心の交差。

ゆーり。

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うそつきピエロ。

うそつきピエロ⑳

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そして、時は更に数十分前に遡る。

コウは今日も日向に呼び出され、言われた場所まで一人で向かっていた。 “何も考えるな”と、自分に何度も言い聞かせながら。

―――何も考えるな。 
―――何も考えるな、何も考えるな・・・! 
―――考えては駄目なんだ。  
―――・・・そうしないと、俺が俺でなくなってしまうから。

コウは小さい頃からそうだった。 特にこれがきっかけといった出来事なんてないのだが、幼少期から自分を犠牲にする性格だった。 いや――――違う。 
自分が犠牲になって人のために動こうだなんて、今まで一度も思ったことなんてない。 だが、優からも言われたのだ。 『自己犠牲野郎』と。 
この言葉は、コウが小学生の頃からよく言われていたものだった。 もちろん自覚なんてない。 だけど、みんながコウに向かってそう言ってくるのだ。
だからといって、ずっといじめられ苦しい日々を送っていたわけではない。 どちらかというと、優と友達になれたおかげで凄く充実した毎日を過ごしていた。
それに友達も多い方で、よく女子とも放課後に一緒に遊んだりして、男女問わず仲よくしていた。 他にも、コウには幼稚園の頃から仲がよかった一人の友達もいた。 
彼とは同じ小学校へ行けて、とても嬉しく思った。 だけど――――小学校二年生になる前に、彼は転校してコウの前から姿を消してしまったのだ。
それをきっかけに、コウは優に近付くことを決めた。 優と友達になりたくて。 

その時くらいだろうか――――コウが“自己犠牲野郎”と呼ばれ出したのは。 『自己犠牲野郎』と言われては、優はいつも庇ってくれていた。 それは素直に嬉しかった。 
より“友達になりたい”という気持ちが大きくなった。 言っていなかったが、コウが優に『友達になりたい』と言ったら、すぐには『いいよ』という返事はもらえなかったのだ。 
優と友達になるには――――少し、時間がかかって。 だがこの間、彼の口から『自己犠牲野郎』と言われた。 これは仕方ないと思っている。 
だって――――これが、自分なのだから。 

今回の日向の件も、みんなのためにと言うより自分のために行動しているだけだ。 このみんなとの楽しい日常を、壊したくないから。 
みんなが痛い目に遭っているのを見るのが、とても苦しいから。 それだけだったのに。 それだけだったのに――――優は何故か、コウを止めるのだ。 
彼ならコウの気持ちを一番分かっているはずなのに、何故止める?

―――俺にとって・・・優は、一番関わってほしくない友達なのに。

だから――――コウは決めた。 どうしても優が関わろうとするのなら、彼を傷付けないよう自ら関係を切ろう、と。 もちろん悔いなんてない。 
寧ろ、これが正しいと思っている。 それに現に今、優は関わってこない。 これでいいのだ。 彼がこれで、酷い目に遭わないでいるのなら。 
だが――――コウは知っている。 優の身体が、アザや傷だらけになっているということを。 それに今日、彼がリストカットをしようとしたところも見てしまった。 
だけど、コウにはどうすることもできなかったのだ。 止めることが――――できなかった。

だって――――このまま優のもとへ行ってしまうと、自分が自分でなくなってしまうと思ったから。 

だが結人が止めに入ってくれてよかった。 優には今、結人が付いている。 だから彼のことは結人に任せよう。 日向の件が終わったら、また優との関係を自ら戻しにいけばいい。 

そして――――コウは今、日向に呼ばれた場所にいる。 本当はここは優の家が近いため『違う場所にしてほしい』と言ったのだが、日向は聞いてはくれなかった。
彼は『丁度いい』とか意味不明な発言をし『この場所がいい』と最後まで貫き通したのだ。
―――今日もまた・・・俺は殴られるのか。
だが、そんなことはどうでもよかった。 それは“みんなのために、優のために”と思っていれば、痛みなんて感じられなかったから。

