329 / 367
結人と夜月の過去。
結人と夜月の過去 ~小学校一年生⑤~
しおりを挟む数日後 休み時間 学校 廊下
結人は授業の後一人でトイレに行き、教室へ戻ろうとした。 いつもは理玖が付いてくるのだが、彼に声をかけられる前に教室から出たため、今は隣に誰もない。
少しでも、学校で一人になる時間がほしかったのだ。
―――僕・・・夜月くんに、何をしたんだろう。
たった一つのこの疑問だけが、頭をぐるぐると回り続ける。 理玖と一緒にいる時間でも、彼には笑顔を見せつつ夜月のことをずっと考えていた。
―――心当たりが・・・ない。
結人は普段、明るくて笑顔が多い活発な少年である。 だが基本受け身の態勢でいることが多いため、図々しい態度をとったことがない。
だから何故避けられているのか、自分でもよく分からなかった。 夜月にいつの間にか、嫌な思いでもさせてしまったのだろうか。
―――でも、夜月くんに避けられているのは確かなんだよな・・・。
結人でも自覚している。 自分は夜月に、避けられているということを。 そんなことを考えながら、自分の教室へ足を踏み入れようとした途端――――
―――・・・あれ?
―――理玖?
中へ入るのと同時に前のドアから入れ違いで、理玖が教室から飛び出していくのが目に入る。
―――・・・どこへ行くんだろう。
彼は珍しく走って教室から出て行ったため、少し違和感を感じた。
その頃理玖は――――結人と入れ違いで教室から出ると、ある一人の少年を追いかける。 彼の背中を見つけるなり、大きな声で呼び止めた。
「夜月! 待ってよ!」
呼ばれた夜月は、静かにその場に立ち止まる。 だが理玖の方へは、顔すらも向けてこなかった。 そんな彼に向かって、心配そうな面持ちで尋ねかける。
「夜月、僕何かした?」
理玖は――――ついに夜月との気まずい関係に耐えられなくなり、本人に直接聞こうとしたのだ。 だがその問いに対して、彼は振り向かないまま一言だけを返す。
「別にしていない」
そのような答えを聞いても、すぐには引き下がらない。
「じゃあ、どうして僕を避けるんだよ!」
「理玖は避けていない」
「避けてるよ!」
「・・・」
強めの口調で言うと、夜月は黙ってしまった。 その様子を見て理玖も態度を改め、落ち着いた口調で言葉を紡ぎ出す。
「・・・夜月、僕が何かをしたのなら言ってよ」
「だから、理玖は何もしていないって」
「夜月にとって何か嫌なこと、僕がしちゃったんでしょ? だったら言ってよ、直すから!」
必死になって言うと、夜月はやっとのことで理玖の方へゆっくりと身体を向ける。
「・・・?」
突然振り返られ、不思議そうな顔で彼のことを見つめた。 すると――――夜月は理玖のことを見据えながら、力強くある一言を言い放つ。
「色折は偽善者だ」
「え?」
いきなり放たれたその一言が理解できず、思わず聞き返した。
「偽善者って・・・何だよ」
「・・・」
「それはどういう意味だよ、教えてよ!」
「・・・」
「夜月!」
当然小学校1年生である理玖は、難しい単語なんて知らない。 だから“偽善者”という意味を聞こうと、必死に尋ね続ける。
だが夜月はその問いを無視し、小さな声で呟いた。
「・・・色折は偽善者だから、俺は気に入らない」
「だから、その偽善者ってどういう意味?」
今もなお同じことを聞き返してくる理玖を見て、彼は少し呆れた表情を見せる。 そして――――理玖のことを睨み付けながら、力強く言葉を放した。
「理玖。 もう色折とは関わるな」
「え? どうして」
「これ以上関わると、いつか色折に騙されて裏切られるぞ」
「え・・・。 あ、夜月!」
言い終えると、理玖の返事も聞かずにこの場から去ってしまう。 だがそんな夜月を、追いかけることができなかった。
彼から言われた言葉が心に響き、理玖は複雑な感情に包まれる。
―スタッ。
「え・・・?」
夜月の背中を見つめたまま、動けずにいると――――背後から誰かが走って行くような、小さな音が耳に届いてきた。
―――やっぱり・・・僕を、避けていたんだ。
足音の主は――――色折結人。 結人は理玖のことが気になり、彼の後を追いかけた。 そして、夜月と理玖の会話を――――聞いてしまったのだ。
―――僕が、偽善者・・・?
―――・・・偽善者って、人の前ではいい人のフリをしている・・・っていうことだよね。
―――本当は、相手のことを悪く思っていて・・・。
結人は溢れそうになる涙を何とか堪えながら、早歩きで廊下を歩きこの場から遠ざかろうとする。
―――そんなこと、思ってなんかいないのに・・・。
―――・・・本当に、そうなのかな。
「結人!」
夜月の言葉を身に染みて感じながら暗い気持ちになっていると、突然後ろから聞き慣れた声が届いてきた。 声の主は、見なくても分かる。
「理玖・・・?」
名を呼びながら、ゆっくりと後ろへ振り返った。 すると――――そこには、複雑そうな面持ちで立っている理玖の姿が目に入る。
その光景を見て、思わず息を呑んだ。 そして――――彼は不安そうな面持ちのまま、必死に言葉を紡ぎ出す。
「結人! その・・・。 さっきのは、何て言うか・・・」
「・・・」
―――・・・聞いていたの、バレていたんだ。
結人は全て事情を把握しているが、理玖は何とか誤魔化そうと迷いながらも言葉を続けた。
「結人のことじゃ・・・ないんだ。 同じ名前でたまたま結人と被っちゃって、その、だから、結人とは違う人で・・・」
その言葉を聞いて――――小さく、心の中で溜め息をつく。
―――理玖は・・・本当に嘘が下手だ。
この状況を何とかしようと頑張っている彼に、結人は優しい表情を見せた。 その顔を見るなり、理玖は不思議そうな顔をする。
「理玖、ありがとう」
「え・・・?」
そして――――
「・・・僕たちはもう、関わらない方がいいのかもしれないね」
「え、ちょ・・・!」
寂しい気持ちを抑えつつ、心配をかけないよう言葉を綴る。 そして言い終わると、夜月と同様理玖だけをその場に残し、この場から立ち去った。
そんな結人のことも――――理玖は、追いかけることができない。 一方結人は彼に背を向けると、目からは涙が溢れそうになる。
―――これで・・・いいんだよね。
―――もしこれで二人の関係が戻って、夜月くんが明るい性格に戻ってくれるのなら・・・それでいい。
―――僕は偽善者。
―――なら、仲のいい二人の前から消えた方が絶対にいいんだ。
―――あれ・・・。
―――この考えこそが、偽善者なのかな・・・?
そんなことを考えつつ、自虐的に小さく笑った。
そして――――結人はこれを機に、明るい性格から徐々に大人しい性格へと変わっていく。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる