みを叶えて貰えた…と」
「望み?」
「ああ。寄生された人間の一番の望みを叶えてくれる。
人間つーのは欲深い生き物だからよ。
金も、女も。華は望めばなんだって叶えてくれる。
華は弱みにつけこむのがうまいんだ。
そんなもんだから、迷いのある人間に華は簡単に寄生できちまうのさ。
ただし、中には寄生はされない人間もいる。俺のように」
「何故、あんたは寄生されないんだ?」
「さぁな。ただ俺には、大事なもんがあるかもしれないな。
だから、俺は…こんなところでくたばれないんだ。絶対に…。
だが…」
しばしの沈黙が、独房の中に流れた。
はたしてそれはどれくらいの時間だっただろうか。
「俺には力も勇気もなかった。だから、あの華には負けちまった。
だが、あんたなら力がある。
コロッシアムの英雄のあんたなら、あの絶望の華にもきっと立ち向かえるだろう。
なんてったって、あんたは、コロッシアムの無敗の英雄なんだからよ」
「買いかぶりすぎても困る。俺は英雄なんかじゃない。
ただ負け知らずで生き残った俺を、観衆が囃し立てているだけだ。
俺はただの貴族殺しのナトルシュカ。ソレ以上でも、ソレ以下でもない」
「そうか?お前が知らないだけで、お前に憧れているものは多かったぞ。
きっと、お前の闘う姿に人々は希望を見出すんだろうな。
どんな凶暴な敵を前にしても怯むことなく、前を向いている。
けして諦めることなく…。
俺もそうさ。
捕まっちまう前に、今日あんたがコロッシアム戦っているのを見てたよ。自分の何倍も大きな獣を前にあんたは一切怯えがなかったよな。ただまっすぐ前を向いていた。その時、俺も思ったんだ。こんなところで、俺は終われない…てさ」
あんたは、英雄なんだ。あんたがどれだけ否定しようと、あんたの戦いっぷりに人は虜になっているんだからよ。
男はもう一度、ナトルシュカに言い聞かせるように言った。
「絶対に、道を謝るな。
もし、大きな力が欲しくなっても、惑わされるな。
大事なものを守りたいなら…。
コロッシアムの英雄で有り続け…ろよ…」
男の言葉が、途切れ途切れになっている。
息つぎのもままならないような、言葉だった。
苦しげな言葉に、ナトルシュカは「大丈夫か?」と声をかけたが、しばらく返事がなかった。
「おい…」
「大丈夫だ…。ちょっと、疲れただけだ…。
ここに来るまでに色々あったんだ。
もう俺は眠る。
腕輪、頼んだからな…」
男はそれだけ言い残し、口を閉ざした。
ナトルシュカがどれだけ呼びかけても、男はその呼びかけに答えることはなかった。
ピリピリとした空気を纏うナトルシュカと違い、男は間延びした口調で答えた。
(この男、馬鹿にしているのか…)
ナトルシュカのような生真面目な男と、対象的なタイプの男。
間延びしたその言い回しは、人を小馬鹿にするような印象を受ける。
男の雰囲気に流されてはいけないと思うものの、ついついペースに呑まれてしまう。
「この国の平和を乱してみろ。容赦はしないぞ」
警戒心を露わにしたナトルシュカに、物騒だな、と男は苦笑した。
「なぁ、若者よ。もう少し冷静に話を聞いてくれないかね。
そんな物騒なことを、俺はこれっぽっちも考えてないんだからよ。
俺たちの国は…、もう俺の国は…ないんだからさ」
男は感傷深く呟く。
「国が…ない?」
「滅ぼされたのさ。ある1人の男によって。
俺たちの国は、あっという間に、火の手で焼け、疫病が蔓延し、人々は飢えで死んでいったのさ。
小さな国だが、戦のない自由な国だった。
俺みたいなならず者も受け入れてくれた、いい国だったよ。
それが、たった1人の男の出現で、全てが無に返った。
だから、俺は単身でやってきたんだ。
俺の国を滅ぼした仇を殺すために。
この国を、俺がいたような国にしないために」
「仇の男?その男がこの国に…?復讐にきたのか?」
ナトルシュカの問に、男は頷く。
「話した通りだ。
俺の国は、ある男と、その男の持ち物の化物によって滅ぼされた。
為す術もなく。
生き残った俺は、ずっと、その仇の男を追っていた。
この国に来て、あと1歩で追いつめられる…、そう思った時には俺の方が追い詰められてたってわけさ。
間抜けな話だよな。
俺はどこか過信していたんだろうな、絶対上手くいく、ってな…。
いつだって、そうなんだ。俺は…。楽天的っつーか…。
ほんと、ザマねぇな…。」
男の口調は明るい。
だけど、一瞬だけ言葉が、震えた。
男はどんな顔をしているのだろう。
あいにく、鉄格子が邪魔で、隣の男に会うことはできず姿は確認できなかった。
「…その話は本当なのか」
「嘘を言ったところで俺の得になるのか?
信じるも信じないも勝手だが、俺が話すことはすべて事実だ。
俺が追っていた男の名前はゾルネス。
この国の中枢にいる男だ」
「聞いたことないな…」
「そうなのか?
最近、第1王子の相談役になっている男だ。
口が回る男で、第一王子は随分ゾルネスを信頼しているらしい。今じゃ、なんでもかんでも頼り切っているらしいぞ。
頭のいいゾルネスを使い、王の座でも狙っているんだろうな。
ゾルネスが来てから、第一王子を王に!って声も王城内で大きくなっているらしい。
それまでは、第二王子への声が大きかったんだがな。
今ではあの男は、この国の影の支配者になっているようだな」
ナトルシュカが独房に入って数年が経っている。
その間に、国の内部が変わっていても、なんらおかしなことはない。
ナトルシュカが得る情報といえば、サティウィンが話してくれるものがほとんどで、ソレ以外の国の現状は、看守から聞く世間話程度で、ほとんどない。
ゾルネスという男が信頼に当たる男であるならば、サティウィンはナトルシュカに男の事を話すだろう。
話していないということは、その人物がサティウィンにとってあまり良くない人間だと推測できる。
「ゾルネスは小ずる賢く隙のない男だ。
その男より更に厄介なのが、淫華パラセクト。絶望の華だ」
「華?男よりも厄介なのか?」
「あいつが持っている華はただの華じゃねぇ。
この世界に存在してはいけない、悪魔の華なのさ。
見た目は、大きな華だ。
いくつもの華を咲かせる、植物だ。
見た目は鮮やかな紫色をしている。
大輪のその華は、綺麗な娼婦のように美しくまた、妖しさを兼ね備えている。
数十本もあるツタは常に床を這い、獲物を狙っているのさ」
「ただの華なんだろう」
「ただの華じゃねぇ。
その華は意志を持っているんだ。人間のように。
意志を持ち、人間を支配しようとしているのさ」
「華が人間を…?冗談はよせ」
「冗談だったら、良かったんだがな…」
植物に意思があるなんて聞いたことがない。
突拍子もない話だ。
ナトルシュカは、男の話を作り話しだと判断し、鉄格子から離れ、牢屋の隅に腰掛ける。
ナトルシュカが離れた気配を感じ、男は慌てて、「俺の話は嘘じゃないぞ」と、大声をあげた。
「そんな大声出すな…。看守に気づかれる」
「お前さんが、俺の話を聞かないからだろう」
「信じるも信じないも俺の勝手だと言っただろう。
あいにく、妄言は聞かないことにしている」
「妄言じゃない。事実だ」
「華が意思を持つなど、どうして信じられる?華だぞ?植物が人間のように意志を持つというのか?」
「俺だってそうさ。はじめは信じられなかった。
だが…。
これからは、俺の独り言だ。信じるなり好きにすればいい。だが、後悔するのはお前だぞ。俺の話を聞かなかったばかりに、大事なもの失ってもしらないんだからな」
「……」
ナトルシュカは男に何も答えることなく、瞳を閉じる。
男はナトルシュカの反応など気にせず語り始めた。
「その華は、最初は美しい華だった。
お披露目と称して皆に見せられた時、皆その華にすぐに視線を奪われた。
しかし、その華はただの華ではなく、不思議な力を持っていた。
心を奪ったものに寄生するってな。
やつらは寄生主に幻覚作用を見せる。最初は華に対して嫌悪していた人間も、その幻覚作用で受け入れ、やがてその華の虜になるのさ。華を守るためならば、命すらも投げ捨ててしまうような奴隷にな。
華のためだけにいき、華のために暴走する…。
心が弱い人間なんか、すぐあの華の餌食になっていった。
そうして、人々の心は華に魅入られ虜になっていき、争いが絶えない国となり、やがて滅びたんだ…。
にわかには信じられないだろう。
だが、これは事実だ。
俺の話に嘘偽りはない。あの華のせいで、国一つ消えた。
そして、次の華の狙いはこの大国なのさ…」
「人々を寄生していった、と?」
無視を決め込むと決意したのに、男の物騒な言葉にナトルシュカはつい反応してしまった。
にわかには信じることはできない。
だが、偽りにしては男の言葉は熱がこもりすぎていた。
「何故、この国を」
「あの華は意志を持っているといっただろう?
あの華はより、強い絶望を望むのさ。
おそらく、絶望を撒き散らすことが、あの華の狙いなのさ」
「なんの意味がある…」
「さてね。
華の考えなんてわからねえし、わかろうとも思わないがな。
華に寄生させられた人間しか、その気持ちなんてわからないだろうよ。
ただ1つ確実に言えるのは、あの悪魔の華を、あのままにはしてはいけないと言うことだ。絶対に…。
これ以上…あの国のような国を増やしてはならない」
段々と間延びしていた男の言葉が、真剣なものに変わっている。
最初は絶対に有り得ない話だと聞く耳もたなかったナトルシュカも、話を聞くに連れて段々とではあるが、男の話を信じ始めていた。
男は、延々と自分がしる華についての事柄をナトルシュカに聞かせた。
「以上が、俺が知るあの華に関する事柄だ」
男の話をまとめると、男の国を滅ぼした原因の男と華が、現在この国を狙っているということ。
華は、より大きな絶望を求めて、この国に行き着いたのではないかということ。
その華は寄生すると、幻覚作用を寄生主に見せる。
強い神経毒を少しずつ寄生主に注入し、刺激的で強い興奮作用を与え、理性を欠落させるらしい。
中には寄生されている事実も知らずに、寄生されている人間もいるようだ。
理性を欠落させ、自分の理想を魅せ夢を叶えてくれる。
その神経毒に侵されると身体の細胞が活性化し、潜在能力以上の力を引き出すこともあるらしい。
寄生主は精神毒により常に幸福感に陥り、華に手を出そうものならば、死ぬものぐるいで華を守ろうとするらしい。
ときに、自身の命を落としてまでも。
「そんな恐ろしい華ならば燃やしてしまえばいいだろう?
寄生などされる前に」
「そう簡単な話ではないんだ。
この華は、寄生主の望みをかなえてくれる。
寄生主は命をかけて華を守ろうとするし、華も自分に危害を加えたものに寄生しようとするんだ。
俺の知り合いも寄生されてな、最期の時にこう言っていたよ。
華に寄生されるのはとても気持ちが良かった、とても楽な気持ちになれて望みを叶えて貰えた…と」
「望み?」
「ああ。寄生された人間の一番の望みを叶えてくれる。
人間つーのは欲深い生き物だからよ。
金も、女も。華は望めばなんだって叶えてくれる。
華は弱みにつけこむのがうまいんだ。
そんなもんだから、迷いのある人間に華は簡単に寄生できちまうのさ。
ただし、中には寄生はされない人間もいる。俺のように」
「何故、あんたは寄生されないんだ?」
「さぁな。ただ俺には、大事なもんがあるかもしれないな。
だから、俺は…こんなところでくたばれないんだ。絶対に…。
だが…」
しばしの沈黙が、独房の中に流れた。
はたしてそれはどれくらいの時間だっただろうか。
「俺には力も勇気もなかった。だから、あの華には負けちまった。
だが、あんたなら力がある。
コロッシアムの英雄のあんたなら、あの絶望の華にもきっと立ち向かえるだろう。
なんてったって、あんたは、コロッシアムの無敗の英雄なんだからよ」
「買いかぶりすぎても困る。俺は英雄なんかじゃない。
ただ負け知らずで生き残った俺を、観衆が囃し立てているだけだ。
俺はただの貴族殺しのナトルシュカ。ソレ以上でも、ソレ以下でもない」
「そうか?お前が知らないだけで、お前に憧れているものは多かったぞ。
きっと、お前の闘う姿に人々は希望を見出すんだろうな。
どんな凶暴な敵を前にしても怯むことなく、前を向いている。
けして諦めることなく…。
俺もそうさ。
捕まっちまう前に、今日あんたがコロッシアム戦っているのを見てたよ。自分の何倍も大きな獣を前にあんたは一切怯えがなかったよな。ただまっすぐ前を向いていた。その時、俺も思ったんだ。こんなところで、俺は終われない…てさ」
あんたは、英雄なんだ。あんたがどれだけ否定しようと、あんたの戦いっぷりに人は虜になっているんだからよ。
男はもう一度、ナトルシュカに言い聞かせるように言った。
「絶対に、道を謝るな。
もし、大きな力が欲しくなっても、惑わされるな。
大事なものを守りたいなら…。
コロッシアムの英雄で有り続け…ろよ…」
男の言葉が、途切れ途切れになっている。
息つぎのもままならないような、言葉だった。
苦しげな言葉に、ナトルシュカは「大丈夫か?」と声をかけたが、しばらく返事がなかった。
「おい…」
「大丈夫だ…。ちょっと、疲れただけだ…。
ここに来るまでに色々あったんだ。
もう俺は眠る。
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