心の交差。

ゆーり。

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文化祭とクリアリーブル事件。

文化祭とクリアリーブル事件⑩

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翌日 沙楽学園1年5組


今日も全ての授業を無事に終え、文化祭の準備の時間帯となる。 昨日未来から言われたことについては、みんなにはまだ話していない。
早めに話そうとは思ってはいるが、言い出すタイミングが見つからないのだ。 みんなが集合できる時間が、なかなか合わない。
昨日の放課後は椎野の見舞いへ行ったりダンスの練習をしたり、文化祭の準備をしたりで各クラスやダンスチームなどでバラバラに行動していたため集合できずにいた。
だったら結人からみんなへ放課後集まるよう、連絡をした方がいいのだろうか。 授業の間の休み時間も、流石に学校ではこの件を話すことができない。

5組は今、各々が自分のすべき作業を淡々とこなしている。 昨日教えた剣の復習をしている者もいれば、台本と向き合っている者もいた。
物作りの生徒たちも、自分たちで考えた設計図を頼りに城の形を立体的な物へと作り上げていく。 結構思ったよりもサイズが大きく、本格的だ。
―――そういや、台詞を考えるように言われていたっけ。
ふと演劇部の女子からそう言われたことを思い出し、どんな台詞にしようかと考えた。 
―――・・・思い、付かねぇ。
どうしてこんな重要な役目を結人に任せたのだろうか。 自分では無理だと思い、頭のいい生徒がいないか教室全体を見渡していると、ある少女に目が留まった。
「愛ちゃん、今何してんの」

床にちょこんと座りながら、段ボールに向かって懸命に手を付けている彼女――――綾瀬愛という少女に、結人は彼女と同じ目線になるようその場にしゃがみ込みそう話しかけた。

どうやら段ボールを使って城を作っているようだ。 それもかなり大きな城を作るようで、たくさんの段ボールを繋ぎ止めている跡が残って見える。
設計図にはちゃんと色も付いているため、この跡は色によって隠れることだろう。
―――にしても本当に大きいな。 
―――3メートルを超えているんじゃないか?
「今はね、お城の形の下書きに沿って、カッターで切っているの。 でも、なかなか切れなくて・・・」
そう言って、彼女はカッターを持ち段ボールをザクザクと切りながら一人で苦笑した。
―――・・・つか、その切り方で大丈夫なのか。
カッターの扱い方には慣れていないようで、彼女は覚束ない手付きで作業を進めていく。
―――そんなやり方じゃ、いつか怪我するぞ?
結人はそんな光景を見ていられなくなり、彼女に向かって口を開こうとした――――その時。
「痛っ」
彼女はカッターを勢いよく滑らしてしまい、段ボールを抑えていた手を思わず切ってしまった。 その様子を見て結人は焦る。
「おい、大丈夫か? 手当てをしてやるからこっちへ来て」
―――ったく、思っていた通りだ。
“何故もっと早く止めてやれなかったんだ”と自分で責めながらも、危ない切り方をしていることに気付かないで手に怪我を負ってしまった彼女を見て、軽く溜め息をついた。
「ご、ごめんね結人くん。 私、大丈夫だよ?」
「いいって。 せめて絆創膏でも貼っておけ」
「うん・・・。 ありがとう」
―――これだから、愛ちゃんは放っておけない。
普段はおしとやかで頭もよく、性格も優しくて見た目も悪くない。 人間関係以外はパーフェクトとも言える彼女に、今日は新たな一面が見えた。
―――あぁ見えて、結構不器用なんだな。
愛は優しい笑顔を見せながら礼を言い、自分の作業へと戻っていった。 そんな彼女に、カッターの使い方を教えてあげる。

彼女について少しでも知れたことに満足しつつ、結人は他のことを考えた。 今となっても心で引っかかっていること。
それは、今朝のお知らせで先生が言っていたことだった。 1年にまた――――被害者が出た。 今回被害者となったのは1組の女子だ。 
他のクラスの女子についてはあまり詳しくはないが、結人にはその女子の名には聞き覚えがある。
一人で記憶の引き出しから頑張って引っ張り出した結果、おそらく彼女だという結論が出た。 梨咲の――――友達。
もしその記憶が正しいのなら、今頃梨咲は何をしているのだろうか。 何を思っているのだろうか。
お節介だと分かってはいるが、彼女のことを知っている身としては気にせずにはいられない。 そう思い、結人は1組へと足を運んだ。

1組は暗い感じになっているだろうと思い覚悟を決めて覗き込んだが、教室にいる生徒はいたって普通である。 それもそうだ。 
もう全ての授業を終えて、入院したという知らせを聞いてから大分時間が経つのだから。
椎野と同様、1組から被害者が出たと聞いた時はみんなきっと酷く悲しみ酷く怯えたのだろう。 “次は自分がやられるのかもしれない”と、心底感じながら。
次は誰が被害者となるかなんて、誰も知る由もない。 よく言う、神のみぞ知るというヤツだ。 沙楽学園からも次々と被害者が出ている。 
もう既に文化祭どころではないと思うが、ここまでみんなは頑張って準備をしてきたのだ。 それを無駄にはしたくない。

