心の交差。

ゆーり。

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執事コンテストと亀裂。

執事コンテストと亀裂⑨

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翌日 朝 沙楽学園廊下


結人は今、教室までの道のりをゆっくりと歩いている。 あまり藍梨とは会いたくないという気持ちから、自然と足取りは重くなっていた。
一人廊下を歩いていると、突如目の前に未来の姿が現れる。 悠斗は今、いないみたいだ。
「何だよ?」
突然な状況に対して驚きながらも平然を装いながらそう尋ねると、彼は小さな声で結人に向かって言葉を放つ。

「・・・藍梨さん、誘いを承諾したって」

「・・・は?」
―――何・・・言ってんだよ。
―――そんなの、嘘だよな? 
―――そんなはずがない。 
―――だって藍梨は、俺の・・・!
その言葉を聞くなり彼には何の返事もせず、教室まで全力で走った。 
「あ、ユイ!」
未来が後ろから呼んでいる。 だが結人は、構わずに教室へと急いだ。 

そして教室へ着き、藍梨の姿を探すと――――席に座って、授業の支度をしている彼女に目が留まる。 結人は藍梨のもとまで行き、彼女の目の前に立った。 
藍梨の名を小さな声で呼ぶと、彼女は少し身体をビクッと震わせる。 藍梨は、俯いたままでいた。
「・・・承諾したってのは、本当か」
「・・・」
いつもより低い声のトーンでそう尋ねるが、彼女からの返事はこない。 それでもしばらく返事を待っていると、藍梨はそっと口を開き言葉を発した。
「・・・結人だって、1組の高橋さんに誘われたんでしょう」
それは――――とても小さな声だった。 この時の彼女の声は、僅かに震えていた。 そして今にでも消えてしまいそうな、か細い声だった。
「誘われたけど、俺はOKなんてしていない」
事実をそう口にすると、藍梨はゆっくりと顔を上げ結人のことを見た。 そして彼女の表情を見て、結人は思わず言葉が詰まる。 今の彼女の目は――――涙でいっぱいだった。

「・・・結人が、止めてくれなかったんだもん」

「ッ・・・」

その一言を言い終えると同時に藍梨は席を立ち、教室から出て行ってしまった。 だが結人は、彼女を追いかけることができない。 本当は、今すぐにでも追いかけたいのに。
だけど――――自分のどこかで、追いかけたくない気持ちがあったのだ。 足が思うように動いてはくれなかった。 

―――こんな俺は・・・最低だ。

「結人くん」
そんな時突然名を呼ばれ、声の方へと視線を向ける。 ――――梨咲だ。 彼女は教室のドアのところに立って、結人のことを見ていた。 結人はそんな彼女のもとへと足を進める。 
流石梨咲だ。 梨咲が教室の前に来るだけで、5組の男子生徒の目は彼女に釘づけとなっていた。 だがそんな状況がとても気まずかったため、彼女を連れて場所を移動する。

「俺に何の用だよ」
人が少ないところへ行き誰にも聞かれていないということを確認してから、梨咲に向かって用件を聞き出した。 すると彼女は、その問いに対して少し微笑みながらこう返す。
「ねぇ、見返してみたくない?」
「は? 見返す?」
「七瀬さん、直樹くんの誘いを受け入れたみたいだね」
「・・・」
―――・・・高橋の耳にも、届いていたんだ。 
結人は何も言えずにただ立ち尽くしていると、梨咲は続けて言葉を放つ。
「結人くんはね、本当は女子から結構モテているんだよ?」
そう言って、彼女は綺麗な笑顔を結人に見せた。 
―――俺が? 
―――そんなはずはない。 
―――俺は5組以外の女子と、そんなに話したことがないんだから。
「そんなわけねぇだろ」
「本当だよ。 だからね、七瀬さんと結人くんが付き合っているのを知っていて、でも今こうして二人がバラバラになっているの・・・見ていて嫌なんだよね」
「何だよそれ。 どういう意味だ?」
その問いに対してもなおも笑顔のまま、彼女は言葉を紡ぎ出す。

「結人くんのことが好きな女子はたくさんいる。 だから、そんな曖昧な関係になっているようなら別れてほしいなーって」

「ッ、おい! お前何を言ってんだよ!」

その発言を聞きついムキになってしまい、結人は声を張り上げてしまった。 できるだけ冷静さを保っていようとしたが、その一言で思わず感情的になってしまう。
梨咲は突然大きな声を出されたせいか、少し怯えた表情をしていることに気付き――――結人はふと我に返り、彼女に向かって小さな声で謝りの言葉を入れた。
「・・・悪い」
そう謝ると、梨咲は首を横に振り言葉を綴った。
「ううん。 大丈夫だよ、気にしないで。 でもね、安心して? 私は結人くんと七瀬さんが、別れてほしいだなんて思っていないよ」
そして彼女は、寂しそうな表情を見せる。
「でもやっぱり・・・好きな人が、曖昧な関係を保っているのは見ていて嫌なの。 だから、七瀬さんを見返してやろう?」
「・・・」

「私と結人くんがペアになって仲よくしていると、七瀬さんはヤキモチを焼いて結人くんのところへ戻ってくると思うよ」

「・・・でも」

「私のことは梨咲って呼んで。 私も、結人くんのことは呼び捨てでいいかな」

そして結人は――――梨咲の誘いを、承諾してしまった。 藍梨が自分のところへ戻ってきてほしいというためだけに、彼女の言ったことを信じたのだ。
もちろん結人と藍梨は別れていないため、ペアを組むことには条件を出した。 藍梨には手を出さないこと。 そして、コンテスト後には自分のことを諦めること。
自分のことを諦めると言っても、自分のことを思っていてくれるのは構わないが自分と藍梨の邪魔をしない、という意味だ。
それらを受け入れてもらった上で、結人は梨咲を信じ彼女とペアを組むことになった。

「嬉しい! 今日から、よろしくね」

そう言って、梨咲は笑った。 彼女は笑顔がとても似合う、美しい女性だと思った。 笑顔が眩しくて、綺麗で――――まるでどこかのお姫様のような、素敵な女性だと。


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