忘れられた聖女とひとりぼっちの薬師 ~薬草農家を営んでいた僕が、禁忌の森で出会った記憶喪失少女と共同生活する話~

雉子鳥 幸太郎

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 王都ヴェルダッドの中心にそびえ立つ王城と、対を成すように建てられたアマネセル大聖堂。

 荘厳かつ美麗な旧聖女時代の古き良き建築様式の美しさは、他に類を見ないほどの完成度を誇り、この世界における大聖堂の影響力がいかに強大なものかを如実に示していた。

 背の高い天井、名工による巧みな採光が施された回廊には、自然と背筋が伸びるような空気感が漂っている。

 その回廊を急ぐ、一人の年老いた司祭がいた。
 司祭は大きな扉の前に着くと、祭服を正して息を整えたあと、一呼吸置いて部屋の中に入った。

「――失礼いたします」
「やれやれ……マルチネス司祭。君は我々の時間を自分のものだと思っているようだね」

 部屋の中央に置かれた長いテーブルの上座に座る白い祭服を纏った老人が呟くように言った。

「い、いえ! 決してそのような……申し訳ございません!」

 マルチネスは顔面蒼白になって縮こまった。
 テーブルに着く、他の司祭達は眉一つ動かさず、まるで感情を持たない彫像のような目でその様子を見守っている。

「まぁよい、君の席に座りたまえ」
「はっ……」

 テーブルの席が全て埋まったのを見て、白い祭服の老人は改めて口を開いた。

「さて……皆に集まってもらったのは、くだらぬ小言を言うためではない。先日、上級聖祭司のミハイルより報告があった」

「ミハイル……」
「ナイトウォーカーから……」
 司祭達がざわめく中、一人の司祭が声をあげた。

「不敬である! ファレン大司教の話に口を挟むでない!」
「――その辺でよい、アッカ司教」

「ははっ」
 ファレンは枯れ枝のような手を向け、司教を宥める。

「この三十年……ミハイルには聖域の監視を命じてあった。聖域自体に変化は見られない、だが……気になることがひとつ」

 司祭達は息を呑みファレンの言葉を待つ。

「あれを皆に――」

 ファレンが命じると、控えていた侍従達が司教達の前に小さな容器を置いていく。

「ファレン大司教、これは……」
「ミハイルの話では『傷薬』だそうだ」
「傷薬ですか……」

 司教達は容器を開け、中の軟膏の匂いや色、粘度を確かめる。
 その様子を見守っていたファレンが、
「どう思う?」と司教達に問いかけた。

「特に変わったものではないように感じますが……」
「薬効を調べてみなければのぅ……」
「大聖堂の物と比べると見劣りするように思えますが」

 ファレンは失望したように大きくため息をつき、肩を落とした。

「やれやれ、年月というものはかくも人を愚鈍たらしめるか……」
「……」

 司教達はファレンの顔色を窺い、答えを出しあぐねている。
 そんな中、一人の若い司教が小さいながらよく通る声で言った。

「僭越ながら、発言してもよろしいでしょうか?」
「控えたまえ、オルカン司教」
「場をわきまえることだな」
 周りの司教達から声があがる。

「――構わん、話してみなさい」
 ファレン大司教の言葉に場が静まりかえった。

「では、恐れながら……」
 と、オルカン司教は他の司教達に会釈をした。

「この傷薬から僅かですが……『加護』の力を感じます」

「なっ……⁉」
「正気か、オルカン司教!」
「冗談では済まされぬぞ!」
 堰を切ったよう司教達がオルカンに向かって声を荒げた。

「――静まれ!」
 ファレン大司教の一喝に、司教達が首を竦める。

「オルカン司教、君はここに来て何年になる?」
「はっ、五年になります」

「ふむ……五年で司教か。なかなか勤勉だな」
「恐れ入ります」

「よろしい、明日より君は私のもとで学びなさい」
「ははっ、ありがたきお言葉、感謝いたします」

「なっ……ファ、ファレン大司教……」