「こんなところで何してんだよ、色折」
そんなこと思いながら1組の教室を見ていると、ドア付近にいた日向がこの場にいる結人のことが気に食わなかったのか、不機嫌そうにそう言ってきた。
「何々ー、どうしたー? おぉ、ユイ! よく来たな」
日向の近くにいた御子紫がひょっこりと廊下の窓から顔を出し、結人のことを見てそう言葉を発する。 彼は相変わらずだった。 いや、だがそんなことはない。
椎野と1組の女子が入院したと聞き、流石に元気な御子紫でもこの状況はきっと苦しいのだろう。 それでも無理矢理、この場を盛り上げようと自分の気持ちに反し頑張っているのだ。
「おう。 ・・・梨咲、いる?」
「高橋? いいよ、呼んでくる」
―――このクラスの出し物は、お笑いだっけ。 
教室でいくつかのグループに分かれて楽しそうに話をしているのは、きっとお笑いの内容を考えているのだろう。
御子紫と日向が近くにいるということは、二人は同じグループで漫才をするのだろうか。

「・・・結人?」

ふと隣から、小さな声で名を呼ぶ声が聞こえる。 どうやら彼女は教室の前のドアから出てきてくれたようだ。
梨咲の表情は先程の御子紫とは180度違い、とても暗い表情をしていた。 もっと言えば、今にでも泣きそうな顔だった。 それに、目が少し腫れている。 
―――昨日たくさん泣いたのかな。 
ということは、やはり今回の被害者は梨咲といつも一緒に行動をしている、仲のいい友達だったのだろうか。
「大丈夫か? ・・・梨咲の、友達だよな」
「・・・うん」
―――やっぱり・・・そうか。
友達がクリアリーブル事件の被害者となったという事実は、素直に受け入れ難いと思う。 いや、受け入れたくはないと思う。
だが今目の前にいる梨咲が“これは事実だ”と物語っていた。 
「・・・トモ、文化祭前には退院できるって」
「・・・そうか」
トモと言うのは今回の被害者の名だろう。 あだ名で呼ぶ程、梨咲にとっては大切な友達だったのだ。 彼女は小さく震えていた。 
そんな自分を少しでも落ち着かせるよう、彼女はずっと自分の手を強く握っている。 だけど結人には、そんな彼女をどうしてやることもできなかった。 
『大丈夫だよ、気を落とすなよ』という言葉もありきたり過ぎて、なかなか言いにくい。
―――どうしたら、梨咲を助けてやることができるんだろう。
そんなことを考えていると、梨咲がある言葉を静かに口にする。 だけど結人は――――そんな言葉を、彼女の口からは聞きたくなかった。 梨咲だからこそ、聞きたくなかったのだ。

「・・・結黄賊の、せい」

「・・・は?」

今、確かに梨咲は“結黄賊”と言った。 結人にはそう聞こえた。 
―――嘘だろ? 
―――どうして梨咲が結黄賊を知っているんだよ・・・。 

―――・・・嘘だと、言ってくれ。

結人が強くそう思っているのにも構わず、梨咲はおどおどとした口調で言葉を続けていく。
「・・・トモが言っていたの。 やられて気を失う前に、相手の発言を聞いていたらしいの」
「で、何て・・・?」
ここから先の言葉は聞きたくなかった。 今すぐにでも、耳を塞ぎたかった。 だけど今の結人には――――そんな行為は、許されなかったのだ。
それはもちろん――――現実から、逃げたくなかったから。 そう尋ねると、彼女はとんでもないことを口にした。 その言葉に、耳を疑う。

「・・・『こうやることを命令した、結黄賊が悪いんだ』って・・・」

「どう、して・・・」

結黄賊はそんなことはしていない。 だがもし結黄賊がそう命令したのだとしたら、考えられることが二つある。 
一つは、クリアリーブルが何かしらの因縁をつけて結黄賊を敵視し、結黄賊のせいにしようとクリアリーブル事件を擦り付けてきた。
もしくは、結人が知らないうちに結黄賊というチームは巨大化していて、その結黄賊の一部がこの立川を荒らしている。 つまりは乗っ取り。
立川には結黄賊が既に浸透してきていると未来は言っていた。 だから結人の知らないところで、結黄賊メンバーが増えていてもおかしくはない。

「どうして・・・結黄賊が・・・」

「結人・・・? 結黄賊を知っているの?」

「え・・・?」

思っていたことが思わず口に出てしまい、慌てて梨咲から目をそらす。 だが彼女はそんなことをさせてはくれず、結人の肩を掴み無理矢理目を合わせるようにしてきた。
そして彼女は、力強くこう言ったのだ。

「結人、お願い。 ・・・結黄賊を、やっつけて」

「は・・・」

「トモをあんな酷い目に遭わせた、結黄賊をやっつけて。 ・・・もう、許せないよ」

そう言って梨咲は、この場に力なく座り込み静かに涙を流す。 当然1組の教室にいる生徒は、結人たちに注目していた。
―――・・・俺が、梨咲を泣かせてしまった。
結人は綺麗に泣く梨咲の背中を、さすることしかできなかった。 梨咲には泣き声というものがない。 静かに、ただただ涙を流すだけだった。
それもすぐには止まらず、ずっと泣き続けていた。 

そして――――結人は、梨咲が最後に放った言葉に返事をすることができなかった。
結黄賊のみんなを上手くまとめられず、梨咲の思いにも応えられなかった自分が無力に思い、結人は自分自身に腹が立った。 今更自分に腹が立っても、意味がないというのに。

そして――――彼女は今日一日、他人に笑顔を見せることは一度もなかった。


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