「待たせたな、神崎」
そう言いながら、日向はゆっくりとコウの前に姿を現す。 コウは日向と向き合い、彼と目を合わせた。
「今日も、楽しませてくれよ?」
―――・・・何だ? 
―――その気味の悪い笑みは。
いつもの日向と比べて、今日は何かがおかしい。 今から何をする気なのだろう。 すると彼は突然、右手をポケットの中に突っ込んだ。 
そして、そのまま手に取った物をコウに見せないよう背中に隠す。 だがそのことに関してはわざと触れずに、コウはそっと口を開いた。
「いいよ、日向。 俺は何でも受け入れるから」
だが日向はそんな発言を無視し、ニヤニヤしながら別の話題を口にする。
「そういやさぁ、最近色折はどうしているんだ?」
「・・・は?」
「まさか、神崎が俺にやられているっていうことを、今でも知らないってわけねぇよなぁ?」
―――そんなこと・・・知るか。 
コウは優にしか言っていない――――が、もしかしたら優は結人に言っているのかもしれない。 だが結人に言ったとしたら、彼はコウを止めに来るはずだ。 
だけど来ないということは、優は誰にも言ってはいないのだろうか。 コウは結人に対しては何も知らないということを、素直に伝えようとした。
「ユイのことは」
「おい日向! ・・・お前、そのナイフで今から何をしようとしてんだよ」

―――え・・・? 
―――未来?

今の声はきっと未来だ。 日向と被っているせいで、誰がいるのか正確には分からない。 だが未来はコウの言葉を遮って、ここへ来てくれたのだ。

―――・・・いや、来てくれたんじゃない。 
―――どうして未来は、こんなところへ来たんだ・・・!

「・・・そのナイフで、今からコウを痛め付けるんじゃねぇだろうな」

―――ッ・・・ナイフ?
―――まさか、あの右手に隠されているのはナイフだというのか!
―――もし、未来の発言が本当だったら・・・。

「関口・・・。 遅かったな」
その一言を言い放ち、日向は右手をコウに向かってゆっくりと突き出してきた。 その手には、未来が言っていた通り一本のナイフが握られている。

―――マジ・・・かよ。

コウが驚くのと同時に、日向は左のポケットから続けてカッターを取り出した。 そして――――そのカッターを、今度は未来に向かって突き出す。
日向の表情は先刻とは変わらない。 ずっと、気味が悪いくらいに笑っていた。 そして――――日向はコウに向かって、ゆっくりと歩き出す。

―――おい日向、それ本気かよ・・・ッ! 
―――そんなことをされるなんて、俺は聞いてねぇぞ!

「おい・・・! コウ、逃げろよ・・・」

―――ッ・・・『逃げろ』って言われても・・・。 
―――いや・・・できる。 
―――日向の腕の動きをよく見れば、腕を掴みナイフを振り回すことを止めさせることができる。
―――いや、でも待てよ・・・。 
―――もしここで日向の行為を止めたら、俺が今までやってきたことが全て無駄になるじゃないか。 
―――今まで俺は日向の行為を受け入れることによって、みんなを守ってきたというのに。

「・・・コウ! 危ねぇから早く逃げろ!」

―――くそッ・・・どうしたら。 
―――俺はこのまま、日向にやられたらいいのか? 
―――このまま素直に・・・斬られたらいいっていうのかよ。 
―――でも・・・これが、俺だ。 
―――これが、俺なんだろ? 
―――俺が『今は逃げろ』っていう危険信号を脳に送っても、どうせ俺の心はそんなことを許してはくれないんだろ。

「コウ早く逃げろよ!」

こんなに“怖い”という気持ちを持ち合わせているというのに、それでもコウの身体は動こうとしない。 

―――どうしてだよ、俺には“反射神経”というものが存在しないのか?
―――・・・違う。 
―――俺は怖いんだ。 
―――痛いんだ・・・苦しいんだ。 
―――・・・俺の心は、知らないうちに悲鳴を上げて誰かに助けを求めていたんだ。

だけどコウの身体と口から出る発言は、コウの心の感情に反したことをしてしまい、言ってしまう。 

―――俺は・・・いつの間に、そういう人間になっちまったんだよ。

日向との距離が、残り一メートルとなった。

―――このままだと・・・やられる。

足に“動け!”と命令を先程から出し続けているが、未だにコウの足は動こうとしない。 

―――もう・・・無理だ。

コウは逃げることを諦め、日向の攻撃を素直に受け入れようとしたその瞬間――――突然コウの目の前に“彼”が現れた。


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