 狼狽える司教達にファレンは冷たい目を向け、
「何か異論があるのかね?」と訊ねる。

「い、いえ……」
「……異論ございません」

 オルカンを除く、全司教がその場で頭を下げた。

「よろしい、では解散とする――」


 部屋を出たオルカンは侍従と共に自室に向かっていた。

「あの……オルカン様、あの薬にはどのような加護が込められていたのですか?」
「ん? さぁ、私にはわからんな」
 オルカンは素知らぬ顔で答える。

「え⁉ で、でも……何か特別な力が……」
「よせ、私は人間だ。特別な力などあるわけがない」

「……」
 侍従は言葉を失っている。

「ははは、まぁいい。君には随分と世話になったからな。餞別代わりに教えてやろう、あれは簡単な推理だよ」
「推理?」

「そうだ。まず、あのファレン大司教が主立った司教を集めた、これはただ事ではない。次にミハイル・ウォーカーの名。彼は大聖堂でも数少ない上級聖祭司であり『ナイトウォーカー』の異名を持つ程の実力者だ。そしてミハイルが担当する事案といえば、聖域絡みの最重要機密に類するものばかり。となると、あの薬もなんらかの加護、もしくは曰く付きの代物ということになる」
「し、しかし、もし違ったら……」

「別に構わない。あの中で私は一番下っ端の新参者だ。下手に点数を稼ぐよりも、恥をかいた方が後々可愛がられるというものさ」
「そんなものでしょうか……」

「行動だよ、行動だけが自分の人生を変える。君も見ただろう? 私はあの一言で大司教付という地位を得た」
「は、はい……。オルカン司教には驚かされっぱなしです、自分にはとても出来そうにありません」
 自嘲気味に侍従が笑った。

「そう思っているうちは何も変わらんぞ?」
「え……」

「私が見たところ君には才能があると思っている。その才能を活かすも殺すも君次第だ、励みたまえ」

 オルカンは侍従の肩を優しく叩くと、自室に入っていった。
 侍従はオルカンの部屋の扉に深く頭を下げた。


 翌日、ファレン大司教に呼び出されたオルカンは、大聖堂の上層階に位置する執務室を訪れていた。
 大聖堂内は上層階、中層階、下層階に分かれており、役職ごとに厳しい行動制限がかせられている。

「失礼いたします」
「来たか、そこへ座りたまえ」

 ファレン大司教がソファに手を向けた。

「ありがとうございます」

 オルカンが腰を下ろすと、ファレンはその向かい側に座った。

「歳を取ると前置きが面倒でね、本題に入ってもいいだろうか?」
「もちろんです」と、端的に答え、オルカンは姿勢を正した。

「ミハイルの話では、あの薬から聖女の加護を感じるそうだ」
「せ、聖女……⁉」

 心構えをしていたオルカンでさえ、思わず狼狽えた。

「そうだ。まったく聖女などと……今更現れたところで何も生み出さぬ」
「で、ですが、聖女となれば大聖堂は……」

「そうだな、かつての勢いを取り戻すことも難しくはないだろう」

 ファレンはそう言った後、身を乗り出した。

「――だがそれは、聖女が生きている間だけの話。再び聖女を失えば民心はどうなると思う?」
「そ、それは……」

「聖女を失い百年が経とうとしている。時代は聖女消失を受け入れた。もはや世界は聖女を必要としていない。この先、未来永劫、民が必要とするのは聖女ではなく、大聖堂我々なのだからな」
「共にある……ですか」

「はは、さすがに物わかりが良い。そこでだ、オルカン司教。君に頼みがあるのだが……」
「何なりとお申し付けください」

 ファレンは満足そうに頷く。

「オルディナに飛び、ミハイルを使って聖女、もしくは聖女らしき何か……。それらを全て浄化してもらえないだろうか?」
「はっ、畏まりました。では、早速……」

 オルカンは席を立ち、深く頭を下げる。

 ファレンは目を細め、「うむ、期待している」とソファに凭れた。
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